【2】
いつの間にか、うたた寝をしてしまったらしい。
気がつくと部屋の中は薄暗く、窓の外は夕焼け色に染まっていた。
ネイは軽く頭をふり、寝起き特有の気だるさを追いはらう。
部屋を出て、ゆっくり階段を降りていくと、下では祖父が夕飯の支度をしていた。
きょろきょろと見回すが、客人は姿はない。
「おじいちゃん、さっきの人は……」
「ああ、少し前に帰ったよ。私の古い知り合いなんだ」
ノルは椅子に座って、もくもくとじゃがいもの皮をむいている。それ以上、なにか話してくれそうな気配はなかった。
(お父さんとお母さんのことも、知ってそうな感じだったけどな……)
いろいろ聞きたいことはあったが、とりあえず袖まくりをして手を洗い、祖父のとなりに並ぶ。
「今日はなに作るの?」
「ああ、久しぶりにシチューにしようかと思ってな」
牛乳と小麦粉を練ったソースで、鶏肉と野菜をじっくり煮こんだシチューは、ネイの大好物だ。
「やったあ!」
ネイははりきって、たまねぎやにんじんの皮むきに取りかかる。
夕闇が去り、夜のとばりが下りる頃、食事の仕度が整った。
テーブルの上には、ほかほかとあたたかそうな湯気をたてる白いシチューと、胡桃のパン。
「いただきまーす!」
ネイはシチューをぱくっと一口食べ、思わず顔をほころばせた。
「おいしいね」
「そうだな」
ノルも微笑みながら、さじを口に運ぶ。
(結局、あのお客さん、なんの用事だったんだろう……)
心の中で、ネイは首をかしげた。
あまりに切迫した様子だったので、てっきり仕事の依頼に来たのかと思っていたが。
(でも、どこかに出かけるなら、おじいちゃん、言ってくれるよね)
食事が終わり、寝る時間になっても、ノルからそんな話が出ることはなかった。
(やっぱり、仕事の話じゃなかったんだ)
大事な仕事だとわかってはいるが、やはり待っているときは心配だし、誰もいない家は寂しい。
ほっとした気持ちで、ネイは眠りについた。
――翌朝。
ニワトリの餌やりなど、いくつかの日課をこなしたあと、ネイは朝食の席についた。
朝の食事作りは交代制で、今日の担当はノルだ。
テーブルには、香草パンと半熟の炒り卵、それに根菜のサラダとミルクが並べられている。
食べ始めてからしばらくして、ネイは思わず、
「おじいちゃん……?」
と声をかけた。ノルは手にフォークを持ったまま、口にも入れず、ぼんやり宙を見つめている。
「あ、ああ」
我にかえったように食事を再開するが、心ここにあらずといった感じだ。
(どうしたんだろ……)
やがて、祖父はなにか決心したように短く息をついた。
「――ネイ」
改まった口調で、孫娘の名を呼ぶ。
「急ですまないが、出かけるよ。昼過ぎには発とうと思う」
「え?」
ネイは炒り卵をすくったスプーンを中途半端に持ったまま、まばたきをする。
「……仕事?もしかして、昨日の人……」
祖父がうなずく。
「ああ。ロイドというんだが、彼の故郷の村へ行ってくる」
「どこ?」
「……ローニエという村だ」
聞き覚えのない名前だった。
「ここからは、少し遠いな」
「どのくらい……?」
ノルは少し考えこむ。
「そうだな、戻ってくるまでに一週間はかかるだろう」
「一週間……!?」
今まで祖父が、二、三日以上、家を留守にすることはなかった。
「なんだったらその間、ダズさんのところに――」
「だ、だいじょうぶだよ、一週間くらい!」
ネイは安心させるように笑ってみせる。
「わたし、ちゃんと留守番できるよ」
「そうか……?」
祖父は微笑んだものの、すぐに難しい顔で考えごとに沈みこんでしまう。
ネイの脳裏に、昨日の客人の、切羽つまったような表情が浮かんだ。
(やっかいな仕事なのかな……)
孫娘の視線に気づくと、ノルは何事もなかったように、再び食事にとりかかった。
「うん、うまい。やはり、家で作るものが一番だな。明日からしばらく食べられないのが残念だよ」
ネイも、努めて普段通りにふるまう。
「帰ってきたら、わたしがおいしいの作ってあげるよ」
「ほお、それは楽しみだ」
ノルは灰色の瞳を優しく細めた。
「――では、行ってくるよ」
扉を出たところで、祖父がふり返った。
「うん。気をつけてね」
「ああ、おまえも」
大きな手が、くしゃくしゃと頭をなでてくれる。
「いってらっしゃい……」
小さく手を振りながら、ネイは祖父の背中が見えなくなるまで見送った。




