【1】
ライン村は、都から遠く離れた片田舎にある、小さな農村だ。
特にこれといった特産物はないのだが、自然に囲まれた風景は、のどかで美しい。
村の者のほとんどが農業にたずさわっており、それぞれに畑や家畜を所有している。
ネイの家にも小さな畑があるが、家庭菜園といった感じで、できた作物は自分の家で使い、売り物にはしない。
飼っているのも、数羽のニワトリだけだ。
「おおーい!」
朝早く、ネイが庭でニワトリたちに餌をやっていると、道のほうから声をかけられた。
近所に住む、ダズおじさんだ。
野菜や果物などをこんもり積んだ、荷馬車に乗っている。
「おはよう、おじさん!」
ネイは急いで後片づけをすると、荷馬車に駆けより、手綱を引くおじさんの横に乗りこんだ。
「おはよう。よし、行くぞ」
週に3日、ダズおじさんは、村で採れた野菜や果物や牛乳を、少し離れたメレニスという町まで売りに行く。
ネイは毎回、その手伝いをしていた。
ライン産の農作物は、新鮮で味もよく、なにより安いとあって、人気は上々だ。今日も昼前には、荷馬車に積んできた品物はあらかた売り切れた。
「ごくろうさん」
店じまいをしたあと、ダズおじさんが銅貨を数枚、手のひらにのせてくれる。
「ありがとう」
ネイはそれを大切に握りしめた。
「おじさん、ちょっと買い物してきてもいい?」
「ああ、かまわんよ。わしも買わなきゃならんものがあるから、半時後にここで待ち合わせよう」
「わかった。じゃあ、いってきます!」
メレニスの町に来たときは、村では手に入らないものを、いろいろと補充する。
人々がにぎやかに行き来する通りを、ネイは小走りに駆け、調味料やこまごまとした日用品など、祖父からの頼まれものを購入していった。
最後に立ち寄ったのは、本屋だ。
小さなスペースに、所狭しと並べられた本。色とりどりの表紙に、思わず目移りしてしまう。
「いらっしゃい。またノルさんのおつかいかい?」
「いえ、今日は違うんです」
店主の言葉に、首を横にふる。今日は、自分ために本を買いに来たわけでも、祖父に何か頼まれたわけでもない。
実は、もうすぐ祖父の誕生日なので、贈り物をしようと考えていたのだ。
(おじいちゃんの好きなものといえば、やっぱり本だよね)
だが、一口に本と言っても、個人の好みがあるので、意外と選ぶのが難しい。
(どれがいいんだろう……)
たくさんの本を前に、途方にくれていると、店主が声をかけてくれた。
わけを話すと、
「それなら、とっておきの情報があるよ」
と店主は片目をつむる。
なんと、祖父の好きな作家の新作が、10年ぶりに出るらしいのだ。しかも、中断していたシリーズの待望の続巻だという。
ネイは、ぱあっと顔を輝かせた。
「その本、予約します……!」
ノルさんには秘密にしておくよ、と店主はいたずらっぽく口の前で人さし指を立てる。
(おじいちゃん、びっくりするだろうな!)
はずむ足どりで、店を後にした。
「おじいちゃん、ただいまー」
メレニスの町から村へ戻り、いつものように家の扉を開けた途端、
「頼む。ノル、あんたしか頼れる者がいないんだ!」
聞き覚えのない声が耳に飛びこんできた。どうやら来客中のようだ。
(だれだろう……)
暗褐色の髪をした男性だ。同じ色の、少しつり上がった目が印象的だった。
祖父の友人にしては、少し若いような気がする。
興奮した様子の男性は、扉の前で立ちすくむネイの姿を見て、ハッとした表情を浮かべた。
「君は……もしかして」
「孫娘のネイだ」
ノルが短く紹介する。
「そうか、ナシウスとエイナの……」
瞳を懐かしげに細め、男性はネイを見つめた。
(お父さんとお母さんの知り合い……?)
ネイには両親の記憶がほとんどない。幼い時分に、二人して亡くなってしまったのだ。
「――ということは、この子も」
「ロイド」
男性がなにか言いかけたのを、ノルが目線でさえぎる。
「ネイ、私は彼と大事な話があるから、部屋へ行っていなさい」
「……はい」
男性に軽く会釈し、ネイは名残惜しげに階段を登った。
自分の部屋に戻ると、ベッドに腰かけ、そのままこてんと横になる。
(お父さんとお母さんを知ってるなら、二人のこと、聞いてみたかったな……)
とても言い出せる雰囲気ではなかったが。
(話って、やっぱり仕事のことかな)
――ノルは精霊術師だ。
精霊術師とは、火・冷・風・雷、4つの属性の精霊術を扱うことのできる者のことをいう。
仕事は大抵が魔物絡みだ。術師がいるのといないのとでは、魔物退治などの成功率が、ケタ違いだという。
祖父も近隣の村や町から依頼を受け、よく出かけていく。場合によっては、二、三日帰ってこられないこともあった。
(小さかった頃は、ダズおじさんの家で預かってもらってたっけ)
もちろん、魔物を相手にする以上、危険が伴わないわけではない。
ネイの両親も精霊術師だったが、二人とも、魔物との戦いで命を落としてしまった。
(おじいちゃんも、ときどき怪我して帰ってくるし……)
胸元のあたりをギュッと握りしめる。
(わたしも早く、手伝えるようになりたい――)
ネイも祖父や両親から力を受け継いでいるが、術師としてはまだ未熟だ。
(もっと、頑張らなくちゃ)




