【1】
(もしかして……)
思い浮かんだことが、するりと口をついて出る。
「上に、おじいちゃんがいるの……?」
フィオがビクリとこちらを向いた。その反応に、疑念が深まる。
(フィオのおじいちゃんは、この家に――上の部屋のどこかにいる……?)
では、さっき聞こえたトントンという音は、フィオの祖父がたてた音だったのだろうか。
フィオはうつむき、押し黙っている。ネイは二階へと続く階段を、チラッと見やった。
フィオの祖父がこの家にいるかいないか、確認すること自体は簡単だ。実際に上にあがって、すべての部屋を見て回ればいい。
本当にフィオの祖父がいれば、どういう状況なのかも、おのずとわかるだろう。
(でも……)
目の前の少年を無視してそれを行うのは、さすがにはばかられた。
(ずっとここにいるのはどう考えても危険だし、フィオもフィオのおじいちゃんも、一緒に行けたら一番いいんだけど……)
そっと目をやると、フィオはうつむき、まるで置物のように座っている。かたく口をつぐんで、開こうとする気配はなかった。
(ラウルさんがいたときは、もっと普通にしゃべってたのに……)
ネイは息をつく。やはり、自分の接し方がまずいのだろうか。
(ラウルさん、まだかな)
人を待つ時間というのは、いやに長く感じるものだ。
(どこまで行ったんだろう……)
じっと座っていると、不安が黒いシミのようにジワジワと胸の中に広がってくる。思わずふるっと首を振ったとき、キイッと扉が開く、かすかな音がした。
「!」
ネイはガタッとイスから立ち上がり、フィオもハッと顔をあげる。
「ラウルさん……!」
ネイは戸口にかけよった。
「遅くなってすまない」
無事な姿を見て、ほっと胸をなでおろす。だが、ラウルはどこか難しい顔をしていた。
「……なにかあったんですか?」
うかがうように尋ねる。
「――橋が」
ラウルが重苦しく告げた。
「橋が、落ちていた」
「――どうやら、あの震動と音は、橋を爆破したときのものだったらしい」
すぐには事態が飲み込めず、ネイはとりあえず、まばたきをした。
「橋って……あの、沈下橋ですか?」
ああ、とラウルがうなずく。
「橋のたもとについたときには、もう周辺に人はいなかった。爆破して、すぐに立ち去ったんだろう。遅くなったのは、他に道がないか探していたからなんだけど……」
ラウルは言いにくそうに、言葉をとぎらせた。
続きは口に出されなくともわかる。他でもない、ネイ自身が、昨日その道を必死に探したのだから。
(そんな……じゃあ、どうやってここから出れば……)
ラウルはフィオを見た。
「フィオ、あの橋以外に、ここから出られる道を知らないかい?」
二人の視線を受けたフィオが、口を開く。
「しってるよ」
(あるんだ、道が――!)
無意識につめていた息をはく。
「やまのなかのどうくつに、むらのそとにいける、みちがあるよ」
(それって……)
ネイはラウルを振りあおいだ。
「それは、村のはずれの細い道をずっと登ったところにある洞窟のことかい?モルモスのすんでいる……」
フィオはこく、とうなずいた。
「他に、道はないのかい?」
ラウルが確認すると、フィオはもう一度、うなずく。つまり、ここから出るには、あの洞窟を通るしかないということだ。
(でも、もし洞窟の中で、あの魔物とはちあわせたら――)
昨晩、あのヒヒのような魔物から必死に逃げたときのことを思い出し、ネイはコートのすそを、ぎゅっと握った。
けれど、ラウルはフィオをまっすぐ見つめて言う。
「――その道を教えてくれるかい?」
ネイは思わずラウルを見やった。
「あの、行くんですか……?」
「ああ。他に道はないようだからね。決断を遅らせても、状況は悪化するだけだろうし」
ラウルは表情をやわらげ、ネイを見る。
「せっかく君が頑張ってくれたんだ。少しでも、ヤツに昨日のダメージが残っているうちに動こう」
たしかに昨晩、ネイはあの魔物に何度か攻撃を行った。おそらく、たいしたダメージは与えらていないが――影響はゼロではないはずだ。
一方、フィオは困ったようにうつむいていた。
「……フィオ?」
ラウルが声をかけると、フィオはゆるゆると首を振る。
「ごめんなさい……」
ぽつりと言って、ぎゅっと目をつぶった。
「おしえられない」




