【2】
鳥かごは置いたまま、三人は一階に降りた。
とりあえず、おのおのテーブルにつく。ラウルのとなりにネイ、二人と向き合うかたちで、フィオが座っている。
まだ少しぼんやりしている様子のフィオに、ラウルは自分の水筒のふたを開けて、差し出した。
フィオは両手で受け取り、
「……ありがとう」
コクコク、と二口ほど飲んでから返した。
「そうだ。先に謝っておかないといけないな。今さらだけど、勝手にあがりこんですまない」
ラウルの横で、ネイも同じように頭をさげる。
「ううん。ぼくも、とりかごをもっていっちゃって、ごめんなさい……」
フィオも頭をさげた。しばらくして、三人、同時に顔をあげる。
「おにいちゃんたち、むらのそとからきたんだね」
「ああ。彼女――ネイは、ここにお祖父さんを探しに来たんだ」
ラウルは自分の事情には触れなかった。たしかに、こんな幼い子供にあえて聞かせる話ではないかもしれない。
「おじいちゃん……?」
フィオは興味を示したようだ。じっと見つめる視線を受けて、ネイは口を開く。
「わたしのおじいちゃんは精霊術師で、仕事でこの村に行くって……。でも全然帰ってこなくて……」
「なにか知っていることはないかい?」
ラウルが尋ねると、フィオは二、三度まばたきをして答えた。
「……おにいちゃんたちのまえにも、むらのそとからひとがきたよ。みんなが、そのひとはせいれいじゅつしだって」
「!」
ネイはバッと顔をあげる。精霊術師はそう数多くいるわけではない。フィオが言っている人物が、ノルである可能性は高かった。
「でも、もういないよ」
「え……?」
「みんなといっしょにいっちゃった」
「……みんなって、村の人たちのことかい?」
ラウルが確認すると、うん、とフィオはうなずく。
「みんなが、どこに行ったかわかるかい?」
「わかんない……」
ふるふると横に首を振る。
ネイは肩を落とした。だが、祖父らしき人物の動向がわかっただけでも進歩だ。
「君はどうして、みんなと一緒に行かなかったんだい?」
ラウルが重ねて問う。
(そうだ、なんでこんな小さな子を一人置いて――)
「………」
フィオはうつむいてしまう。よほど言いにくい、もしくは言いたくないことなのだろうか。
「……今まで、一人でどうやって暮らしていたんだい?食べ物とかは?」
「うちにあったのを、ちょっとずつ……」
「そうか。君は賢いんだね」
ラウルが小さな頭をぽんぽんとなでる。フィオはきょとんとしていたが、いやがるそぶりは見せなかった。
「村の人たちは、どうして出ていってしまったのかな」
「それは……」
「この村で、一体なにがあったんだい?」
答えやすい質問と答えづらいであろう質問を、意図的に織りまぜている。
フィオはうつむいたまま、ぎゅっと目を閉じた。その小さな肩も、小刻みに震えている。
「……もしかしたら、君にとって、とても辛いことを聞いているのかもしれないね」
気遣うように、ラウルは言った。
「けど、ネイはずっとお祖父さんのことを探してるんだ。少しでも手がかりが欲しい」
(ラウルさん……)
フィオはそろそろと目を開け、じっとネイを見た。空色の瞳が揺れ、幼い唇が何度も開いたり閉じたりする。
祖父のことがなければ、思わず、もういいよと言ってあげたかった。
「しんじゃったんだ……」
ぽつりとこぼれた言葉。
「――え?」
「ロロもダンもマリエも、ラスおじさんやカーラおばさんも、にわとりも、やぎも……。たくさん、たくさんしんじゃった」
「どうして……」
ネイは呆然と呟く。フィオは暗い顔で、またうつむいた。
『俺たちが襲われたあの魔物……。たぶん、今までも頻繁に村を襲っていたんじゃないかな』
(あ――)
ラウルが聞かせてくれた推測を思い出し、ネイは口に出す。
「魔物……?白いヒゲのある大きな……」
フィオは目を見開き、かろうじて小さくうなずいた。
「せいれいじゅつしのひとでも、たおすのはむずかしいって……。だから、みんなでにげようってなったんだ。これいじょう、だれもしなないようにって……」
「それなのに、どうして君だけここに残ったんだい?――とても危険なのに」
ラウルの質問はもっともだった。そもそも、この子の家族が、この子を置いて逃げるだろうか。
(もしかして、家族も魔物に……?)
たとえそうだとしても、周りの大人がこんな幼い子を放っておくとは思えないが。
「………」
フィオはうつむいたまま、堅く唇を引き結んでいる。
ラウルはふっと息をついた。
「俺たちは、ちょうど村を出るところだったんだ。まさか、他に人がいるとは思わなかったけど、気づいて良かった」
そう言って微笑む。
「君も一緒に行こう」
フィオは黙って首を横に振った。
「村の人たちが戻ってくるのを待っているのかい?でも、その前に食べる物がなくなってしまうかもしれないし、魔物に襲われてしまうかもしれないよ」
「ぼくはいかない……」
フィオはかたくなだった。
「どうして――」
声をあげたのはネイだ。
「いっしょに行こう」
たまらず立ち上がり、手を差しのべる。
「……から……」
フィオの唇が、わずかに動く。
「え?」
「おじいちゃんを、おいていけないから……」
ドオン―――!
唐突に、どこかでなにかが爆発したような音が響いた。




