【1】
「ここか……」
とある民家の前で、足跡は途切れていた。
「なんだか、他の家より一回り大きいですね」
「村の有力者の家かもしれないな」
ラウルは入り口の扉に手をかけた。
「――開いてる」
キイッとかすかな音をたてて、扉は内側に開く。
そっと足を踏み入れた家の中は、ひっそりと静まりかえっていた。木の床についた足跡は、薄くなりながらも二階へと続いている。
ラウルを先頭に、極力、音をたてぬよう、ゆっくりと階段を昇っていった。点々と続く床の汚れをたどると、廊下の一番奥の部屋の前につく。
扉は、ぴたりと閉ざされていた。
開けるよ、とラウルが視線で伝える。
「――!」
目の前の光景に、ネイは入り口で立ち尽くした。
そこにいたのは、小さな子供だった。
カーテンをひいた薄暗い部屋の片隅で、その子は眠っているかのように目を閉じ、鳥かごを抱えてうずくまっている。
抱えた鳥かごの中では、真っ白なモルモスがパタパタと羽音をたてて飛んでおり、そばには覆いの布が落ちていた。
年は、五、六歳くらいだろうか。肩口まであるボサボサに伸びた髪と、中性的な顔立ちのせいで、性別がわかりづらい。
ラウルはツカツカと室内に踏み入ると、ザッとカーテンを開けて、窓を開け放った。
冷たい風がビョオッと吹きこんでくる。
「おじいちゃん……」
一瞬、自分の口からもれたのかと、ネイは思った。
ラウルは子供の前で片膝をつき、耳元に声をかける。
「目を覚ますんだ」
子供は、ぎゅっと鳥かごを抱えこんだ。夢から覚めたくないというように。
「違うよ。君の本当の目を開けて」
優しく、けれどしっかり呼びかけると、ぴくりとまぶたが震えた。
――現れたのは、澄んだ空のような色。
ぼんやりとした瞳があたりをさまよい、自分以外の二人に焦点を結ぶ。
「鳥かごを持っていったのは、君かい――?」
ラウルは静かに尋ねた。ぽろりと、幼い頬に涙がこぼれる。
「ごめんなさい……」
パタパタと、静かな室内に響くかすかな羽音。ラウルは鳥かごに視線を落とした。
「どうしてこんなことを……」
鳥かごを持ち去ったことに対してというより、幼い子供がモルモスの鱗粉を、故意に吸っていたことに対して出た言葉だろう。
「ごめんなさい。おじいちゃんに、あいたくて……」
うつむいた拍子に、ぽろっとまた涙がこぼれる。
「これ、預かってもいいかい?」
子供はうなずいた。ラウルはそっと鳥かごを受け取り、覆いをかぶせる。
「――君は、この家の子?」
子供は首をたてに振る。
「他の人は……?」
一瞬、唇をふるわせ、今度はふるふると横にふった。
「……じゃあ、君はずっと、一人でここにいたのかい?」
ふたたび、こくん、とうなずく。
(こんな小さな子が一人きりで……?)
ネイの胸の中で疑問がふくらむ。
「………」
ラウルは、なにか考えこんでいるようだった。
ネイはようやく部屋に足を踏み入れ、ラウルの横に立った。気配を察し、子供が顔を上げる。
目が合って、ネイは戸惑ったようにまばたいた。今まで自分より幼い子と接した経験は、ほとんどない。それでも、ラウルをまねて子供の前に膝をつくと、尋ねた。
「あの……おじいちゃん、どうしたの?」
途端に、空色の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれる。
ネイはおろおろと焦った。触れてはいけないところに、触れてしまったのだろうか。
どうしたらいいかわからず、助けを求めるようにラウルを見る。
「ぼ、ぼくのせい……みんな……」
子供がひくひくとしゃくりをあげた。ラウルは落ち着かせるように、その小さな背中をさする。落ち着いた頃を見計らって、
「もう平気かい?」
と尋ねると、子供はうなずいた。健気にも、手の甲で必死に涙のあとをぬぐっている。
ネイがしょんぼりとうつむくと、大丈夫だよ、というように、ラウルがぽんぽんと頭をなでてくれた。
そのとき、くしゅん、と小さなくしゃみが室内に響いた。
窓を開け放っているせいで、部屋の中はけっこう肌寒い。まして目の前の子供は、ネイたちのようにコートを着こんでいるわけではなかった。
ラウルは立ち上がり、窓を閉めると、元通りにカーテンをひいた。
「とりあえず、話は下でしよう」
立ち上がるのを助けるように、子供に手を差しのべる。
「俺はラウル。彼女はネイ。――君は?」
「ぼくは……フィオ」
そう名乗り、子供は腕を伸ばして、おずおずとその手をとった。




