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灰色の精霊術師  作者: ミモリ
―第8章― もうひとつの出会い
25/35

【1】

「ここか……」

 とある民家の前で、足跡は途切れていた。

「なんだか、他の家より一回り大きいですね」

「村の有力者の家かもしれないな」

 ラウルは入り口の扉に手をかけた。

「――開いてる」

 キイッとかすかな音をたてて、扉は内側に開く。

 そっと足を踏み入れた家の中は、ひっそりと静まりかえっていた。木の床についた足跡は、薄くなりながらも二階へと続いている。

 ラウルを先頭に、極力、音をたてぬよう、ゆっくりと階段を昇っていった。点々と続く床の汚れをたどると、廊下の一番奥の部屋の前につく。

 扉は、ぴたりと閉ざされていた。

 開けるよ、とラウルが視線で伝える。


「――!」


 目の前の光景に、ネイは入り口で立ち尽くした。

 そこにいたのは、小さな子供だった。

 カーテンをひいた薄暗い部屋の片隅で、その子は眠っているかのように目を閉じ、鳥かごを抱えてうずくまっている。

 抱えた鳥かごの中では、真っ白なモルモスがパタパタと羽音をたてて飛んでおり、そばには覆いの布が落ちていた。

 年は、五、六歳くらいだろうか。肩口まであるボサボサに伸びた髪と、中性的な顔立ちのせいで、性別がわかりづらい。

 ラウルはツカツカと室内に踏み入ると、ザッとカーテンを開けて、窓を開け放った。

 冷たい風がビョオッと吹きこんでくる。


「おじいちゃん……」


 一瞬、自分の口からもれたのかと、ネイは思った。

 ラウルは子供の前で片膝をつき、耳元に声をかける。

「目を覚ますんだ」

 子供は、ぎゅっと鳥かごを抱えこんだ。夢から覚めたくないというように。

「違うよ。君の本当の目を開けて」

 優しく、けれどしっかり呼びかけると、ぴくりとまぶたが震えた。

 ――現れたのは、澄んだ空のような色。

 ぼんやりとした瞳があたりをさまよい、自分以外の二人に焦点を結ぶ。

「鳥かごを持っていったのは、君かい――?」

 ラウルは静かに尋ねた。ぽろりと、幼い頬に涙がこぼれる。

「ごめんなさい……」

 パタパタと、静かな室内に響くかすかな羽音。ラウルは鳥かごに視線を落とした。

「どうしてこんなことを……」

 鳥かごを持ち去ったことに対してというより、幼い子供がモルモスの鱗粉を、故意に吸っていたことに対して出た言葉だろう。

「ごめんなさい。おじいちゃんに、あいたくて……」

 うつむいた拍子に、ぽろっとまた涙がこぼれる。

「これ、預かってもいいかい?」

 子供はうなずいた。ラウルはそっと鳥かごを受け取り、覆いをかぶせる。

「――君は、この家の子?」

 子供は首をたてに振る。

「他の人は……?」

 一瞬、唇をふるわせ、今度はふるふると横にふった。

「……じゃあ、君はずっと、一人でここにいたのかい?」

 ふたたび、こくん、とうなずく。

(こんな小さな子が一人きりで……?)

 ネイの胸の中で疑問がふくらむ。

「………」

 ラウルは、なにか考えこんでいるようだった。

 ネイはようやく部屋に足を踏み入れ、ラウルの横に立った。気配を察し、子供が顔を上げる。

 目が合って、ネイは戸惑ったようにまばたいた。今まで自分より幼い子と接した経験は、ほとんどない。それでも、ラウルをまねて子供の前に膝をつくと、尋ねた。

「あの……おじいちゃん、どうしたの?」

 途端に、空色の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれる。

 ネイはおろおろと焦った。触れてはいけないところに、触れてしまったのだろうか。

 どうしたらいいかわからず、助けを求めるようにラウルを見る。

「ぼ、ぼくのせい……みんな……」

 子供がひくひくとしゃくりをあげた。ラウルは落ち着かせるように、その小さな背中をさする。落ち着いた頃を見計らって、

「もう平気かい?」

 と尋ねると、子供はうなずいた。健気にも、手の甲で必死に涙のあとをぬぐっている。

 ネイがしょんぼりとうつむくと、大丈夫だよ、というように、ラウルがぽんぽんと頭をなでてくれた。

 そのとき、くしゅん、と小さなくしゃみが室内に響いた。

 窓を開け放っているせいで、部屋の中はけっこう肌寒い。まして目の前の子供は、ネイたちのようにコートを着こんでいるわけではなかった。

 ラウルは立ち上がり、窓を閉めると、元通りにカーテンをひいた。

「とりあえず、話は下でしよう」

 立ち上がるのを助けるように、子供に手を差しのべる。

「俺はラウル。彼女はネイ。――君は?」

「ぼくは……フィオ」

 そう名乗り、子供は腕を伸ばして、おずおずとその手をとった。


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