【3】
実際、迷っている暇もなく、二人は目の前の袋小路に駆けこんだ。
誘われるように、ビークルたちがついてくる。
奥は、高い石垣だった。
大人の背丈の二倍近くあるその石垣を、ラウルは驚くほどの身軽さで駆けのぼる。
「――ネイ!」
バチッ、バチバチッ、バチイッ!
すさまじい紫電が大地を走った。
こちらに向かってきたビークルは、皆、跳ねるようにひっくり返る。そして、一斉に手足をバタつかせた。
石垣の上から見下ろしていたラウルは目を見張り、
「精霊術が、ケタ違いといわれる理由がわかるよ……」
しみじみと呟いた。
何度目かの雷撃で、ひっくり返ったビークルたちは、どろりと溶けていった。
それでもまだ、しぶとくもがいていた何匹かは、ラウルが上から矢を射て、とどめをさす。
集まっていたビークルたちが片づくと、タンッ、と軽い動作で、ラウルが石垣から降りてきた。
「すまない、ネイ。大丈夫かい?」
「だ、だいじょうぶです」
さすがに肩で息をしながら、ネイは応える。
「それにしても、これだけの数、今までどこにいたんでしょうか……」
ビークルたちが溶けていった跡を見つめて呟く。
「昨日、村の中を歩き回ったときは、一匹も見かけなかったのに……」
うーん、と考えるようにラウルは口元に手を当てた。
「ビークルは普段、わりとおとなしくて、岩影や洞窟の中とか、本来、あまり太陽の光が当たらない場所をすみかにしてるんだ。
さっきのビークルたちが、山から来たのか、もともとこの村にひっそり住んでいたのかはわからないけど、わざわざ日の下に出て襲ってきたのは……」
ラウルはそこで一度、言葉を切った。ネイは首をかしげる。
「まあ、考えられるのは、昨日の爆発かな」
「爆発……って、あの、小麦粉の?」
「うん。彼らを刺激してしまったのかもしれないね。自分たちを脅かすと判断したものには、一斉に攻撃的になるから」
「そうなんですね……」
ネイは感心した。
(ラウルさん、魔物のこと、本当にいろいろ知ってるんだな……)
わたしも見習わないと、と決心を新たにする。
「あれっ、そういえば、鳥かごは……」
ふと気づく。ラウルの手には弓しかない。
ずっと、あのモルモスの入った鳥かごを持っていたはずなのに。
「ああ、途中で置いてきたんだ」
ラウルが答える。
「片手がふさがってると、石垣に登れないし、弓も使えないからね。すぐそこだから、戻るついでに回収するよ」
歩き出す背中に、ネイも続いた。
「あれ、たしかにここに……」
少し戻ったところにある、民家の前の低い石垣の上。
そこには、なにもなかった。
ラウルはいぶかしげに眉根を寄せる。
(わたしならともかく、ラウルさんが記憶間違いするはずない)
こつぜんと橋が消えたり、置いていたものが消えたりと、よくもまあ、不可解なことが次々と起こるものだ。
(橋が消えたのには、一応、理由があったけど……)
ラウルはじっと、地面を見つめていた。
「一つ多い……」
「え?」
「足跡。俺と、君のと、もう一つある」
言われて、ネイは足元をよく見てみる。生乾きの大地には、靴の跡がくっきりと残っていた。
「ほんとうだ……」
目を見開く。
たしかに、三人分の足跡がある。それぞれ大きさが違うから、すぐにわかった。
「これ、人のですよね」
「ああ。ずいぶん小さい……。子供……?」
石垣のちょうど前で、立ち止まったような痕跡が見て取れる。
そのとき、パタン、と扉を閉めるような音が、かすかに聞こえた。
二人は顔を見合わせる。
てっきりこの村には、自分たちの他に誰もいないと思いこんでいたが――。
「……足跡を、追ってみよう」
ラウルが静かに言った。
「ビークルたち、襲ってきませんね……」
足跡を追いつつ、ネイは辺りを気にしてきょろきょろと視線をやる。
相変わらず、そこかしこでカサカサと気配はするが、先ほどまでのように、こちらに攻撃してくる様子はない。
「たぶん、警戒体制が解けたんだろう」
「えっ?でも、あれだけ倒したのに……」
「だからだよ」
ラウルが言った。
「ビークルたちは、目に見えない信号のようなもので互いに繋がってるんだ。けど、一気に大半を倒したことで、その信号が途絶えたんだろうね」
「ええと、じゃあ今は……」
「個々にバラバラな状態だと思う。よっぽど刺激しなければ、群れで襲ってくることはないんじゃないかな」
ネイは感嘆の息をつく。
「ラウルさん、本当に詳しいんですね……」
「まあ、仕事柄ね。なんにせよ、俺たちの方は警戒しておくに越したことはない」
「はい」




