【1】
「――さて、そうと決まれば」
ラウルは椅子から立ち上がった。
「さっそく、モルモスを取ってくるよ。家の場所は覚えてるから、さっと行って戻ってくる」
ガタッ、とネイも立ち上がる。
「あの、わたしも」
「え?」
「わたしも一緒に行きます」
もう、一人で誰かの帰りを待つのは嫌だった。
「……そのほうがいいかもしれないな」
ラウルはふっと表情をやわらげる。
「わかった。こっちこそ、つきあわせて悪いけど、一緒に行こう」
「はい!」
外に出る前に、二人は二階に上がり、窓から村の様子をうかがってみた。
「……どうやら、ヤツは来てないようだね」
こく、とネイはうなずく。
「行くなら今ってことか」
一階に下り、素早く荷物をまとめると、壊れた扉を開けた。
「昨夜の爆発を警戒してくれてるといいんだが……」
あたりの様子に気を配りながら、ラウルが呟く。
明け方まで降り続いた雨のせいで、地面はまだ乾ききらず、ぬかるんでいた。
(足跡が残るの、やっかいだな……)
けれど、魔物が活性化する夜を待つよりは、まだ日中に行動したほうがマシだろう。
ネイは水たまりを避けるようにして、ラウルの後に続いた。
ほどなく、最初に入った家にたどり着いた。
「下で待ってて」
そう言い置き、ラウルはタッタッと二階へ上がっていった。
ネイはおとなしく一階で待つ。階段の上をじっと見上げながら、
(ラウルさん……お母さんをモルモスから引き離すのは、やっぱり難しいのかな……)
そんなことを思った。
モルモスに、幻に依存せずに済むなら、一番いい。だが、それができるなら、とうの昔にやっているだろう。
(下手なこと言えないや……)
きゅっと唇を結んだところに、
「ごめん、おまたせ」
ラウルが鳥かごを持って下りてきた。かごには、白い覆いがかぶせられている。
「それ、だいじょうぶですか……?」
思わずネイは尋ねた。
「鱗粉は布でだいぶ遮られるから、心配ないよ。それに、密閉された空間ならともかく、外では風で飛散するし――」
「ええと、そうじゃなくて……」
覆いの中からは、パタパタパタパタ、と羽音がしている。
「モルモス、息できるのかなって」
ああ、とラウルは笑った。
「底は覆ってないから大丈夫だよ」
ちらっと布をめくってみせる。底も網状になっていて、空気はちゃんと通るようだ。
「ご、ごめんなさい。昔、虫を飼ったときのことを思い出して」
ネイが赤くなってうつむくと、もう一度、ラウルは笑った。
無事にモルモスを手に入れ、二人は家を後にした。
村の広場にさしかかったときだ。
カサッという、かすかな物音が聞こえた気がした。
「ラウルさん――」
緊張を含んだ小声で呼びかける。
「うん。聞こえた」
ラウルは立ち止まり、静かに、けれど鋭く辺りを見回す。
カサッ
また聞こえた。
(気のせいじゃない……。やっぱり、なにかいる)
ネイも気配を探るように周囲に目をやる。
ラウルが鳥かごをそっと置き、矢をつがえた。
視線の先を見やると、少し離れた場所に、人間の頭くらいはあろうかという大きさの、丸い虫がいる。
「大きい……」
思わず呟いた。
形だけみれば、テントウムシに似ていないこともない。
だが、あの特徴的な水玉模様はなく、こちらはつやつやとした黒一色で、羽ももっと堅そうだ。
それに――ああ、やはり。
(瞳が赤い……)
「ビークルだ。毒を持ってる」
ラウルがささやき、弓をキリッと引き絞った。
放たれた矢は、的を違えず命中する。
虫のような魔物はあお向けにひっくり返り、その短い手足を必死にバタつかせた。
「すごい……」
「飛ぶんだ。ああやって引っくり返さないと」
ラウルは素早く鳥かごを拾い、ネイをうながした。
「さあ、今のうちに――」
二人が駆け出そうとした途端、
カサッ、カサッ
行く手に、新たなビークルが二匹現れた。
「やはり……」
ラウルが眉間にしわを寄せる。
「え?」
見上げると、ラウルは難しい顔で言った。
「ビークルは大抵、群れで行動するんだ」
「……じゃあ」
ネイは周囲をぐるりと見回す。ラウルがうなずいた。
「ああ。他にもひそんでいる可能性が高い。とにかく、早いとこ抜けてしまおう」
「は、はい」
慌てて別の方向へ走ろうとすると、
カサ、カサッカサッ、カサ、カサッ
どこに隠れていたのか、そこらじゅうから、ビークルたちがわらわらと姿を現した。
ざっと見ても百匹近くはおり、ネイは息を飲んだ。




