【3】
『頼む。ノル、あんたしか頼れる者がいないんだ!』
ネイの脳裏に、客人の切羽詰まった声がよみがえる。
(おじいちゃんはきっと、あの魔物の退治を依頼されたんだ)
あれを倒そうと思うなら、精霊術師の力を頼るのは当然のことだ。
(でも、でも、それなら……)
あの魔物はまだいるのに、ノルはどこに行ってしまったのだろう――。
「あ、あの」
唇が震えた。
口に出すのが怖い。でも、口に出さずにはいられなかった。
「村の人たちは、みんな、あの魔物に……」
殺されてしまったのか。
(誰もいないのは、だから……?おじいちゃんは――)
「いや、それはないと思う。だったらもっと、痕跡が残ってるよ」
ラウルはきっぱりと否定した。
「家もきちんと施錠されているし、どこかにみんなで逃げた可能性が高い。
君のお祖父さんも、もしかしたら、その人たちと一緒にいるんじゃないかな」
「そうなんでしょうか……」
ぎゅっと胸元をにぎり、すがるようにラウルを見る。
「――考えてみたら、君のお祖父さんが受けた依頼は、魔物の退治じゃなくて、住民たちの避難だったのかもしれない」
「え…?」
「ヤツを退治するには、相当な危険がともなう。下手をすれば命さえ落としかねない。でも、そうなったら元も子もない」
ならば、どうしたか。
「まず、村の人たちを逃がすことを優先したんじゃないかな」
こじんまりした村とはいえ、全員を移動させるのは大変なことだし、とラウルは言う。
「この村の事情を知っていて、なおかつ魔物にも対処できる協力者が必要だったんだ」
それに……、とネイを見つめる。
「いくら人助けのためだって、お祖父さんは、自分の命まで懸けるような真似はしないと思うよ」
「どうして――」
簡単なことだ、と言うふうにラウルは微笑んだ。
「君がいるからだよ」
(わたしが、いるから……?)
「君をたった一人、残すようなことはしないだろう」
(じゃあ、おじいちゃんは無事……?)
少なくとも、その可能性は低くないと納得でき、ネイは小さく息をつく。
「あの、それなら……村の人たちは結局、どこへ行ってしまったんでしょうか」
「うーん……」
ラウルはうなる。
「普通に考えると、ここから一番近いイシェンだろうけど……。さすがに村一つぶんの人間が避難していたら、気づくだろうしね」
隠していても、と意味ありげに呟く。
ネイが首をかしげると、ラウルは苦笑った。
「イシェンの人たちは、ローニエを忌避しているようだからね。まあ、わからなくもないけど」
(それは……)
やはり、モルモスの幻にとらわれた人たちの村だからだろうか。
「寄ることは寄ったかもしれないけど、滞在は断られたのかもしれないな。なるべく、関わりたくないと思ってるはずだから」
「そんな――」
しかたがないんだよ、とラウルは穏やかに言った。
「幻を見ている間はともかく、切れたときが厄介なんだ。場所が近いだけに、イシェンの人たちは、それをよく知っているんだろう。
……誰だって、自分の家族や大切な人を守りたいだろう?」
そう言われると、なにも言えなくなってしまう。
「でも、イシェンに戻って、あらためて情報収集してみたら、なにかわかるかもしれないな……」
ラウルは口元に手をやり、思案にふける。
あ、とネイは口を開けた。
「ラウルさん、あの――」
ん?とラウルが顔をあげる。
「わたし昨日、一度イシェンに戻ろうと思って、渡ってきた橋を探したんです。でも、なくなってて……」
何度も何度も探したんですけど……とネイは必死に訴えた。
橋のことは、ずっと聞かなければと思っていたのだ。
ラウルは二、三回まばたきをし、
「ああ……」
と思いあたったようにうなずく。
「それは――知らなかったなら、相当焦っただろう」
深く同情するように言われ、
「え……?」
今度はネイのほうが目をしばたたかせた。
「あれは沈下橋だよ」
「ちんかばし……」
耳慣れない単語だった。
「川の水量が増えると、水の下に沈んでしまうんだ。上流にダムでもあるのかもしれないね」
でも、そうか……と、ラウルはなにかに気づいたように呟く。
「明け方まで雨が降ってたから、通れるかな……」
一方、ネイは呆気ない種明かしに、ぽかんとするしかない。
「まあ、実際に見てみるしかないか」
そう結論づけ、ラウルはネイを見やった。
(やっぱり、消えたわけじゃなかったんだ……)
「――ネイ?」
呼びかけられ、ハッと我にかえる。
「とりあえず、イシェンに戻って情報収集してみよう。村人たちの行方がわかれば、お祖父さんの足取りもつかめるさ」
「あの、でも」
ネイは思わず尋ねた。
「いいんですか?わたしにつきあってもらっても……。その、まだモルモスを捕まえてないのに……」
ああ、とラウルは得心したように軽く笑う。
「気にしなくていいよ。さすがに、もう一度洞窟にもぐるのは、危険すぎるし」
たしかに、洞窟の中であのヒヒのような魔物と鉢合わせしたら、ひとたまりもない。
「それに、モルモスなら――」
ラウルは天井を指差した。
「あ……」
そうだった。この村には――。
「ここのは空っぽだったけど、前の家で君が見たっていうほうを回収していくよ」
それでなくとも、とラウルは表情をあらためて、ネイを見つめた。
「君には返しきれない恩がある。少しでも助けになれることがあるなら、手伝わせてほしい」
正直、一人で祖父を探すのは心細かったのだ。ラウルが手伝ってくれるなら、これほど心強いことはない。
「ありがとうございます」
ネイは感謝をこめて、頭をさげた。




