【2】
淡々と、ラウルは語る。
「モルモスがいるあいだは、比較的まともに暮らせるんだ。でも、それが切れると、ひどく情緒不安定になって、人が変わってしまう」
まあ、もういないはずの人間をいると思いこんでる時点で、まともじゃないんだけど、と微苦笑を浮かべる。
「………」
なんと言ったらいいのかわからず、ネイは黙って耳をかたむけるしかなかった。
「俺には弟がいるんだ。年は、君より少し下くらいかな」
可愛がっているのだろう。ラウルの表情が柔らかくなる。
「父親が亡くなったのは、弟が生まれてすぐだった。俺はちょうど、君くらいの年で……」
過去を思い起こすように、暗青色の瞳が細められた。
「残されたのは、心を壊した母親と、生まれたばかりの赤ん坊――」
正直、途方にくれたよ、と苦笑う。
「そのうち、母親はどこからかモルモスを手に入れてきた……。けっこう高価なものなんだけどね」
そして、幻におぼれるようになった。
「でも、幸か不幸か、それからわりと、穏やかな生活が送れるようになったんだ」
ある意味、幻が母親の心を救ってくれたのかもしれないな……と呟く。
「もちろん、本当の意味での救いじゃないけどね」
「……だから、ラウルさんはお母さんのためにモルモスを……?」
ネイは考え考え、言葉をつむいだ。
ラウルは静かに首を振る。
「言ったろう?幻覚の効果が切れると、人が変わってしまうって」
その声音が固くなった。
「――弟に、なにをするかわからない」
ネイは息を飲んだ。
「弟は父親に似て、身体が弱くてね。日々の大半をベッドの上で過ごしてるんだ。だから、せめて家の中では、穏やかな日常を与えてやりたい。
……たとえそれが、まやかしだとしてもね」
ネイの表情を見て、
「もちろん、母親のことは好きだよ」
どこか困ったような顔で、ラウルは微笑んだ。
(ラウルさんは、弟さんのために、この村に来たんだ……)
そして、モルモスを捕らえるために、一人洞窟に入った。
魔物の飼育は難しいと言っていたが、不可能というわけではないのだろう。
「――ごめん。長々とこんな話をしてしまって」
ラウルが短く息をついた。ぶんぶん、とネイは首を振る。
「わたしこそ、ごめんなさい……」
自分が、無理に聞き出してしまったようなものだ。
「君にはつい、いろいろ話してしまうな……。弟とあまり変わらない年なのに」
ラウルは微苦笑を浮かべる。
「俺からも、あらためて聞いていいかな。ネイ、君はどうしてローニエに?」
「わたしは――」
ネイは、自分がこの村に来ることになったいきさつを話した。
「そうか……」
口元に手をあてて、ラウルは考えこむ。
「ここに初めて着いたとき、人っ子一人いなくて驚いたけど――お祖父さんが受けた仕事と、村がこんな状態になっていることは、やはり、なにか関係があるんだろうな……」
ラウルが部屋の中をぐるりと見渡す。
ネイも、同じように室内を見回してみた。床やテーブルもわりと綺麗で、ほこりもあまり積もっていない。
「どう思う?」
尋ねられ、ネイは感じたままを口にした。
「きれいだと思います」
「うん。村や家の中の状態を見るに、ごく最近まで、村人たちはここで暮らしてたんだろうね」
たしかに、村全体の様子にしても、長い間、放置されていた感じではなかった。
「でも、村人全員が姿を消さなければならないような〝なにか〟があった」
「なにか……」
起こりえそうな可能性を、ネイは懸命に思い浮かべる。
(病気が流行った、とか……?)
「これは、あくまで俺の予想なんだけど」
そう言いおいて、ラウルが口を開いた。
「昨夜、俺たちが襲われたあの魔物……。たぶん、今までも頻繁に村を襲っていたんじゃないかな」
ネイはえっ、と顔をあげる。
「村に下りてきたのは、きっと昨日が初めてじゃない」
「どういうことですか……?」
「自分の縄張りの外に来たにしては、あまり警戒心がなかったんだ。なんというか、人里に慣れている感じがした」
それに――とラウルは眉根を寄せる。
「ヤツが、わざわざ村までやってきて人を狩るのは、おそらく捕食が目的じゃない」
「食べるのが目的じゃない……?」
「うん。……実は昨日、ヤツに追われているときに一度、危うく捕まりそうになったんだ。でも、ヤツはわざと俺を逃がした」
「どうして……」
あ、とネイは思い出す。
(そういえば、昨日もラウルさん言ってた)
「逃げ惑う獲物を追いつめる――その行為自体を、楽しんでいたんだろう」
(まるでゲームみたいにって……)
「……じゃあ、村の人たちがみんないなくなったのは、あの魔物が原因……?」
昨夜のように、村人たちを追いつめて、楽しんでは殺していたのだろうか。
(だとしたら、なんて……)
ネイは膝の上に置いた手を、ぎゅっと握る。
「今わかっていることだけを元に推測すると、とりあえずは辻褄があう。本当のところは、まだわからないけどね」




