【1】
(まぶしい……)
ネイはうっすらとまぶたを開け、次の瞬間、ガバッと跳ね起きた。
その拍子に、いつの間にか掛けられていた毛布が身体からずり落ちる。
「おはよう」
椅子に座って弓の手入れをしていたラウルが、気づいて微笑んだ。
「おはよう、ございます……」
ネイは慌てて身なりを整えた。
「あの、わたし、どのくらい……」
窓の外は、だいぶ明るい。
「今、だいたい昼前かな」
「えっ!?」
思った以上に寝過ごしてしまったようだ。ショックと同時に顔が熱くなる。
「す、すみません……」
「謝ることなんてないよ。それだけ身体が休息を必要としていたんだ」
ラウルが優しく笑う。
「あの、これ……」
毛布をつかんで、ネイは尋ねた。
「ああ、夜中、寒そうだったから。上から借りてきた」
ラウルは二階を指さす。
「あ、ありがとうございます……」
かえすがえすも頭が上がらなかった。
昨夜の雨は、すっかり止んでいるようだ。
外はどんな様子なのだろうと、窓のほうを見やる。
「念のため、窓際には近づかないほうがいいよ」
やんわりとラウルが言った。
「砂ぼこりでくもってるから、外からはあまり見えないと思うけど」
「は、はい」
そうだ。いつ、あの魔物が戻ってくるかわからないのだ。
ネイは自分の頬を両手でパチッと軽くたたき、寝起きでぼんやりしていた気を引きしめなおす。
ラウルはふっと表情をやわらげた。
「とりあえず、なにか食べようか」
テーブルにつき、遅めの朝食というよりは、昼食をとる。
食事が落ちついたところで、ラウルが切り出した。
「昨日、君が言ってた、鳥かごの中にモルモスがいたっていう話だけど――」
ネイは膝に手を置き、いずまいをただす。
「実は、この家にも鳥かごがあった」
「えっ?」
ラウルは二階を示した。
「中はからっぽだったけどね。でも十中八九、用途は同じだろう」
「用途……」
「君もうすうす気づいてはいると思うけど、世の中には、あの魔物を捕らえて、わざわざ飼う人間がいる」
なぜかわかるかい、と尋ねられ、
「自分の見たい、幻を見るため……?」
ネイは昨日、思ったことを答える。
「うん。そうまでして求める夢や、誰かがいるんだろうね。所詮、それは幻想にすぎないんだけど……」
ラウルは口の端をわずかに歪めた。
しばしの沈黙が落ちる。
「ここに来る前、イシェンに寄ったろう」
「あ、はい」
イシェンは、ここから最も近い村だ。
「でも、ローニエのことを聞いたら、みんな口をそろえて行くなって……」
そのときのことを思い起こす。
「〝あの村に行った者は、誰も戻ってこない〟?」
「……はい。そう言われました」
ラウルはおもむろに二階を見上げた。
「君の見た鳥かごだけど――ローニエでは、ほとんどの家に同じものがあると思うよ」
「え……?」
なにを言われたかわからず、ぽかんと口を開く。
「モルモスは魔物の中でも珍しい種で、どこにでもいるわけじゃない。だけど、ここはすぐ近くにすみかがある――」
「あの、洞窟……?」
混乱しながらも、ネイはなんとか頭を働かせる。
「そう。持ち帰ろうとした人もいると思うけど、モルモスは寿命が短いし、野生の魔物を飼育するのは難しい。おまけに……」
ラウルは静かに言った。
「モルモスの鱗粉には、強い依存性がある」
ネイはあ、と目を見開く。
〝あの村に行った者は、誰も戻ってこない〟
「だから……?」
ラウルはうなずいた。
「幻を求めて訪れ、幻にとらわれて離れられなくなった人たちが住み着いた村なんだよ――ここは」
呆然として、しばらく言葉も出なかった。
どうにか気持ちを落ち着かせると、
「――あの」
ネイは思いきって尋ねてみた。
「ラウルさんは、どうしてローニエに……?」
ずっと気になっていたのだ。
彼がなぜ、この村を訪れ、一人で洞窟に入ったのか。
(もしかして、ラウルさんもモルモスを……?)
そんなふうには見えなかった。
むしろモルモスに対しては、終止、否定的なように感じる。
「―――」
ラウルは目を伏せ、押し黙っていた。
「ご、ごめんなさい、言いたくなければ」
やはり、突っこんだことを聞いてしまったと、ネイは慌てる。
「いや。大丈夫だよ」
ラウルが優しく笑った。
「母親が、モルモスの依存症なんだ」
「え……?」
「俺の父親が亡くなってしまってね。病気だったんだけど……。それが受け入れられず、母は幻にすがってしまった――」




