【4】
前の家は、位置がバレているかもしれないということで、別の家にお邪魔することになった。
申し訳ないが、再び鍵を壊し、中に入らせてもらう。
明かりをつけることができないため、室内は真っ暗だ。床に敷かれた、かたい絨毯の上に、それぞれ座る。
なんとか人ここちついた頃には、雨は本降りになっていた。
ラウルが口を開く。
「追いかけられているとき、助けられなくてすまなかった。下手に出ていけば、かえって足を引っ張りかねないと思って」
「そんな、わたしが勝手に……」
ネイは慌てて首をふった。
「幸い、君はうまく逃げてくれた。そのうち、ヤツがかくれんぼに飽きて、あきらめてくれればよかったんだが……」
そのような気配はまったくなかった。
「きっと、俺たちを見つけるまで探し続けただろうね――」
隠れていたときの心境を思い出し、ネイはきゅっと唇を引き結んだ。
「このままでは、君も俺も、もたないと思った。なんとかヤツを追いはらわなければと必死で考えたよ。だがおそらく、ヤツはちょっとしたことでは動じない――」
ネイはうなずく。
「だから、爆発を起こしたんだ」
「えっ?」
思わず、まばたきをしてラウルを見た。
「ちょうど家から程よく離れた場所に、ぽつんと小屋があったから、中に小麦粉を振りまいて火をつけたんだよ」
「こ、小麦粉……?」
頭の中を、疑問符が渦まく。
「小麦粉とか砂糖とか、そういう細かい粉塵に、火花などが引火して爆発が起きるっていう現象があるんだ」
上手くいってよかったよ、とラウルはしみじみ呟いた。
「派手に爆発したわりには、まわりに延焼せずにすんだし、おまけに雨も降ってきてくれた」
小屋の持ち主には申し訳なかったけど、と苦笑いする。
ネイは呆気にとられ、すぐには言葉が出てこなかった。けれど、彼の機転がなかったら、いずれあの魔物に見つかっていただろう。
「ラウルさん、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「いや、そもそも君が外に出たのは俺のせいだ。俺が戻らなければ、君が探しに出るだろうということくらい予想できたのに……」
ネイはただ、無言で首をふった。
「とにかく、二人とも無事でよかったよ」
目が慣れてきたのか、ラウルはネイの頭を、ぽんぽん、となでた。
「そういえば、夕食がまだだったね」
ネイも言われて初めて気づく。それどころではなかったので、すっかり忘れていた。
ラウルが取ってきた荷物の中には、乾燥させたパンや干し肉など、日持ちのする食料も入っていた。
それを分けてもらい、ささやかな夕食をとる。
食べ終わった頃、ネイは唐突に思い出した。
「そうだ、わたし、ラウルさんに話さなきゃと思ってたことがあって……」
「うん?」
前の家で見た、鳥かごの中の白い魔物について説明する。
「モルモスを……」
ラウルが思案げに呟く。
「わかった。明日、あらためて調べてみよう」
ネイはうなずいた。
「朝までまだ大分あるな……」
ラウルは軽く伸びをする。
「今日はもう眠ろう。休めるときに休んでおかないと」
壁にもたれるなり、まぶたをおろす。相当、疲れているのだろう。
「おやすみ、ネイ」
「おやすみなさい……」
「………」
横になったものの、ネイの目は、ぱっちりとさえていた。
神経が高ぶっているようだ。とりあえず目を閉じ、今日一日を振り返ってみる。
(本当に、いろいろあったな……)
夜明け前にイシェンの村を出て。
真っ暗なトンネルを通り、ローニエに着いたけれど、誰もいなくて。
おまけに橋が消えて戻れなくなって――。
(そうだ。橋のことは、明日ラウルさんにも聞いてみなくちゃ)
それから、また真っ暗な洞窟に入って。蜘蛛のような魔物や、白い蛾のような魔物に襲われて。
祖父の幻を見て。ラウルに出会って。
(そういえば、イシェンで話を聞いたときにおじさんが言ってた若者って、やっぱりラウルさんのことなのかな)
なんとか洞窟を出たところで、ヒヒのような姿の魔物を見かけ、その魔物が村まで降りてきて――。
思わず、ふうっと息をつく。本当に長い一日だった。
なんだか、当たり前のように祖父といた日常が、ずいぶん昔のことのようだ。
ネイはもぞもぞと身体を小さく丸めた。
絨毯の上とはいえ、やはり、薄手のコート一枚で眠るには肌寒い。
(おじいちゃん……)
ザーザーという雨音を聞いているうちに、ネイは深い眠りに引きこまれていった。




