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灰色の精霊術師  作者: ミモリ
―第5章― 襲撃
16/35

【2】

 鍵の壊れたドアを、そっと開ける。

 外に出ると、あたりはすっかり、漆黒の闇におおわれていた。

 草や土、空気から、夜独特のにおいがする。

 まだ魔物がいると決まったわけではないが、万が一にも居場所を知られないよう、炎は使えなかった。

 コートの胸元をぎゅっと掴み、なるべく足音を消して歩く。

(とりあえず、おかしな気配は感じないけど……)

 気配を消している可能性もある。

 今だって、すぐ近くに潜んでいるかもしれない。取りこし苦労ならよいが――。

 薪小屋を探すが、暗くて、あたりの様子がわかりづらかった。

(ああ、そうか……)

 どうにも暗いと思ったら、今夜は新月なのだ。

 星さえ見えないのは、空自体が曇っているのだろうか。

「………」

 ネイは、ふいに足を止める。

 かすかに、土を踏む音が聞こえたような気がしたのだ。

(――ラウルさん?)

 じっと耳をこらす。

 たしかに、なにかが歩いている。でも、これは……。

(人の足音、じゃない)

 同時に聞こえる、獣のような息づかい。

 背中に緊張が走る。

(どこ……)

 ネイは出所を探るように、首をめぐらせた。

 ―――いた。

 ほんの少し先、闇の中に赤い光が二つ、ぼんやりと浮かびあがっている。

 それが、ゆっくりとこちらを向いた。

 気づかれた、と思った瞬間には、もう目の前に接近されていた。

「ッ!」

 ほとんど反射的に、ネイは腕を振る。

 ゴオッと燃え上がった炎の一撃が、魔物に叩きつけられた。

 完全にふいをつかれたのだろう。相手はもんどりうって倒れた。

(やっぱりあのときの――!)

 岩肌の上にいた、ヒゲのあるヒヒのような魔物だった。

 近くで見ると、思った以上に大きい。

 少しでも距離をとるため、ネイはすぐに駆け出した。

 おそらく、正面からまともにぶつかって敵う相手ではない。

 とりあえず、物影に身をひそめる。


 ウオアアアアア―――!


 地をとどろかすような咆哮が響き渡った。続いて、動き回る足音。

「わたしを探してるんだ……」

 おそらくさっきの攻撃も、たいしたダメージは与えられていないだろう。

「どうしよう……」

 こちらはほとんど視界がきかないのに対し、相手はある程度、夜目がきくはず。

 しかも、今は魔物が活性化する夜――状況としては、かなり不利だ。

(ラウルさんは……)

 無事だろうか。どこか安全なところに隠れてくれているとよいのだが。

(きっと、だいじょうぶ)

 最悪のことは考えたくない。

 タン、タン、と屋根を伝うような音がした。

(っ、上から探してるんだ……!)

 ここでは、見つかるのも時間の問題だ。

(移動しなきゃ)

 できれば建物の中がいい。だが、民家の戸には鍵がかかっている。

 ラウルが鍵を壊したあの家は、暗闇の中に沈んでしまい、位置がわからなかった。

(こっちに来てる……)

 考えているひまはない。とにかく、気配から遠ざかるように、じりじりと移動する。

「っ!」

 ダメだ、気づかれた。

 二対の赤い光がみるみるうちに、こちらへ向かってくる。なんという身体能力か。

 炎で応戦しようとし、寸前でハッと思いとどまった。無闇に炎を使うと、民家に燃え移ってしまう可能性がある。

 先ほどのように、よほど至近距離からの攻撃なら別だが、あれができたのは、向こうに油断があったからだ。

 ただの子供だと思っていたのだろうが、さすがに今は警戒しているはず。

 証拠に、少し離れた場所で、赤い光が右から左、左から右、というように、ゆらゆらと移動していた。

 間合いをうかがっているのだ。

 ネイは唇をかむ。最も得手な、炎の術が使えないのは痛い。

(それでも、なんとかしないと)

 なにもしなければ、殺されてしまう。

 ほんの少し後ずさると、ザリ、と地面が音をたてた。

 ――イチかバチか。

 ネイは足元から、風の渦を巻きおこした。家の窓や建てつけの悪い板壁などが、ガタガタ揺れる。

 竜巻は乾いた砂を巻き上げながら、勢いよく魔物へ向かっていき、あっという間にその身体をとりまいた。

 明るさを絞った炎を手にともし、ネイは駆け出す。

(はやく……はやく隠れなきゃ)

 あの竜巻も、きっと少しの時間かせぎにしかならない。

(ない、ない、ない……!)

 どこもすぐに見つかってしまいそうだ。

 焦れば焦るほど、よい場所が見つからなかった。

「!」

 目に入ったのは、高床式の倉庫。

 穀物などを貯蔵しておくためのもので、風通しをよくするために、床下の部分がかなり高くなっている。

 ――迷っている余裕はなかった。

 ネイは背を曲げ、急いで床下にもぐりこむ。

 昼間なら丸見えだが、幸い、今は真っ暗だ。ここなら、上からでも見つけられないだろう。

 のぞきこまれたりしない限りは――。

 相手の鼻がきかないことを願うばかりだ。


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