【1】
ガッ、ガッ、ガコン。
村に降りると、ラウルはとある民家の戸の鍵を、手持ちの短剣の柄で器用に壊してしまった。
「申し訳ないが、一晩泊まらせてもらおう。近くに魔物が潜んでいるとわかった以上、野宿は危険だからね」
ラウルに続いて、ネイも遠慮がちにあがりこんだ。
室内は、荒れた様子もなく、埃やちりが積もっているということもない。
つい最近まで、人が住んでいたようだ。
「使えそうだけど、さすがに火はおこせないな……。目立ちすぎる」
かがみこんで暖炉を調べていたラウルが言った。
たしかに、真っ暗な村の中、一軒だけ火を灯していたら目立つだろう。煙突から出る煙も、のろしをあげているようなものだ。
「せめて、あたたかいものでも口にできたら良かったんだけどね」
苦笑いするラウルに、ネイは首を振った。屋根があり、風をしのげる場所で寝られる、というだけでありがたい。
屋内と屋外で眠るのがどれだけ違うかは、野宿をしたことがないネイにも、さすがに察せられた。
「そうだ、荷物を取ってこないと」
ラウルが思い出したように言った。
「ちょうど雨風をしのげそうな薪小屋があったから、寝泊まりさせてもらっていたんだ。村には誰もいないみたいだったしね」
そこに荷物を少し置いてきたから、取ってくるよ、とドアに向かう。
「すぐ戻るから待ってて。念のために、外には出ないように」
ネイはうなずく。
「あの、気をつけて……」
ラウルは笑って、軽く片手をあげた。
ラウルを待っているあいだ、何をしたら良いのかわからず、ネイは部屋の中をしばらくうろうろしていた。
薪小屋で寝泊まりしていた、とラウルは言っていた。
他人の家の鍵を壊してまで屋内で一晩明かすことにしたのはおそらく、魔物のこともあるが、ネイを気づかってのことだろう。
身の安全を考えれば仕方がないとはいえ、きっと気が向かないことをさせてしまった。
暖炉が使えたなら、部屋の中を暖めるなり、お湯を沸かすなり、自分でも役に立てそうなのだが。
(……そうだ)
火の気が使えないなら、身体を暖める毛布のようなものはないだろうか。
真冬ではないが、じっとしていると家の中でもけっこう冷える。
人様の家の中を勝手に物色するのは気が引けるが、それなら余計、自分がやるべきだろう。
(まだ日のあるうちに探しておこう)
窓の外は、もう夜の帳が下りかけていた。
1階にはそれらしきものが見当たらず、ネイはきしきしと音をたてる階段をゆっくりのぼって、2階にあがった。
最も近くのドアをあけると、うまいことに寝室だった。
ベッドが一台置いてある。
「すみません、失礼します……」
誰にともなく小声で言って、室内に踏み入った。
まず目についたのは、枕元のチェストの上に置いてある丸い鳥かご。
枕元で、鳥を飼っていたのだろうか。
(鳴き声とか羽音とか、気にならなかったのかな)
小首をかしげつつ、
(まあ人それぞれだよね)
さして気に止めず、ベッドに近づいていく。
すると、鳥かごの底からゆらりと何かが舞い上がった。
てっきり空っぽだと思っていたネイは、びくっと動きを止めて息をつめる。
(――なんで)
目を見開く。
薄闇の中にぼんやりと浮かび上がる姿。
(なんで、〝これ〟がここに……)
狭い鳥かごの中で一匹、幻のように舞うのは、洞窟で会った、あの白い悪魔だった。
パタパタ、パタパタ……。
ネイはとっさに片腕で鼻と口を押さえ、じりじりと後ずりさった。
後ろ手で部屋のドアを開け、そのまま外に出ると、バタン、とドアを閉める。
「…………」
混乱のあまり、ドアノブを押さえた姿勢で固まってしまった。
(なんで、どうして、家の中に魔物が……)
――あの鳥かご。
(まさか、飼って、いたの……?)
つめていた息をよろよろと吐き出す。
もはや毛布どころではない。もう一度、この部屋の中に入ろうとは思えなかった。
下に降りた途端、ネイは力が抜けたように部屋の隅にうずくまった。
(そういえば、ラウルさん言ってた……)
あの白い魔物の鱗粉には、幻覚を見せる力があり、心に強く思っていることや、人が現れると。
(危険だとわかっていても、使わずにはいられない人もいるって……)
そのときは、〝使う〟というのがピンとこなかったが、あれが、そうなのだろうか。
ああやって鳥かごの中に閉じこめて、自分の望む幻を見る。
やがて、それ無しではいられなくなってしまっても――。
気づけば、日はすっかり落ちており、部屋の中は暗闇に包まれていた。
(ラウルさん、おそいな……)
すぐ戻ると言っていたのに。
こじんまりとした村だ。荷物を取りに行くだけで、そんなにかかるだろうか。
ネイは立ち上がった。
(なにか、あったのかも)
脳裏に姿が浮かんだのは、あのヒヒのような魔物の姿。
耳をすましても、聞こえてくるのは風や虫の声だけで、変わったことなど、なにも起きていないように思える。
だが、ラウルは一向に戻ってこない。
(やっぱり、いくらなんでもおそすぎる……)
不安がふくれあがり、ネイは自分の胸元をぎゅっと握った。
(わたしも一緒に行けばよかった)
精霊術が使えるからと、思い上がっているわけではない。
ただ、こうしてただ待っている間に、誰かがいなくなってしまうのは、もう嫌だった。




