【3】
ネイの先導で、通路を逆にたどっていく。
ほどなく、ネイが方向を見失ってしまった分岐点にたどりついた。
目の前には通路が三つ。
「ここで、どっちから来たか、わからなくなってしまって……」
なるほど、とラウルは口元に手をあてる。
「こっちは今通ってきた道だから、帰り道は残りの二つのどちらかってわけか」
そのとき、パタパタ、と覚えのある羽音が聞こえた。
ぎく、と身体がこわばる。
「――炎を消して、とりあえず、こっちに!」
ラウルが早口でささやき、ぐっとネイの手を引いた。
片方の通路に飛びこみ、二人して壁ぎわに身を寄せる。
そのまま暗闇の中でじっと押し黙っていると、羽音はだんだんと遠ざかっていった。
ふーっとラウルが息をつく。
「近くに巣があるのかもしれないな……」
「もう、炎をつけても大丈夫でしょうか……?」
「うん。でも念のためにおさえめに」
ネイはうなずいて、ぼおっと弱めの炎を生み出した。
「引き返すのもなんだし、こっちに進んでみようか」
通路を進みながら、ラウルが言った。
「モルモスの鱗粉には、幻覚を見せる力があるんだ。心に強く思っていることや、人が現れると言われてる」
(ああ、だから――)
わたしにはおじいちゃんが見えたのか、とネイは納得する。
「だけど、その鱗粉には強い依存性があって、やがて、それ無しではいられなくなってしまう」
「え……」
ネイは思わず足を止め、かたまった。
「一度くらいなら、大丈夫だよ」
ラウルが安心させるように笑う。でも――と、その顔がスッとかげった。
「危険だとわかっていても、使わずにはいられない人もいる。……たとえば」
ラウルは苦く微笑んだ。
「もう二度と会えない人に会うために、とかね。それが、白い悪魔と呼ばれる由縁だよ」
通路の出口にあった石の矢印を見て、ラウルが笑った。
「どうやら当たりみたいだ」
ネイも胸をなでおろす。
「ここからは、右の通路を選んでいけば戻れると思います」
途中、大型のネズミのような魔物に遭遇したが、幸い、ネイの炎でわりとあっさり撃退することができた。
その後は順調に進み、行きに延々と下ってきた坂を、今度はひたすら登る。
登っても登っても地上に出られないので、途中、不安になりかけたが、なんとか無事に、洞窟の出口にたどりつくことができた。
洞窟を出た途端、世界の明るさに、ネイはどっと全身が安堵するのを感じた。
真っ赤に染まった空を、ラウルが眩しそうに見やる。
「日没には、ぎりぎり間に合ったみたいだね」
光の下で見ると、ラウルの髪と瞳は、真夜中の空のような深い青色をしていた。
同じように空を見上げ、ネイは新鮮な空気を思いきり吸いこむ。
二人して、しばらくその場にたたずんでいたが、やはり、じっとしていると風の冷たさがこたえる。
「――とりあえず、村に戻ろうか」
声をかけられ、ネイはうなずいた。
ラウルの後について、村へつながる細い道を降りようとした、そのとき。
ネイはふと、なにかの気配を感じて、背後を振り返った。
そこには、今しがた出てきた洞窟が、真っ黒な口をぽっかりと開けている。
まるで、異界への入り口のようだ。
あの向こうが同じ世界とは、とても思えなかった。またあそこに入るには、少し身体と精神を休ませなければ……。
それはともかく、周囲に変わったところはないし、
(気のせいかな……)
向き直ろうとしたのだが、なにげなく視線を上向けて――ネイはぎくりと固まった。
(な、に……?)
切り立った山肌の上に、なにかがいた。
真っ白な毛皮。姿はヒヒに似ている。人間の大人より、一回りは大きい。
あごの下には、翁のごとく長い髭をたくわえており、それが猿のような顔面と相まって、やけに人間じみているのが不気味だった。
それは、紅色に燃え上がる空を背にして、ネイたちをじっと見下ろしていた。
がらんどうの、赤い瞳で――。
「ネイ……?」
ネイがついてきていないことに気づき、ラウルが道を引き返してきた。
ネイは振り向き、
「ラウルさん、今――」
また山肌の上に視線を戻すと、そこにはもう、なんの姿もなかった。
「いない……」
呆然と呟く。
「なにか見たのか?」
尋ねられ、ネイはさっき目にしたものについて説明した。
「そうか……」
ラウルは口元に手を当てて考えこむ。
「そんなヤツが近くにいるとは厄介だな。襲ってこなかったということは、様子を見ていたのか……」
山肌の上を振りあおぐ。
夕闇が一段濃くなっていた。
「なんにせよ、向こうが俺たちに気づいているということは、十分警戒しないと」
ネイは神妙にうなずいた。




