【2】
納得したように息をつくと、男性はふたたびまぶたを閉じ、自分の身体を抱くように、片手を腕にやった。
(寒いんだ……!)
ネイは慌てて、だらんと下がったもう片方の手を握る。
(つめたい……)
それに、細かく震えていた。
(なんですぐに気づかなかったんだろう!)
自分だって、さっき目覚めたとき、身体中が冷えきっていたではないか。
まして、こんな水辺だ。彼がいつからここに、こうしていたのかはわからないが――。
(あったかい飲み物とかがあればいいんだろうけど……)
ここにはない。
ネイは精霊術の炎で、火傷をさせないよう気をつけながら、じんわりと冷えた身体をあたためた。
根気強く炎をかざしていると、だんだんと握っている手にぬくもりが戻ってくる。
震えも、いつの間にか止んでいた。
「――ありがとう」
目を開けた男性が、しっかりとした口ぶりで言った。
ネイはほっと息をつく。
(よかった……)
握っていた手を離すと、
「あの、よかったら、これ……」
ネイは鞄から水筒を取りだし、差し出した。
ああ、と男性は微笑む。
「自分の分があるんだ。大丈夫、ありがとう」
言葉通り、男性は自分の水筒を取りだして、中の水を少し飲んだ。
人ごこちついたのか、ネイに向き直ると、
「君のおかげで助かった……。君がいなかったら、俺はきっと、そのまま死んでいただろうな」
あらためた様子で頭をさげた。
「本当に、ありがとう」
ネイはふるふると軽く首を振る。
「君は、村の子かい?」
問われて、もう一度、首を振った。
「そうなのか?てっきり――」
男性は驚いたように目を見開く。
「まさか、こんな迷宮みたいな洞窟の奥深くで、人に会えるとは思ってなかったから……」
まして君みたいな女の子に、と。
「ローニエには、祖父を探しにきたんです」
ネイが答えると、
「そうか……。じゃあ俺は、本当に幸運だったんだな」
男性はしみじみと言った。
「あのまま誰にも気づいてもらえず、こんなところで孤独に……と思うと、心底ぞっとするよ」
男性はネイに左手を差し出す。
「俺はラウル。君は……?」
「ネイです」
ネイがおずおずと手を取ると、しっかりと握り返された。
今はもう、すっかりあたたかい。
そのことに安堵していると、ラウルは目を閉じて、噛みしめるように言った。
「ネイ――君は俺の命の恩人だ」
背後の岩壁に寄りかかり、ラウルはため息をついた。
「実は、どこをどうやって来たか、あまり記憶がないんだ……。最初は目印をつけながら進んでたんだけど、途中で魔物に襲われて……」
もうろうとする意識の中、水の音だけを頼りにここにたどりついたらしい。
「松明もどこかで落としてしまったみたいだし……」
からっぽの両手を広げ、肩をすくめる。
わたしも、とネイは口を開いた。
「白い蛾みたいな魔物に襲われました。そのあと、なんだかぼうっとして……」
「――幻を見た?」
「あ、はい。祖父の……」
ラウルには心当たりがあるようだった。
「そいつはモルモスだよ。俺が襲われた魔物と同じだ」
「モルモス……」
「白い悪魔、とも呼ばれてる」
ところで――と、ラウルはネイに尋ねた。
「君がここに入ったのは、いつ頃だった?」
「たしか……お昼すぎでした」
「それからどのくらい経ったかわかる?」
ネイは少し思案する。モルモスに襲われたあと、しばらく意識を失っていたので、正確なところはわからないが、
「まだ、夕刻にはなってないと思うんですけど……」
「そうか。俺が入ったのは朝方なんだ」
一日は経ってないというわけか、とラウルが呟く。
「どちらにせよ、急いで出たほうが良さそうだ。ここは魔物もいるから、夜になるとやっかいだし」
ラウルは壁に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
手足を動かし、
「……なんとか動けそうだな」
自身の状態を確認すると、ネイに視線を向ける。
「とりあえず、一度、村に戻ろう」
ネイはうなずいた。
ここまでずっと一人だったのだ。一緒にいてくれる人がいるのは心強い。
ラウルはぐるりと周囲を見渡した。
「どっちから来たかわかる?」
「ええと、あっちの入り口から……」
指し示すように炎を向ける。手のひらの上で揺らめくその炎を見つめ、
「――君は精霊術が使えるんだね」
ラウルが言った。
「はい。祖父が精霊術師で……」
ネイはバッと顔をあげ、
「あの、ラウルさんは村の人ですか!?」
勢いこんで尋ねた。ラウルは静かに首を横に振る。
「いや、俺も外から来たんだ。ここに来て人に会ったのは、君が初めてだよ」
「そうですか……」
なんとなく事情を察したのだろう。
うつむくネイの頭を、ぽんぽん、と軽くラウルがなでてくれた。
「お祖父さん、必ず見つかるさ。なんだったら一緒に探すよ」
「ありがとうございます……」
年の離れた兄がいたら、こんな感じだろうか……。
なでられた頭に手をやり、ネイは思った。




