【1】
(こんなに長かったかな……)
行けども行けども、分岐点にたどりつかない。
元の通路は、これほど歩かなかったような気がする。
(間違えた……?)
ネイは足を止めた。
(……戻ろう)
引き返しかけたときだ。パタパタ、と覚えのある羽音が微かに聞こえた。
「っ!」
ネイは慌てて炎を消し、なるべく気配を絶って壁ぎわにうずくまる。
どうやら羽音は、今通って来たほうの通路から聞こえてくるようだ。
(どうしよう……)
やりすごせるまでここで待つか、それとも――。
考えているうちに、いつの間にか羽音は聞こえなくなっていた。だが、今戻ったら鉢合わせしてしまう可能性がある。
またあの鱗粉を吸いこむことは、絶対に避けたい。
少しためらったあと、結局、引き返さずに、このまま進んでみることにした。
(先の様子を見てから、どうするかまた考えよう)
例の魔物を引きつけないよう、少しおさえめの炎をともす。
しばらく歩いていると、今度は水の流れる音が聞こえてきた。
(川……?洞窟の、こんな地下に?)
ちょうど分岐点についたが、やはり元の通路ではなかったらしく、石の目印はない。
通路は、三つに枝分かれしていた。
ネイは水の音に引き寄せられるように、右端の道を選ぶ。
もちろん、目印を作るのは忘れずに。
進むにつれ、だんだん水音が大きくなり、湿気も増してきた。
やがて、唐突に通路を抜ける。
目の前を、川が流れていた。幅は大人が一人横たわったくらいだが、水量はかなりある。
水面をのぞきこんだ。
(飲めるのかな……)
まわりが真っ暗な中、炎の明かりだけが頼りなので、色がわかりにくい。けれど、極端ににごってはいないようだ。
ネイは水筒を空にしてしまったことが、気になっていた。
足を踏み外さないよう気をつけながら、左手で水をすくう。
口にふくんで、変な味がしないか確かめてから、飲みこんだ。
(うん。だいじょうぶそう。……たぶん)
鞄から水筒を取り出し、中を満たんにする。
(よかった……)
水という命綱を補給できたことで、心にも少しゆとりが生まれてきた。
(ここでちょっと休憩したら、来た道を戻ろう)
途中でまた魔物に会ったら、そのときはそのときだ。どうにかやりすごそう、と腹をくくる。
とりあえず、あたりの様子を把握しようと、ネイは炎をかかげて周囲を見回してみた。
(――え)
視界の端に映ったものに、ギクッと体がこわばる。ほとんど本能的に。
おそるおそる、もう一度、それが映った方向に明かりを向けた。
ぼんやりと浮かびあがったのは――
(人の、足……)
足から胴へ、そして顔へ。徐々に明かりを照らしていく。
――やはり、人間だった。
岩壁にぐったりともたれかかっており、うつむいているせいで顔はわからないが、体型からして男性だろう。
それにしても、ピクリとも動かない。
普通、こんな場所で自分以外の人間に会ったなら、声をあげるなり、なにか反応するものではないだろうか。
(どうしよう……)
心臓が早鐘を打ち始める。
もしかすると、なんらかの理由で帰れなくなり、ここですでに力尽きてしまったのかもしれない。
だが発見してしまった以上、見て見ぬふりはできなかった。
「あ、あの……」
一歩か二歩近づいて、声をかける。
しかし、流れる水の音にかき消されてしまった。
思いきって、もう少し近づいてみる。
「あの……っ」
人影は微動だにしない。
(やっぱり、この人、もう……)
目をふせる。
心がくじけそうだった。それでも、万が一ということがある。
ネイは心臓のあたりでギュッとこぶしを握り、そろそろと人影に歩み寄ると、その体を軽く揺さぶってみた。
「だ、だいじょうぶですか……?」
すると、微かに空気がもれでるような音がした。
ネイは慌てて、顔を近づける。
男性の唇が、ほんのわずかに動いていた。
(この人、生きてる……!)
「あの、わかりますか……?」
うかがうように尋ねると、男性はまぶたをあげて、ぼんやりとネイのほうを見た。
ネイよりは年上だろうが、まだ若い。肩口まである髪を、首の後ろで結っている。
男性は、炎が眩しいのか目をすがめ、
「…カーム……?」
かすれた声でなにか呟いた。
ネイが戸惑っていると、今度ははっきりと目があう。
「きみ、は……」
男性はあたりに視線をやった。
「ここは……」
記憶が少し混乱しているのだろうか。
「ローニエの、村の近くの洞窟です」
ネイが答えると、
「ローニエ……ああ、そうだ」
瞳に、じわじわと理解の色が広がった。




