【4】
ネイはためしに、ずっと右手の上にともしていた炎を消してみた。
途端に、あたりは真の闇に包まれる。
そろそろと壁ぎわに寄り、うずくまってじっと息を殺した。
しばらくパタパタと飛び回る羽音がしていたが、徐々に遠のいていき、やがてしんと静まりかえる。
ほーっと息をついた。
どうやら、やり過ごすことができたようだ。
(やっぱりあの魔物たち、炎の明かりに誘われてたんだ……)
明かりがないと歩けそうにないが、すぐに炎をともすと、また彼らが戻ってくるかもしれない。
(もう少し、ここで様子をみよう)
――それにしても冷える。
ネイはコートの襟をかきあわせた。歩いているときは、さほど感じなかったのだが。
(炎を持ってたからかな……)
どうやら明かりだけでなく、暖もとれていたらしい。
せめて、と自分の体を抱きしめるように丸めた。
どのくらいそうしていただろうか。
なんだか頭の芯がぼんやりとしてきた。
「……?」
ネイはいぶかしげに眉根を寄せる。
とりあえず立ち上がろうとしたが、ガクリと膝をついてしまった。力が入らない。
(なんで……)
思い当たるのは、さきほどの魔物たち。
あれがまきちらしていた鱗粉を、少し吸いこんでしまった。
(まさか、毒……?)
背中を冷たいものが走る。遅効性のものだったのだろうか。
ネイは鞄の中を探り、水を取り出すと、全て飲みほした。貴重なものだが、惜しんでいる場合ではない。
これで、少しでも体内の毒が薄まるとよいのだが――。
幸い、というべきか、苦しさはなかった。ただ、頭も体もふわふわとして、思考がまとまらない。
岩壁に寄りかかり、少しでも楽な姿勢をとった。
自分の手足さえ見えない真っ暗な闇の中、
だんだんと自分がどこにいるのかさえ、わからなくなってくる。
(あれ、わたし……)
(ここに、なにしにきてたんだっけ――)
コツ、コツ、と足音が近づいてくる。
それは、ネイの前でピタリと止まった。
(だれ……?)
のろのろと顔をあげる。
〝――ネイ〟
懐かしい声だ。そして、一番聞きたかった声。
「おじいちゃん……?」
目の前で祖父が優しく微笑む。
「よかった……。わたし、ずっと探してたんだよ」
わかってるよ、というようにノルは大きな手で頭をなでてくれた。
「会いたかった」
祖父はうなずく。すまなかった、と。
「おじいちゃん、一緒に帰ろう」
ネイは手を差し出す。
〝ああ、帰ろう――〟
ピチャン――……
なにか、冷たいものが頬をうった。
(み、ず……?)
瞬間、状況がわからなくなる。視界が真っ暗でなにも見えないのだ。
ついさっきまで、祖父の顔がはっきり見えていたのに――。
「……おじい、ちゃん……?」
声がかすれる。
喉を震わせる感覚に、ネイは悟った。さきほどまでのは、現実じゃない。
(そうだ、わたし……洞窟に入って、魔物の毒に――)
あれは、あの蛾のような魔物の鱗粉が見せた、幻だったのだろうか。
じんわりと目頭が熱くなる。
「おじいちゃん……」
やっと、会えたと思ったのに――。
ピチャン、とまた、なにかが頬にあたった。
どうやら天井から水が滴っているらしい。
ネイは壁に手をつき、よろよろと立ち上がった。まだ少しふらつくが、なんとか歩けそうだ。
すっかり体が冷えきっている。
耳をすますが、羽音は聞こえなかった。ボッ、と右手の上に炎をともす。
明るい炎を見ると、やはりほっとした。
(……戻ろう)
こんな状態でこれ以上進むのは、どう考えても危険だ。
戻って、村のどこかで一晩明かし、体調を見てまた出直そう。
周囲を見回し、はた、と気づく。
(わたし、どっちから来たっけ……)
自分を取り囲む三つの穴を、もう一度、ゆっくりと見やった。
目印がない。
ドク、ドク、と心臓が跳ねる。
(落ちついて……焦っちゃだめ)
ネイは目をつむり、自分に言い聞かせた。
――ようは、来た方向を見失ってしまったのだ。魔物に襲われ、暗闇の中で混乱しているうちに。
大きく息を吸ってはく。
「……だいじょうぶ」
そこまで深刻な事態には陥っていない。
――通路はたった三つだ。
順番に入っていけば、三分の一の確率で、元の通路に戻れるはず。
とりあえず、ネイは一番近くの通路の脇に、石を並べて目印を作った。
同じ矢印だとややこしいので丸にし、炎をかかげて、その通路に入った。




