【3】
真っ暗な闇の中を、精霊術で生み出した炎を頼りに、そろそろと進む。
洞窟の中は、ゆるやかな下り坂になっていた。
足場が悪い上に、肌寒い。
(どこまで降りるんだろう……)
かなりの距離を歩いたと思うのだが、どこかに着く気配はまったくなかった。
道はただ、下へ下へと伸びている。まるで、地の底へと誘うように――。
そのとき、ネイの耳が微かな音をとらえた。
カサッ
足を止めて、耳をすませる。
(……気のせい?)
特に変わった音は聞こえない。
カサ……カサッ
(気のせいじゃない――!)
ネイは微動だにしないまま、視線だけを周囲にめぐらせ、耳で音の出所を探った。
カサカサ…カサッ
あきらかに人の足音ではない。野性動物の可能性も高いが――。
カサカサカサカサカサッ!
こちらめがげて、音が近づいてくる。
(速い……!)
一気に距離を詰められた。
「っ!」
瞬時に手のひらで踊る炎を倍にし、最大級の警戒態勢をとる。
キイィィ
照らし出されたのは、天井に逆さに張りついた、八本足の異形。
そして、不気味に光る赤い眼だった。
(魔物――!)
背中に緊張が走る。
姿はクモに似ているが、サイズは人間の大人と同じくらい。
手足が非常に長く、顔はどちらかと言うと、猿などのほ乳類に近かった。
ネイはこの、魔物特有の顔が苦手だ
無表情なくせに、こちらの心をのぞきこんでいるような、がらんどうの瞳――。
「っ!」
魔物がなにかを吐き出した。白い網のようなものが、頭上に降ってくる。
とっさに腕を振り、ネイは風を起こした。
ゴオッと突風が駆け抜け、白い網もろとも魔物を吹き飛ばす。
魔物は少し離れた場所に、ぼとりと落ちた。自らが吐き出した白い網をかぶって。
網には粘性があるらしく、必死でもがいているが、態勢を立て直せないようだ。
ネイは手のひらの上で、ボッと炎を燃えあがらせた。
起きあがってくる前に、炎のかたまりを何度もぶつける。
やがて、赤い瞳がゆっくりと光を失い、その体がドロリと溶けた。
ハァハァと肩で息をしながら、ネイは緊張の糸がとけたように、その場にしゃがみこむ。
魔物が自分の吐き出した網で身動きがとれなくなったのは、幸運だった。
でなければ、狭く視界も悪いこの場所で、相手の俊敏な動きについていけたかどうか――。
(やっぱり、この先にも魔物いるのかな)
行く手にわだかまる闇を見つめる。
(いるよね……)
おそらく、さっきの一体だけということはないだろう。
来た道を振り返る。
(引き返したほうがいいかな……)
今回はたまたま上手く倒せたが、自分の力量と経験不足は十分承知している。
この先、どんな魔物がどれだけ潜んでいるかもわからない。
(でも――)
唇をきゅっと引き結び、ネイは立ち上がった。
せっかく、ここまで進んできたのだ。手がかりもまだ、なにも掴めていない。
(もう少し進んでみよう)
洞窟内をさらに下っていくと、目の前に、大きな穴が二つ現れた。
「分かれ道……」
ここまでずっと一本だった道が、左右に分かれている。
それぞれの入り口から炎をかざしてみたが、奥まで見通すことはできなかった。
(どうしよう……)
少し迷ったあと、ネイはとりあえず、左に進んでみることにした。
しばらく行くと、今度は四つに道が分かれている。
(もしかして、けっこう入り組んでる……?)
だとするなら、迷わないよう、より慎重に進まなければ――。
(目印かなにか、つけたほうがいいかな)
鞄に手をやるが、役に立ちそうなものはなかった。
ネイは足下を見回し、適当な大きさの石を拾い集める。
最も左の通路を選ぶと、入り口の脇に石を並べて、矢印を作った。
(こんな感じでいいかな……。とにかく、道が分かれていたら、全部左に行こう)
そうすれば、帰るときは右の道行けばいい。
いくつめかの分かれ道に差しかかったとき、前方から、なにかの群れが飛んできた。
暗闇にぼんやりと浮かびあがる、白い姿。
思わず後ずさるが、あっという間にそれらはネイのほうにやって来た。
(白い、コウモリ……?)
いや、巨大な蛾のようにも見える。
大きな羽が四枚。うち二枚は特に大きく、羽一枚が大人の手のひらくらいあった。
胴は柔らかそうな毛でおおわれており、頭部には二本の触覚がついている。
うつろな目は、赤く発光していた。
「っ!」
蛾のような魔物たちは、パタパタと羽音を響かせながら、いっせいにネイに群がってきた。
慌てて振りはらうが、いかんせん数が多く、はらってもはらっても、次々にまとわりついてくる。
しかも羽ばたくたびに、その白い羽から鱗粉をまきちらすのだ。
ネイはぎゅっと目をつむり、右腕で鼻と口をかばいながら、左腕を振って突風を起こした。
だが、飛ばされてもすぐにまた、魔物たちはこちら目がけて集まってくる。
まるで、なにかに誘われるように――。
(なにか……。もしかして)




