第七話:イリアの戦いと冒険者
イリアは杖を手に、またたく間にイノシシと冒険者の戦場に駆けつけた。
イノシシが二度目の突撃をした後だ。冒険者の集団は散り散りとなっている。
「……誰、だ?」
イリアが座り込んでいた一人の横を駆け抜け様、ぽつりと声が漏れる。
戦場に乱入したイリアは、冒険者たちを後目に、イノシシを眼前に収めて仁王立ちした。
――人間の前で、どこまで実力を出したものかのう。
イリアは珍しく逡巡すると、使う魔法を選ぶ。
「火よ!」
魔力に呼びかける。魔力は火の象を取り、玉となってイノシシに飛ぶ。
着弾。火の粉が弾け飛び、毛皮をちょっと焼いてやった。
「風よ!」
お次は風の魔法。イノシシの怪物の回りに、にわかに風が立ち起こる。
風は鋭い刃を象り、イノシシの体躯を切り刻んで鮮血を散らせた。
『小僧、さっさとねぐらへ帰るがいい』
魔力に思念を乗せて話しかけた。
『なんだと、この俺が悪いというのか?!』
鼻息の荒いイノシシだ。
イリアが言葉をかけると、立ち止まって睨みつけてくる。
『縄張りを荒らされたか?』
『出てきたのだ! 怯えて過ごすのはもう沢山だ!』
『可哀想じゃが、叩き返す他ないの』
今度の魔法は魔力を強めに込め、短く太い矢の象を取らせる。
「これは痛いぞ、それ!」
火の太矢がイノシシの皮膚を穿ち、ズドンと重い音を鳴らす。
その体躯に穴が空き、浅くない傷から血液が漏れ出す。
イノシシが絶叫した。これで懲りたか。
『去れ、ねぐらで傷でも癒せ』
『……よくもやったな、踏み殺してやる』
しかし、イノシシはかえって意気盛んだ。
イリアの説得にイノシシは耳を貸そうとしない。
猪突猛進とは言うが、これは無理かもしれなかった。
――あまり殺めたくはないんじゃがのう。
「いいぞ!」
「効いてる! 俺達もやるぞ!」
イリアの加勢に、冒険者たちが活気付き、足を止めたイノシシに掛かっていく。
――しまった。こやつらを忘れていた。
討伐依頼が出ているのだったか。冒険者らは果敢に立ち向かおうとする。
またイリアは逡巡した。
力の差を見せつけて、ちょっと懲らしめて追い払うつもりだった。
しかしイノシシは強情だし、冒険者は殺る気まんまん。
――いっそ狩って食ってやろうか。
そんな思いがイリアの脳裏をよぎった。
そうはいっても、イノシシから伝わってくる思念を読んだ手前、なんだか可哀想だという気分が勝る。
(どうすれば退いてくれるのかのう)
イノシシが前足で地を掻いて、突進の構えを見せる。
もう一発、イリアは火の太矢を足下に撃ち込んで、怪物の動きを牽制した。
『去れ、小僧。このままじゃお前死ぬぞ』
『うるさい! お前はなんなんだ!』
イノシシは元来臆病だ。怪物イノシシとて、それは同じ。
しかし、どうも力に固執して、それで臆病風を吹き飛ばそうという嫌いがある。
――若いのう……。
よろしくない兆候だ。
かと言って、不要な恐怖を植え付けたくもないし、殺したくもない。
――なんとか退いてくれんかのう。
イリアは杖とドンと大地に突き立てると、魔力の波を起こした。
『これが最後じゃ、よく聞け。わしは古竜じゃ。竜の中の竜。生物界の頂点に居ます古老じゃ』
大音声が響いただろう。人間には聞こえない思念の声が、魔力に乗ってイノシシだけに届く。
『訳あって人の姿を取り、人界を旅しておる。お主のような若造は竜にもいるが、決まって早死するものじゃ。お主は強い、じゃが、その力をむやみに振るうでない』
『――竜か……?』
『いかにも、お主の前に立つは、その竜の中の竜じゃ』
『竜に負けて帰ったなら、俺も面目が立つ。いいだろう』
そう言うと、イノシシの怪物はイリアを一瞥し、ぐるりと鼻先を巡らす。そして人間たちを後目に、草原の向こうへ走り去っていった。
「離れていく……」
「お前ら、怪我の具合を見せろ!」
冒険者達がざわめき立った。
イリアは怪物イノシシの居たところまで歩いていく。
風の刃で切り落とした牙の先が落ちていた。見事な牙だ。
それを拾うために腰を屈めると、後ろから冒険者の一人が近づいてきた。
「お嬢ちゃん、あんた……」
話しかけられた。イリアは振り向いて、旅の道中で考えた設定を口にする。
「わしは旅の魔法使いじゃ。諸国を巡行して、見聞を広めておる」
「そうか……今回は助かった。これは礼だ」
そう言って、冒険者は懐から銀貨を何枚か取り出して、少女の手に握らせる。
「これはすまぬなり。わしからはこれじゃ」
「これは……?」
「魔法で切り飛ばした、あのイノシシの牙じゃろう。そなたが持ったほうがいい」
「これはすまない、恩に着る」
そう言って冒険者は踵を返し、仲間たちのもとへ戻った。
あいたたた、と呻く一人。あれは腕の骨をやられただろう。
他にめぼしいけが人はなく、怪物イノシシ騒動は、これで一旦落ち着くのだった。




