第六話:討伐依頼、巨大イノシシ
麗しの勇者・英雄を求めて、イリアの旅は続いていた。
肉とパンを買った行商人と別れてから、2日経った頃だ。
イリアが歩いていると、物々しい一団が現れた。
――冒険者、というやつかのう。
数は5人。物騒なものを装備した、革鎧の男たちだ。
剣に槍に弓に盾、何処へ何しにいくのだろう。
声が届く距離まで来ると、男たちの一人がイリアに不躾な視線を向けてきた。仲間に何か話している。
これは――声をかけられるかもしれないのう。
「こんにちは、お嬢さん。一人旅ですか?」
冒険者の物腰は丁寧だった。イリアは少しだけ警戒を緩める。
「そんなところじゃ。なにか用かのう?」
「いえ、この辺りで、巨大なイノシシのような姿を見ませんでしたか?」
(はて、そんなイノシシ、いたかのう……?)
イリアは記憶を辿ったが、あの村を出て以来、そんな大物一度も見なかった。
「いや、見とらんのう」
「そうですか。ところで、その両手のものは?」
――む、わしの食い物に用があるのか?
イリアは警戒心をぐんと引き上げた。
「これは塩漬け肉とパンじゃよ。行商人から買っての」
「そうでしたか。私たちは、討伐依頼を受けた冒険者です。この辺りに巨大なイノシシの怪物が出るとのことなので、旅路には気をつけて。では」
そう言うと、男たちは目礼しながら、イリアとすれ違っていった。
離れていく冒険者を尻目に、イリアは今聞いた話を反芻していた。
(巨大なイノシシか。わしが狩って食ってやってもいいが……はてさて)
イリアはずり落ちかかった包みを持ち直すと、また旅路を歩いていった。
次の日の朝、イリアは不穏な気配に目を醒ました。
ひょっこりと体を起こすと、遠い地響きのうねりに首を傾げる。
何じゃこの気配――ずいぶん荒れておるのう。
気配の中に宿る荒ぶった思念に、イリアは不審な思いを抱いた。
イリアは、世界を満たす魔力の揺らぎを感知することができる。
世界のどこかで揺れた波は、たちまち波紋となって伝播するのだ。
それを読み取る術に長けているのも、古竜のイリアならではだった。
――小僧め、むかっ腹を立てて暴れとる。
昨日話に聞いた、巨大なイノシシの怪物とやらだろうか。
伝わってくる波の中に刻まれた、生き物の思念を読み取っていく。
――なんじゃこいつ、自分の方がでかくて強いのに、なぜ人間に怯えなければいけないのかと憤っておる。
そんなんだから人と争いになるのだ。分かっとらんのう、若いのは。
どれ、わしが懲らしめてやろう。
イリアはそう思い立ち、念が伝わってくる方向に目を向けた。
肉眼ではまだ見えない。どこかの稜線の向こう側に隠れているようだ。
――あそこか。
まだ遠いが、当てが付いた。
ただ手荷物も多い身なので、ちょっと様子を見ることにする。
冒険者とやらは、あの獲物を狙っとるんじゃのう。
昨日の5人組は当てが外れたな。街道を進んで、行き越してしもうた。
イリアは杖を手に、肉とパンの包みを抱え、また街道を歩き出した。
しばらく歩き続けると、巨大イノシシの気配が街道に近づいているのを察知する。
さらに正面――街道の向こう側にも人の気配がある。
姿が目に入った。徒党を組んだ集団だ。数はひい、ふう、みい……8人。
あれも冒険者かもしれなかった。街道沿いを歩いて、獲物を探していたのだろう。
おや、イノシシの小僧が姿を現した。稜線の上。その巨体を晒し、日差しを浴びて猛っている。
稜線を転がるように駆け出した。あっという間に街道に出るだろう。
イリアはそのまま歩き続け、正面にいる人間たちが、どう対処するか見物の気分でいた。
まだ気づかないか――おや、気配がにわかに慌ただしくなった。気づいたな。
イノシシの怪物の方を指さして、仲間内で何やら話し合っているように見える。
――はてさて、どうする?
イノシシの怪物は、ぐんぐん草原を踏破して、起伏を越えてきた。
人間たちも街道から草原に展開し、迎え撃つ準備をしている。
この距離なら、その威容が窺える。
射手が3人、槍持ちが2人、大剣持ちが1人、剣に盾持ちが2人か。
お、射手が撃ったぞ。3人で間隔を空けながら、間断無く射掛けている。
当たる気配がないのは、まあ並の人間の腕じゃ、こんなものだろう。
――英雄の射手は怖ろしいぞ。曲芸のように当てるからな。
イノシシの怪物が駈ける地響きが伝わってくる。
大地を蹴る響きが上がり、人間の叫ぶ声も聞こえだした。
「よく狙え、矢はまだあるぞ!」
「来るぞ、構えろ!」
――さて、わしはどうしようかのう。
距離にして、この体で200歩から300歩といったところか。
まずは人間がひと当てする様を見物し、それで仕留められぬようならば、割って入るとするかのう。
もはやイノシシの怪物を隠すものは何もない。その巨躯をまざまざと見せつけ、冒険者の集団目掛けて突っ込んでくる。
人間の盾持ちが構え、その両脇で槍持ちも構える。
大剣持ちはその後ろ。
射手は高さを確保できるところに陣取り、射撃を続ける。
イノシシの怪物の体に、矢が何本か生えた。それでも止まる気配は無く、陣形に向けて突進する。
その間際、陣形がさっと解かれて、人間たちはイノシシの両脇へ退避した。
イノシシに当たった槍がペキっという乾いた音を立てて折れ、一人の盾持ちが、巨体に跳ねられて転がる。
イノシシの怪物は陣形を破ると、そのまましばらく直進し、ぐるりと振り返って鼻息を荒くした。
――どうだ、見たか、どうだ!
イリアが思念を読むと、そう言って興奮している。
これは駄目かもしれん。
イリアは決心し、加勢に入るため肉とパンの包みを置いて走り出した。




