第四話:青年への贈り物
「すまない、遅くなった」
日も暮れようかという頃、ようやくユークスが戻ってきた。
手に色々な食べ物を抱えている。どうやらイリアに食べさせるために、村を回って食べ物を分けてもらってきたようだ。
「これくらいしか出せないが、勘弁してほしい」
そう言いながら、ユークスは食べ物をテーブルに置く。パンが三つに、大きめに切られたチーズが二片、それにりんごが三つあった。
「これはありがたいのう。こんなに良くしてもらえるとは」
「なに、構うことはない。持ちつ持たれつ、世は助け合いってね。柄じゃないかもしれないけれど」
やはり気の良い青年だ。
イリアが気分を良くしていると、ユークスはろうそくに火を付けて、席まで持ってくる。
テーブルの中心にろうそくを置き、パンを一個、チーズを一片、それにりんご一つ、イリアの前に差し出した。
「食べてくれ。君の分だ」
「じゃあ、遠慮なく」
そうして、二人だけの質素な晩餐が始まった。
「あ、ちょっと待って、ワインがある」
思い出したように、ユークスは暖炉の方へと歩いていく。上に置かれたカップと、小樽を手に戻り、イリアの分から注いでくれた。
「これも村のアルに貰ったんだ。アルっていうのはね――」
そんな風に、彼が話す仲の良い村人の話を中心に、二人の晩餐は進んでいく。
イリアは耳をそばだててユークスの話をよく聞いた。時々目を丸くして驚いてみせると、彼の話も弾む。
人の子の生活など、いつの世も似たようなもの。
しかし、そこにある生の人生に触れると、熱がこもって、存外面白いものだ。
食事も終わり、日が沈んで寝る段になった。
ユークスがちょっと困ったような顔をしている。
ベッドが一つしか無かったのである。
イリアは藁でいいからと固辞したが、ユークスもそれはどうだろうと固辞する。ちょっとした押し問答になった。
これでは埒が明かないと、イリアが藁を持って部屋の隅で丸くなると、ユークスも観念してベッドに入った。
そして夜はふけゆく。
イリアの魔法の体は、寝なくても活動できる特別製だ。
ユークスが寝入った頃も、イリアは考え事を続けていた。
そういえばユークスのやつ、森で怪物を間引く仕事をしとるんじゃったな。
晩餐の時の話では、そうして倒した怪物から素材を手に入れることもあったという。
その素材が、ユークスの収入源だったことは想像に固くない。
ユークスの仕事を途中にしてしまった――これはちょっと気がかりだった。
旅先で、こうした気がかりを残すのは良くない。
何かないか。なにか……。
うむ!?
思い立ったら、すぐ動くのがイリアだった。
ユークスに気取られぬようこっそり起き出すと、魔法を使って姿をくらまし、森へと飛翔する。
森に入って少しのところで降りると、杖を手にし、さっとかざしてみせた。
こうしてちょいと波を立ててやれば――おったおった。
森の浅いところではなかなか見かけない、人の子にとっては恐らく大物に映るであろう怪物。
昔からその怪物の名を、トレントと呼んだ。
木に擬態する怪物だ。近づくと襲ってくることもある。
そのトレントを見つけると、イリアは森の木々を置き去りに疾駆した。
あっという間に近づくと、それと分からぬ大木に向けて思念を飛ばす。
『ちょいと、そこの木の精よ』
『なんじゃ、やぶからぼうに』
『お前の木の枝を分けておくれ。人の世話になった土産にするのよ』
『気が進まぬ』
『なに、わしの魔力をちょいと分けてやる』
『これは……ほっほー、美味い。なんという美味。じゃが枝を分けるのは気が進まぬ』
『なんと、ではどうすれば分けてくれる』
『気が進まぬと言ったら進まぬ。そんなに欲しければ、取ってみせよ』
そう言うと、トレントは幹をぐねんとさせて、枝をしたたかに打ち付けてきた。
イリアは跳躍で躱しながら、なおも交渉を続ける。
『木の精よ。そこをなんとか分けてくれ。乱暴は好まぬ』
『力に自信があるのだろう。取ってみせよ』
そこまで言うなら仕方がない。イリアは杖を小脇に構えた。
迫りくる枝を踊るように躱し、懐に飛び込んで枝を一閃。
なんと杖で切り裂くように枝先を折ってしまう。
『痛い、なにをする! ――しくじったのう。枝は持っていけ』
そう言って、トレントの大木は攻撃を止めた。
イリアは一抱えもある折った枝を難なく持つと、あっという間に空に舞って、来た道を戻っていった。
村に入る手前の辺りまで来て、宵闇に紛れて降り立つ。
そこで、ちょっと済ませる用事があった。
枝の端に魔法をかけて木片にし、ちょいと加工して木彫りの護符をこしらえる。
「うむ、我ながらよい出来じゃ」
艷やかな光沢を放つ護符だった。守りの魔法を込めてある。
イリアはそれを月明かりに照らして出来栄えを喜びながら、今度は村外れで花を摘んだ。
暗がりでもよく見えるイリアの眼である。
赤や青や黄色、色とりどりの花を摘み、うきうきと魔法をかける。
そして村へ戻ると、こっそりユークスの寝るあばら家に立ち寄り、彼と晩餐を共にしたテーブルにお礼の品を置いた。
「さらばじゃユークス。世話になったぞ」
イリアはあばら家を発ち、その日の夜のうちに行方をくらませた。
翌朝、ユークスが目覚めると、部屋の隅の藁束に少女の姿はなかった。
「イリア……何処へ行ったんだ?」
顔でも洗おうかと、ユークスは頭をかきながらベッドを出る。
すると、ふと目をやったテーブルに、見慣れない置物があった。
何か力を感じる、黒くて太い木の枝。
その上には、美しい色とりどりの花を編み込んだ花輪がちょこんと置いてある。
テーブルに寄ると、その木の枝の脇に、一個の宝石と、木彫りの護符が置いてあった。
ユークスは宝石に驚き、護符を手に取る。美しい文様が彫られていた。
【献身に感謝】
裏を見ると、そう文字が記されている。
「イリア……」
ユークスは、護符を手に朝日の下へ出た。
あの少女と、もっと過ごしたい気持ちはあった。
しかし、イリアはいなくなり、ユークスの元には宝が残った。
やがてやってくる行商が、魂消ることになるトレントの枝。
イリアの瞳を思わせるエメラルドの宝石。
それに、心に爽やかな木と花の香りが。




