第三話:久しぶりの人界
そこから歩いて森を抜けるのに、半日掛かった。
ユークスは森での過ごし方を心得ているようで、食べられそうな木の実や野草を採取しては、イリアにも与える。
なかなか美味しい。ちょっとした腹の足しだ。
途中、弱い怪物とも遭遇する。
ユークスは心得たもので、戦いにならないよう、怪物を避けるようにイリアを誘導した。
その手に掴まって付いていくうちに、イリアはユークスのことをなかなかいい男だと思うようになっていた。
気遣いもあるし、足取りに迷いがない。
途中、ちょっとユークスの手に負えない怪物を遠方から察知したときだけ、惑わしの魔法をかけて立ち去らせておいた。
そしてようやく森を抜け、見晴らしの良いところへ出る。
中点を過ぎた太陽が、燦々とその輝きを投げかけていた。
照らされて光る小高い稜線を前に、ユークスはイリアの手を引きながら声をかける。
「もうちょっとだ」
そして稜線の上にたどり着くと、その向こうには、広大な人の国が広がっていた。
――これじゃ!
夢にまで見た、人界の風景。
果てしない平原。幾重にも続く稜線。その所々にぽつぽつと建設された、人の町や村々。
久々の人界――以前人の世を訪れた時の思い出が、イリアの脳裏を駆け巡る。
ふいにユークスが振り返った。
「ここまで来れば安全だ。よく頑張った」
その時、一陣の風が吹いた。イリアのフードが風になびき、その下に隠れていた素顔がユークスの目に触れる。
輝くプラチナブロンドの髪、エメラルドを思わせる潤んだ深い瞳、整った目鼻立ち、柔らかく甘い唇。
美しい容姿だった。
そんな少女の様子を間近にして、ユークスは思わず見とれている自分がいることに気づく。
「さあ行こう、向こうに村がある」
ユークスは半ば誤魔化すようにそう言うと、イリアを人の里へと誘った。
「おや、ユークスじゃないか。今回は帰りが早いね」
「ああ、ちょっとね」
「ユークス、そちらのお嬢さんは?」
村に入ると、ユークスの顔なじみたちが声をかけてきた。
一人で森に入ったはずのユークスが、少女を連れて戻った。
その姿はあっさり村人たちに目撃され、たちまち村で噂になることだろう。
ユークスは歯切れの悪い返事をしながら、イリアを連れて村の中を歩いた。
石造りの土台に、漆喰を塗った壁の、一階建てが多いようだ。
人の里特有の匂いに、イリアは少し鼻の曲がりそうな思いだが、それにも懐かしさを覚える。
小川のほとりの風車を越えて、麦畑が広がるエリアに来る。
そのちょっと外れの方にあばら家が見えた。
「あそこを借りているんだ」
ユークスが言った。
どうやら彼は村の居候で、時々森に入って怪物を間引く仕事をしているらしい。
大森林が近いせいで、時折怪物が出るという。
たまたま立ち寄った時、それを追い払ったがきかっけだと話した。
「この村へ来て、そろそろ一年になるんだ。みんないい人でね」
そう語りながら、ユークスはあばら家の中にイリアを誘う。
ちょっと埃っぽさが目立つが、悪くない住処だ。
室内を見回すイリア。
その間に、ユークスは剣を剣帯から外し、革鎧を解いて部屋の片隅に置いた。
イリアが戸の脇で待っていると、ユークスは鎧下の姿になって、木桶から柄杓で水を汲んで喉を潤す。
次にイリアにも水を汲んで差し出したので、受け取った柄杓からちびちびと飲んだ。
「さあ、掛けて」
勧められて、イリアはギシリと音のする椅子に腰掛ける。
「ちょっと出てくる。出せるものもあまりないけれど、ゆっくりしていってくれ」
そう言い残し、ユークスはイリアをおいて戸を出ていった。
「ふむ、さっそく人里に降りることに成功したのう」
イリアは独りごちる。
持っていた杖をテーブルに立てかけると、物思いにふけりだした。
ユークスには世話になる。どれ、何かお返しを考えねばのう。
――竜は人から物を取らない、与えてこそじゃ。
人の世界から持ち帰った宝物を溜め込んでいる割に、イリアは律儀なところがあった。
与えるなら、なにか粋なものがよい。
山から持ってきた品物を頭に思い浮かべながら、どうもしっくりこないと首を傾げるイリア。
ユークスは何を欲しがるのだろう。
昔から人は、金、銀、宝石を喜ぶものだった。
しかしそれだけでは、ユークスへの恩義に対し、なんとも味気ないではないか。
ユークスからは、気遣いをたんまり頂いた。
ここは、相応のお返しがいいだろう。
「なにがいいかのう」
イリアは脚をぶらぶらさせて、ユークスの帰りを待ちわびた。




