第十七話:街への帰還と不穏な噂
イリアは朝日とともに目覚めると、調査を切り上げて下山した。
魔物や怪物を警戒しながらの下山は気が疲れそうだ。
そう思ったイリアは、ひょいと跳躍して岩から岩へ飛び移り、またたく間に麓の森へと降り立った。
そこから街へ向けて森を歩いていく。
行きと違い、魔物の姿はなかなか見ない。
森の入口に近づくと、具合のよさそうな泉を見つけた。
オルクルの巣など見て回ったものだから、イリアは付いた匂いなどが気になって、泉に寄ることにする。
(周りに魔物もいないことじゃしのう)
少しのんびりするかと、荷物を泉のほとりに置き、水を飲む。
甘い――ほのかに魔力を含んだ良い水だった。
さらに周囲を見て回り、自生するハーブを探す。
――あった、これがいい香りなんじゃ。
そのハーブを嗅ぐと、すっきりとしたいい香りが鼻腔を通り抜ける。
イリアは気を良くして、髪や肌、服にハーブをこすりつけていった。
気が済むまでハーブの香りを楽しむと、イリアはまた荷物を持って歩き出す。
清々しい香りに包まれて、心意気も自然と上がった。
森を抜ける頃には、日は中点を過ぎ、西に傾き始めていた。
急げば今日中に街に辿り着けそうだ。
そう思っていたイリアの目に、ちょっと物騒な光景が映った。
旅人がいた。男だ。一人旅の途中だろうか。
その男が別の二人の男に迫られ、手を上げて降伏している。
二人の方は抜き身の得物をチラつかせており、盗賊や追い剥ぎのたぐいであろうと思われた。
(ほうっておくのもなんじゃのう)
イリアは、三人の追い剥ぎ現場に小走りで向かった。
旅人は服を脱いで白い肌着1枚となり、追い剥ぎに差し出している。
服も一財産だから、追い剥ぎに盗っていく盗賊は多かった。
イリアは徐に杖を掲げ、空に向けて火弾を打ち上げる。
杖先から飛んでいった火弾は、またたく間に宙を飛ぶ。
そしてちょうど男たちの頭上に差し掛かったところで、大きな音を立てて破裂した。
突然の衝撃に、三人とも目を丸くして驚いた。
二人の追い剥ぎはイリアを見るなり、旅人から服ををふんだくって、そそくさと逃げてしまった。
あとに残された旅人らしき男は、腕を掲げて顔をかばうような格好をしている。
イリアが近づくと、腕の間から盗み見るように一瞥し、警戒の色をにじませた。
「イリアという。冒険者じゃ」
イリアが名乗ると、男はやっと警戒を解いて、礼を述べた。
「いや、助かった……お嬢さんが来てくれなかったら、銀まで持っていかれるところだった」
「盗られたのは服だけかのう?」
「ああ、私の一張羅だったんだが……これも仕方のないことだ。護衛を断って歩いてきたのだからね」
旅人の男は、盗られた服については諦めると言った。
「この辺りで追い剥ぎが出るなんて話、しばらく聞かなかったんだが……」
旅人は不審がっていたが、とにもかくにも、街に入らないといけない。
イリアと連れ立って、クライスルの街へ向かうこととなった。
そんな一幕があったせいか、クライスルの市門に辿り着く頃には、日が暮れてしまった。
日が暮れれば門が閉じる。
目の前で閉じていく両開きの門を前に、イリアと旅人は嘆息し、壁の外で一夜を明かすことにした。
イリアが旅人に、北の山の調査に行った帰りだと伝えると、彼は驚いていた。
――こんなお嬢さんが、魔物の巣窟に?
――なに、こう見えて、腕にちょいと自信のある魔法使いなんじゃ。
そんな話をしながら、イリアは麻袋からパンを取り出し、見舞いと称して振る舞った。
旅人の男は感謝していた。
就寝となると、旅人は一足先に寝入ってしまう。
イリアは寝る前に、山で見た魔物の様子を、もう一度頭の中に思い浮かべた。
崖の岩場のトロル、頂の根のモルグルとオルクル、東のオルクルに邪王鳥。
報告すべき内容を今一度整理すると、イリアは荷物を傍らに寝入った。
翌日、調査5日目の朝。
眠っている間に、日が昇っていた。
イリアを起こしたのは、隣で寝ていた旅人だった。
――門が開きましたよ。
そう言ってイリアを揺すってくれた。
イリアは軽く礼を述べ、旅人と共に門に向かう。
そこには2人の衛兵と徴税人が、仏頂面で陣取っていた。
徴税人の元へ行くと、イリアは懐から免状を出して見せる。
「ん? ――ああ、通って良い」
顔を覚えられていただろうか。徴税人はイリアが初めてこの街を訪れた時と同じ男だ。
旅人は小銀貨1枚を支払って街に入ると、イリアに礼を述べて去っていった。
さっそく服屋で新しい一張羅を見繕うのかも知れない。
イリアはというと、一路冒険者ギルドへ。
道は勝手知ったるもので、すぐに着いた。
扉を開けて、中に入る。
いつもの喧騒の中、イリアはまた胡乱な噂を耳にした。
曰く――下町に盗賊が入り込んだ。
冒険者で下町出身の者は多い。
人相の悪い者もうろつく下町だが、外部の盗賊は、検問できっちり防いでいるはずだった。
衛兵が下町で聞き込みをしていたのを耳にした、という噂もある。
また物騒な話だと思いながら、イリアは受付へ向かった。
「――というわけじゃ」
イリアは、北の山で見たことをありのまま話した。受付嬢は頷きながら聞いている。
「なるほど、以前の報告とあまり変わりませんね。怪鳥の巣も以前と同じです。ご苦労さまでした」
着手金の2トールと、成果報告の10トール。しめて12トールの稼ぎとなった。
「あのトロルは、以前から知られとるのか?」
「ええ、北の山の西側に出るらしいです。こっちに来ることは、まずないと言われています。やっぱり、オルクルが脅威ですね。モルグルも以前から確認されていて、ビッグモグと呼ばれています」
そういうことだったらしい。
「盗賊が入ったという噂を耳にしたが」
「今朝からですね。なんでも昨日の晩、衛兵が聞き込みをしていたそうで」
噂が出始めたのは今朝からのようだった。イリアが不在にしている間に、また物騒な話になったものである。
「下町は危ないのかのう?」
「大丈夫でしょう。すぐに捕まりますよ」
あまり重要視はされていないらしい。
「下町育ちの冒険者は多いんですよ。なにかやらかせば、あっとう間に袋叩きでしょう」
そういうことだった。下町で事件でも起こせば、近所から冒険者が駆けつけてお縄というわけだ。
礼を述べると、イリアは冒険者ギルドを後にした。
宿を取る必要があった。また『踊る雌鶏亭』の世話になろうか。
下町といえば、エレーナは元気でやっているだろうか。
イリアはこの後特に予定もないので、一度東の森で出会ったエレーナを尋ねようかと思案した。
(うむ、一度様子を見に行ってやった方がいいかもしれん)
傷心しているかもしれない。あのことをエレーナが周囲に話していなければ、知っているのはイリアくらいのものだろう。
(宿が先かのう)
イリアは踊る雌鶏亭を訪れ、もう少し街に逗留することになったと、また3日分の宿を取った。
部屋に荷物を置いたところで、まだ昼。
せっかくなので、エレーナの顔を見るついでに、下町を散策することにした。




