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古竜は勇者の夢を見る  作者: akaru
第二章:街での生活編
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第十八話:クライスル誘拐事件

 イリアは、杖と魔法の鞄とナイフだけ持って宿を出た。


 下町は、オールダン横丁のあたりだ。

 商人が多く住む区画を上町と呼ぶのに対し、庶民の住む区画は下町と呼ばれている。


 特に買い物の用もないので、オールダン横丁には入らず、下町をぶらつく。

 庶民の生活の気配があり、行き交う人は少なく、閑散としている。


「ちょいといいかのう」


 家の前を箒で掃いている婦人がいたので、イリアは声をかけた。


「おや、見ない顔だね。私に何か用さね?」


「エレーナという人物を尋ねてきたんじゃ。東の森で薬草集めをしている時に知り合うての。下町に来たらよろしくと言われとる」


「エレーナ……ああ、あの娘の知り合いかね。それなら、ここを真っすぐ進んだ突き当りを右、4軒目の家だよ」


「礼を言うのじゃ」


 言われた通りに道を進み、突き当りの路地を右に曲がる。

 4軒目の家の前に立つと、思い切ってドアをノックした。


「エレーナ、いるかのう。わしじゃ、イリアじゃ」


 返事がない。暫く待つが、誰も戸口にでなかった。


(留守かのう。仕方がない)


 留守なら出ないのも納得だ。イリアは来た道を戻って、宿に向かおうとした。


 すると、通りの向こうから歩いてくる、見知った影に気づく。


 亜麻色の髪、鳶色のチュニック、白い前掛け。

 エレーナだった。籠を持ち、ゆったりと歩いてくる。


 オールダン横丁の方角からだ。買い物帰りかもしれなかった。


 イリアが声をかけるべく駆け寄ろうとした、その時だった。


 路地裏からぬっと黒い影が飛び出し、またたく間にエレーナの口をふさいで手を押さえると、そのまま路地裏に引き込んでしまったのだ。


 籠が地面に落ち、乾いた音を立てる。


(なんと、拐かしか?!)


 イリアは誘拐の現場を目撃し、このまま放っておくわけにはいかないと思った。


 魔力の波を辿り、エレーナの恐怖、焦燥、諦念の感情を追いかける。


 黒い影が消えた路地裏にたどり着くと、気配を辿って、入り組んだ道を足早に進んでいく。


 着いたのは、オールダン横丁を越えた先にある、一つの倉庫だった。




 倉庫は、とある商会の持ち物だった。

 中は薄暗く、差し込む光に照らされた埃が不気味に煌めいている。


 拐かされたエレーナは、その倉庫の中――木箱が積まれ、荷物の影になったところに連れてこられていた。


「エレーナ、待っていた」


 男が、狼狽するエレーナに声をかけた。


 歳の頃は20代半ば。黒髪に無精髭を生やし、庶民のものより仕立ての良い衣服に身を包んでいる。

 木箱に座り、落ち着かない態度で脚を揺らしていた。


「ギーシュ……」


 エレーナは絶望にも似た顔をした。

 東の森でエレーナを襲ったのは、この黒髪の男だった。


「だめじゃないか……俺の言うことを聞かないからこうなるんだ」


 ギーシュはどんな表情をしているか分からない。

 エレーナは2人の黒装束の男に拘束されていた。振りほどくこともできずに身を捩っている。


「あの時現れたやつは誰だ? 俺に正直に話せ」


 エレーナの口をふさいでいた男が、隣の男に目配せし、口の拘束を解いた。


「……知らないわ」


「知らないはずがあるか。なんであの場所にいたんだ?」


「ただ、通りすがった冒険者だって……」


「本当だろうな、お前が雇った護衛じゃないだろうな?」


 ギーシュは疑心暗鬼だった。

 エレーナに執着する男だったが、エレーナの周りにいる人物にも敏感だった。


「だって……あなた、街から私の後を付けて――」


「うるさい! こっちは気が立っているんだ、言葉に気をつけないと――」


 ギーシュは立ち上がると、足早にエレーナに歩み寄った。

 その顔を見下ろすように睨みつけると、平手打ちをする。

 乾いた音が鳴り、エレーナの髪が乱れて頬が赤く腫れた。


「もう一度聞く。あの時いたのは、本当にお前の知り合いじゃないんだな?」


「……そうよ、あの時初めて知り合ったの」


「名はなんだ?」


「……」


「答えないか!」


「覚えてないわ、あの時限りだと思ったからっ……」


 エレーナは必死に訴えたが、ギーシュは信じない。

 やがて己の優位を確信したように、饒舌に語りだす。


「エレーナ、俺はお前が好きだった。妻に欲しいと言っただろう……だが、お前は受け入れてくれなかった」


 ギーシュは嘆くような表情を浮かべた後、その顔に獣のような形相を浮かべる。

 

「あの男とくっつくつもりだったんだろう。おまけに冒険者とつるむなんて……」


「ちがう……」


 ギーシュはギラついた目でエレーナの顎に手を当て、ぐいと顔を上げさせた。


「いや……やめて……」


 エレーナの目に涙が滲んだ。ギーシュが怖ろしかった。


「お前が悪いんだ。そう、お前が悪いんだぞ……」


 ギーシュはどこか言い訳するように、自分の正当性を確かめるように言った。

 背を向けて数歩歩くと、またエレーナに振り向く。


 ギーシュとエレーナの視線が交錯した。


 エレーナの目は怯えていたが、確かにギーシュを拒絶していた。


 その視線に、ギーシュは冷徹な目で返す。

 まるでエレーナを屈服させれば、自分の誇りを取り戻せるとでも思っているかのように、上位者然として振る舞った。


「まあいいさ。もうお前を帰すつもりはないからな」


「……えっ?」


「聞こえなかったか? おい、もっと奥につれてこい」


「やだっ、やめて……!」


「いいから来るんだ! またぶたれたいのか?!」


 エレーナが嫌がって身を捩ると、ギーシュはますます苛立ったように声を荒げる。


 黒装束の男たちは、二人がかりでエレーナの体を拘束すると、ますます奥にエレーナを引きずり込もうとした。


「――その辺にしたらどうじゃろうか?」


 ふいに、他に誰もいなかったはずの倉庫に、場違いなほど澄んだ声が響いた。


 ギーシュはドキリとし、黒装束の2人も、エレーナを突き飛ばしてあたりを見回す。


 黒装束の2人は懐から短刀を取り出すと、「誰だ……!」と鋭く誰何した。


 イリアだった。イリアは杖を向けながら、4人の前に姿を現す。

 杖の先には火の玉が灯り、今にも賊に向けて発射されようとしていた。


「……?!」


「魔術師だ……!」


 賊の反応が早い。

 イリアはすかさず火の玉の狙いを定め、魔術を発射する。


「ああーーっ!!」


 黒装束の男の悲鳴。

 同時に、イリアは踏み込み、構えた杖で隣の賊の鳩尾を強かに突く。


 体をくの字に曲げてもんどり打つ賊を後目に、火の玉をお見舞いしたもう一人に向き直る。

 火傷を負いながら短刀で斬り掛かってきた。

 伸びたその腕を、杖で絡め取っていなすと、顎を杖先で打ち抜く。


 次々に床に崩れ落ちる賊。

 ギーシュは、あまりの事態に唖然としていた。


「エレーナ……」


 イリアはエレーナを見た。しゃがみ込んで、両腕を掻き抱いて震えている。


 イリアは黒髪の男に向き直ると、いつもは穏やかな眼光を鋭くした。


「お主、わしを探しておったか?」


「……?!」


「わしは冒険者のイリアじゃ。東の森に薬草採取依頼で入ったら、おかしな気配を察してのう。様子を見に行ったら、お主とエレーナがいた。お主、わしに気づいて逃げよった、あの時の男だな?」


「俺を、どうする気だっ……?」


「衛兵に突き出す。お主が誰かは知らぬが、言い訳はそっちでしてくれ」


 イリアは、狼狽する黒髪の男を、その辺に転がっていた縄で拘束した。


 伸びている2人の賊も拘束し、一緒に転がす。


 男たちの呻く声ばかりが、倉庫を満たしていった。

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