第十四話:森の不穏、下町との奇縁
魔力の波――そこには、人間の発する感情や思念が乗っている。
森を満たす魔力に、突如怪しげな感情が乗って伝わってきたのだ。
(ほっとくわけにもいかんじゃろう)
感情が流れてくる方へ、イリアは小走りで向かう。
人の気配がある。
街の近くの森だから、イリアのように植物の採集に訪れる人が他にもいることは想像に固くない。
しかし、2人いるはずの気配は胡乱げである。
片や、焦燥、悲嘆、怖れのような思念が、魔力の揺らぎに乗っている。
もう一つの思念は、どろっとした、言葉にするのも穢らわしい感情だ。
(人の世には、いつもこういうことがあるのう)
イリアは嘆息しながら、気配の方へ向かった。
果たして、そこには男がいた。
倒れた女に覆いかぶさり、スカートを捲って迫ろうとしている。
「いや……痛い、やめてっ!」
女は白い足をばたつかせながら、迫る男を抑えようとする。
「うるさい、お前が受け入れないから……!」
「お願い、お願い……!」
イリアは夢中になっている男の背に胡乱な目を向けると、足下の枝をわざと踏み抜き、音を立てて存在を知らせた。
驚き、こちらを振り返る男。
すると慌てた様子で、行為をやめて小走りに立ち去っていった。
あとには一人、年若い女が残されていた。
薬草を摘んでいたであろう籠が近くに転がり、中の薬草が散乱している。
イリアが歩み寄れば、女は泣いていた。衣服の乱れを直そうともせず、打ちひしがれている。
「近くまで立ち寄ったものでな。起き上がれるかのう?」
イリアが声をかけると、女は頷いて、ようやく気力を取り戻す。
衣服を直し、目頭を拭って起き上がると、つらそうに髪を撫でた。
「冒険者じゃ。イリアという」
「エレーナ……あの、なんというか」
「ああ、構わん。構わんよ」
イリアは努めて声色を柔らかくしながら、エレーナと名乗った女の肩に手をおいた。
しゃがみ込んで杖を小脇に置くと、ひっくり返った籠を起こして薬草を拾い直す。
「あの、ありがとう……」
「よい。薬草は集まったかのう?」
「もう少し……いえ、今日はこれくらいで」
エレーナは躊躇いがちに言う。
きっと薬草を籠いっぱいにして持ち帰りたいはずだった。
まだ三分の一ほどしか埋まっていない。
「わしも薬草の採集に来ていたのじゃ。どれ、手伝おう」
イリアはエレーナに手伝いを申し出た。
見れば、傷薬に使う薬草、解熱作用のある薬草、貧血に効くベラリカ草とは違う種類の薬草などを摘んでいる。
イリアはベラリカ草の5束を、適当な草で結いて一括りにした。それを肩にかけ、腰を折って薬草を探し始める。
エレーナは戸惑っていたが、意を決したように、イリアと並んで薬草の採集を再開した。
二人で手分けすると思いの外早く進み、半刻ほどかけて籠を一杯にする。
「助かったわ……ありがとう」
「なんの、もののついでじゃよ。わしは街へ戻るが、一緒に帰るかのう?」
エレーナは躊躇いがちにこくりと頷いた。心細かったであろう。
街に戻ると、イリアは市門を通りざま免状を見せる。すぐに通って良いと言われた。
次はエレーナの番になった。エレーナは白い前掛けのポケットから木札を取り出し、徴税人に見せている。
街に持ち込む荷にも税が掛かるが、手に持った籠の薬草については、何も言われなかった。
「わしは冒険者ギルドに用がある。エレーナは、このまま帰るのかのう?」
「ええ、そうする。ここまで色々ありがとう。改めて、私は下町のエレーナ。もし下町に寄ることがあったら、よろしくね」
そう言うエレーナを見送って別れると、イリアは一路、冒険者ギルドを目指した。
「はい、確かに。ベラリカ草5束で3トールです。お疲れ様でした」
ベラリカ草採取の依頼報酬はそんなものだった。
薬草5束の相場が1トールで、採取の手間賃が2トールのようだ。
時刻は昼を過ぎ、まだ夕方には差し掛からない頃合い。
イリアは残りの時間をどう過ごしたものかと、他にどんな仕事があるのか聞いてみた。
「そうですねえ、薬草の採集依頼なら、大体3、4日に1件、まとめて発注されます。アカバネ草、ベラリカ草、ヨモルガ草、ゴキ草など」
どれも治癒ポーションの材料だ。魔力触媒はどうしているのだろう。
「それはですね、魔力液を輸入しているんです」
――はて、まりょくえき?
「トランスバール産ですよ。錬金ギルドが卸している品で、それに薬草を煮込んだ液を加えると各種ポーションが作れるんです」
(それで、この街では薬師ギルドがポーションをこさえているわけじゃな)
イリアは以前の疑問に合点がいった。
魔力触媒と一緒に煮込むのではなく、魔力触媒から魔力液を抽出し、そこに治癒薬の材料を入れれば治癒ポーションというわけか。
――よく考えたものじゃ。
作り置きするせいで、魔力が抜けて薬効が落ちるだろうが、効率的なやり方だと思った。
「他には、北の山で魔物調査・討伐依頼なんてのも多いですね。中堅どころの仕事です」
聞けば、街の北の山には魔物が巣食い、時折人里に降りて悪さするらしい。
その調査と討伐も、冒険者ギルドで常設的に請け負っているのだという。
「あとは、日によりけりですね」
「ありがとう、参考になった」
どんな魔物が住み着いているか、一度見ておきたいと思った。
イリアは礼を述べると、冒険者ギルドを後にした。




