第十二話:市場と職人工房
「市場は、この先の裏通り。定期市じゃないやつね」
道すがら、イリアはジャンから説明を受けていた。
「店前で営業するなって、商人ギルドが怒っちゃってさ」
「そうそう、広場からも締め出されちゃってね。そっちで露店を開いてるってわけ」
ネリーも詳しい。さすがこの街育ちだ。
この街には大きく、二つの経済がある。
一つは、商人ギルドを中心とした、大手商会の経済。
商人ギルドが担う物流は、人の国の動脈だ。金貨銀貨で決済される、大口取引が多い。
もう一つは、庶民を中心とする個人経済だ。
庶民が担う商売は、個人が持ち寄った品物の物々交換や、少額決済で取引されている。そのための鋳貨が流通していて、これは銅貨だった。
ジャンとネリーの案内で、イリアはそんな庶民の経済に足を踏み入れようとしていた。
「ここだ。オールダン横丁って呼ばれてる」
「子供の頃から、ここで飲み食いして育ったの」
熱気がイリアを出迎えた。
裏通りに所狭しと並んだ露店。隙間無く置かれた商品。布製の庇が連なり、その隙間を身なりの悪い人々が行き交っている。
しかし、その表情は活気に溢れていた。
大人に紛れて、とにかく子供の数が多い。
この裏通りで、一つの文化を形成しているようだった。
「美味い串焼きがあるんだ。案内するよ」
ジャンの案内で、とある露店の前に連れてこられる。
香ばしい肉を焼く香り、漂う煙――鶏肉の串焼きを売っている露店だった。
「らっしゃい、一本10ケニーだよ」
――ケニーとはなんぞや。
イリアは初耳だった。
「ケニーとはなんじゃ?」
「こういうところは初めて? ケニーは銅貨のこと。裏通りでは、銅貨で買い物することが多いの」
ネリーに聞くと、そう耳打ちしてくれる。
銅貨は持っていない。手持ちにある銀貨でいいだろうか。
イリアは、そう言えば銀貨を半分に割ったものを持っていることを思い出した。
「では、3本くれ。代金はこれでいいかの?」
銀貨を半分に割ったものを出すと、店主は目をぱちくりさせて、ちょっと嬉しそうな顔をしている。
「あいよ、3本だね。銀で払う人なんて久しぶりだねー」
そう言いながら、店主は焼き立ての串を3本、まとめて渡してくれる。
「ジャン、ネリー、一人1本ずつじゃ」
「ホントに? やりいい!」
「ありがとう、これ好きなのよ!」
ジャンとネリーに串焼きを奢ると、2人とも嬉しそうだ。
お釣りを受け取って、イリアもさっそく頬張る。
塩で味付けされた鶏肉は香辛料こそ使っていないものの、その安さに違わぬ旨味だった。
――おっと、胡乱な気配。
こんな裏通りで銀など出したものだから、耳ざとく聞きつけて、イリアに嫌な視線を送ってくる者がいる。
瞬間、イリアの持った魔法の鞄を狙って、手が伸びてくる。
ピシッ。
強かに打つと、思いの外小さい手。子どものようだった。
(スリか。こんな裏通りじゃしのう)
表通りとは違い、こうした犯罪もあるようだ。
目をつけられては面白くないから、早めに切り上げたほうがいいかもしれない。
そのことをネリーに耳打ちすると、ネリーはすぐに承知してこくりと頷いた。
串焼きを食べ歩きながら、ジャンの先導で進む裏通りは、見て回るだけでも面白かった。
野菜や果物、卵やチーズなどの食料品を始め、雑貨も多い。財布にベルト、水筒といった小物。帽子、靴下、肌着といった衣料品。ボタン、針、糸、皿、コップといった生活用品などが並んでいる。
木の髪留めや、髪を結ぶ麻紐やリボン、櫛などもある。
庶民の生活に必要なものは、だいたいこの市場で揃いそうだった。
イリアは革のベルトと、それに櫛を購入した。
ベルトはすぐに腰に巻いてしまい、櫛は魔法の鞄に仕舞う。
「ジャン、そろそろ」
イリアが目配せすると、ネリーがジャンに声を掛ける。
後を付けている男がいることにイリアは気づいていて、ネリーに知らせてあった。
(胡乱じゃのう。まだ見て周りたかったが、この様子では難しいのう)
ちょっと残念なイリアである。
裏路地を後にすると、イリアは2人の案内で職人街へ向かった。
「どこの工房見る?」
今度はネリーが先導し始めた。
「車輪屋とか石工屋なんて、用ないだろ?」
ジャンの言う通り、職人と一口にいっても色々あり、イリアが用があるのは基本的に旅に関わるものだ。
もちろん見聞を広める目的もあるから、人の業を知るために片っ端から見て回っても良いのだが、それでは2人に申し訳ないというものだろう。
「服屋? それとも鍛冶屋?」
「鍛冶屋がいいのう。ちょうどナイフが欲しいところじゃった」
山にあったナイフは、宝石のあしらわれた豪華なものだったし、魔法で事足りると思ったから持ってこなかった。
人里に降りてきてから、色々感化されたのか、ちょっとした物を切るのにナイフが欲しくなったのである。
3人が鍛冶屋にやってくると、中から鉄を叩く甲高い音が聞こえてくる。
扉を開けて中に入ると、店内は狭く、正面にカウンターがあった。その向こうに鍛冶場スペースが垣間見える。
「いらっしゃい、冒険者かい?」
店員の女性が声をかけてきた。
「そうじゃ。ナイフを見せてほしくてのう」
イリアがカウンターの前に立って、要望を伝える。
「ナイフだね。どんなのがいいんだい?」
「頑丈で、長持ちするのがいいのう。刃渡りは、わしの手の平くらい」
そう言ってイリアが手を広げてみせると、店員は面白そうにしながら、
「あいよ、ちょっと待ってな」
と、奥から商品を持ってくる。
「こんなところだろうね。どれもうちの自慢の品だよ」
「見ても良いかのう?」
「ああ、どうぞ」
ナイフは3本あった。刃が真っ直ぐな両刃のもの。湾曲した片刃の肉厚なものと、薄いもの。
イリアはざっと見て、湾曲したものがいいと思った。肉厚がいいか、薄いのがいいか。少し悩んで、扱いやすい薄刃のナイフを選ぶ。
「これを貰えるかのう」
「これだね。鞘は要るかい?」
イリアが頷くと、ナイフに合う丁度いいサイズの鞘を付けてくれた。
「鞘ありで、4トールさね」
イリアは魔法のカバンを開け、中の小袋から小銀貨を4枚出して手渡す。
「毎度ありー」
こうしてイリアは、細かい用途に使えそうなナイフを手に入れ、ベルトに固定して鍛冶屋を後にするのだった。




