第十一話:両替商
翌朝、イリアは目を覚ますと、軽く身だしなみを整え、魔法の鞄と杖を持って宿を出た。
さて、どこから見て回るか。両替商へも行きたい。
街の人々の暮らしを見て見聞を広め、ついでに今世に流通する貨幣を手に入れておきたいところだった。
まずはギルドに行く。情報収集だ。
扉を開けて中に入ると、ギルドは朝だというのにすでに人でごった返していた。
熟練らしき冒険者の姿から、イリアの外見年齢とそれほど変わらない歳の駆け出しらしき姿までいる。
活気があり、悪くない雰囲気だった。
「イリアじゃねえか」
唐突に声をかけられた。見れば、イノシシ退治で一緒になった冒険者の、確か名前はテスだった。
「テスではないか。朝早いのう」
「はは、お互い様だ。仕事を探しに?」
テスが頭をかきながら笑う。
「その前に、ちと両替商に行きたくてのう。街も見て回りたい」
イリアが要件を伝えると、テスは納得顔だ。
「なるほどな。両替商なら、広場から商会通りに入ったところにあるぜ」
「街を見て回りたいって?」
テスが両替商の場所を教えてくれるのと入れ替わりに、オットーという冒険者が割って入ってくる。
「そうか、助かる。――うむ、そうじゃ」
テスに礼を言ってオットーに向き直ると、イリアは首肯した。
「この街育ちの駆け出しがちょうど仕事を探していてな、おい」
オットーが声を掛けると、イリアの見た目と同じくらいの歳の少年少女が、2人連れでやってくる。
「紹介する。ジャンとネリーだ」
オットーの紹介で、2人がイリアに会釈してくる。
「イリア、せっかくだ、この2人に案内してもらったらどうだ?」
ふむ、とイリアは思案した。悪くない提案である。
「よいぞ。頼めるか?」
「手間賃は一人2トールでいい。2人も、それでいいよな?」
「話は聞いてました。街を案内すればいいんですよね?」
「まず、両替商へ行ってからね」
ジャンとネリーという2人は、勝手知ったる顔だ。
「ジャンにネリーじゃな、よろしく頼む」
「おう、任せてくれ!」
「私たちに任せて」
イリアが声をかけると、2人とも嬉しそうに請け負ってくれた。
イリアはジャンとネリーの案内で、商会通りの両替商を訪れていた。
途中広場を通る時に料金所があり、そこで通行税が徴収されていたが、さっそく手に入れた免状でフリーパスである。
免状とは便利なものだ。料金所は通る度に、1トールずつ徴収されてしまう。
両替商の建物に入ると、細身の男が出迎えた。どうやらこの男が両替商だ。
「いらっしゃい。あなたがお客かな?」
両替商は、先頭を行くイリアに声をかけた。
「うむ、手持ちの銀貨を両替してもらいたい」
「銀貨ねえ……じゃあ、出してもらえるかな」
両替商は、半ばやる気の薄い態度で告げた。
ところが、イリアが古代帝国の大銀貨を取り出すと、途端に目の色を変える。
「これは……君、これをどこで?」
「実家にあったものじゃ」
嘘は言っていない。イリアの実家はルペンハイル山脈の洞窟である。
「何枚あるんだい?」
「一先ず、10枚じゃ。これを、確か……そう、ソルド銀貨と交換してほしい」
「承知したよ。いやはや、古代帝国のソルディウス銀貨をソルド銀貨と交換とは恐れ入る」
また出た古代帝国という言葉。
古代帝国は、今の国々が出来る前、はるか広域を支配していた古い国のことだ。
それが崩壊して分裂し、今の国々に別れていった歴史がある。
イリアはその古代帝国の時代に人界に降りて、色々やっていた経験があった。
「本物のソルディウス銀貨なら、ソルド銀貨の2倍の価値がある」
両替商は天秤を取り出すと、なにやら銀貨を弾いて音を聞いたり、天秤に乗せて重さを計ったりしている。
それをイリアが渡した銀貨10枚分。しばらく掛かったが、手際よく進んだ。
「どうやら本物のようだ。いいだろう」
そう言って、両替商は奥から小箱を持ってきた。
蓋を開けて、中から銀貨を数えながら取り出す。
「そうじゃ、大銀貨一枚を、使いやすいように小銀貨でくれんかのう」
「ああ、お安い御用だ」
両替商はまた別の小箱を取り出し、イリアに言われた通りに銀貨を準備した。
「袋は要るかい?」
「うむ、頼む」
袋があれば、山から持ってきた金銀と混ざらなくて済む。
イリアは助かると思い頷いた。
「手数料の5分と袋代は引いてある。ソルド銀貨18枚と、トール銀貨11枚だ」
言いながら、両替商は銀貨を麻の小袋に入れて渡してくれる。
イリアは袋の中をあらため、言われた通りの枚数が入っていることを確かめた。
そして銀貨の入った小袋に、手持ちの今世銀貨も入れ、魔法の鞄に仕舞う。
「助かった。礼をいう」
「お安い御用さ。ソルディウス銀貨が見れて眼福だったくらいだ。どうぞご贔屓に」
存外正直な男だと思った。イリアは両替商に別れを告げ、建物を出る。
「イリアさんって何者?」
「ちょっと、私に聞かないでよ」
後ろでこそこそと、ジャンとネリーが言葉を交わしている。
古代帝国の銀貨の登場は、ちょっと不可解だったかもしれない。
「では、街の案内を頼めるかの?」
「あ、はい……!」
「どこから行こうか。イリアさん、行きたいところある?」
「そうじゃのう、市場と職人の工房は見ておきたいのう」
わいわいと話しながら、イリアはジャンとネリーに連れられ、まずはこの街の市場へ向かった。




