容疑者の考察 4
(うぅ、あんまりだわ……)
あっという間に衣服をひん剥かれ、これから寝るとは思えないような豪華な衣を着替えさせられた翠花は、ぐったりと榻に座っていると、皇帝麗孝の到着を報せる鈴が鳴り響いた。
仕方なく立ち上がり、翠花は宮の玄関へ向かう。
礼を取り頭を下げていると、間もなく、麗孝が二名の宦官を伴ってやってきた。
「面を上げろ」
命じられたので顔を上げると、昼間に見た時よりも楽な格好をした麗孝がいた。
艶やかな髪は背中に垂らしたままで、闇に溶けるような黒い袍を身にまとっている。
麗孝がすっと片手をあげると、伴としてついて来ていた宦官が頭を下げて宮から下がった。
「お、お夜食はいかがなさいましょう?」
部屋へ向かうと、林杏が緊張に上ずった声で訊ねる。
「いらぬ。ここから先は妃と二人でいい。下がれ」
「は、はい……」
林杏が他の侍女を伴って下がる。
二人きりになると、翠花も緊張してきた。
後宮に入る前に、閨については一通り座学で学んでいる。とはいえ、皇帝が通って来るなんてこれっぽっちも思っていなかった翠花は耳半分で聞いていたので、正直、ほとんど覚えていない。
(というか、女嫌いの仙人皇帝なのに、どういう風の吹き回しよ!)
気まぐれを起こすのなら、他の妃に対して起こしてほしかった。
我が物顔で榻に座った麗孝と距離を取ってたたずんでいると、麗孝が「座れ」と隣を視線で示してくる。仕方なく、翠花は麗孝の隣にちょこんと座った。
「昼に見た時よりもくたびれていないか?」
くたびれている、などと仮にも女性に対して使っていい言葉ではないだろう。とはいえ、そう言いたくなる気持ちはわかる。翠花は疲労困憊だ。主に、精神面において。
「考えることが多すぎまして」
「ああ。そうだろうな」
麗孝が翠花を殺人の容疑者の一人にしたというのに、まるで他人事のように言う。
翠花はムッとしたが、相手は皇帝。文句をぐっとこらえて、顔に笑みを貼り付けた。
「主上は、本日こちらでお過ごしに?」
「そうだ。そのためにわざわざ来てやったのだから、茶くらい入れてくれてもいいだろう?」
茶が欲しいのなら林杏を追い出す前に言えばいいのにと翠花はまたムッとした。
よくできた侍女、林杏が茶器の準備を整えて置いてくれていたので、翠花はそれを使って白茶を淹れる。
ことりと麗孝の前に茶碗を置くと、彼はそれに口をつけてから、ついと架子床(寝台)を見やった。
「内緒話をするには、寝台の中が都合がいい」
「内緒話……」
翠花は首を傾げかけて、ハッとした。
今日の昼、翠花は麗孝にいくつかの質問をした。
麗孝は答えるか否かは考えてから判断すると言っていたが、教えてくれる気になったのだろうか。
期待を込めて麗孝を見つめていると、彼は肩をすくめた。
「お前はつくづくよくわからん娘だ。他の妃なら、これ幸いとしなだれかかって来てもおかしくないだろうに。まあいい、俺としてもその方が都合がいい」
(俺?)
翠花は麗孝が己に使った呼称が気になったが、彼に手を差し出されて頭の中が真っ白になった。
よく考えてみたら、つまりは寝台を共に使うと言うこと。共寝をするということである。
(ちょっと待って、やっぱり逃げる⁉)
共寝をして何もない保証はない。
女嫌いであっても、それすなわち女に食指が動かないと決まったわけではないだろう。
皇帝に気まぐれを起こされれば、妃の立場では拒否できない。否、妃の立場でなくとも、拒否できる女はいないだろう。
差し出された手の上で、自分の手を握ったり開いたりを繰り返していると、がしっと手首を掴まれた。
「とっとと来い」
そのまま、寝台に連れ込まれる。
麗孝と共にどさりと寝台に倒れ込むと、外で聞き耳を立てていたのだろう。林杏が音もなく入って来て、部屋の明かりを落として下がって行った。
「念のため、こうしておこう」
麗孝が寝台の帳を下ろすと、外と遮断されたような錯覚を覚えた。
麗孝がごろりと仰向けに寝転がり、寝苦しいのか、帯をほどくと無造作に寝台の外に放り投げる。
そうして腕を伸ばすと、翠花の首の後ろに回すようにして、胸の中にかき抱いた。
(ひっ!)
「静かに聞け」
耳元で、麗孝が囁く。
「何故、昼に集めた女たちの中に桑儷杏を殺害した犯人がいると思ったのか。何故、桑儷杏は欧梓瑜の宮で亡くなっていたのか。そして、焼死体であったのに、どうして他殺だと思ったのか。あとは、真っ先に疑われるのは欧梓瑜であるはずなのに、どうして他の女たちに嫌疑がかかっているのか、疑問はこのあたりだったな」
翠花はこくりと頷く。麗孝の吐息が耳にかかってくすぐったい。
「これらの問いに答える前に、こちらからも頼みがある」
「頼み、ですか?」
「そうだ。俺は立場上、後宮内を歩き回れる時間は限られる。日中は仕事もあるし、俺が歩き回れば目立つだろう」
「まあ、そうですね」
というか、皇帝が歩き回っていたら、女たちが我先にと取り囲むだろう。
後宮は、皇帝の子孫を残すために作られた女の園。皇帝の子を産み、出世したいと願う女は多かろう。ましてや、まだ麗孝には一人の公子も公女もいない。子ができ、それが公子ならば、皇后も夢ではなかった。
翠花は興味がないが、女に生まれたからにはその頂点に君臨したいと望むものは相応にいる。女人には政への参加が許されていないので、権力を手にしようと思えば、時の権力者に見初められるしかない。
「つまり、わたしに後宮内の間諜になれ、とおっしゃりたいのですか?」
「間諜とは聞こえが悪いな。後宮は俺の持ち物だ。その俺が内情を調べさせることが間諜にあたるはずがないだろう」
「それはそうですけど。宦官に頼めばよかったのでは?」
「女のことは女に任せるのがいい。宦官では限界がある」
「わたしは容疑者の一人ではなかったんですか? 容疑が晴れたということでしょうか」
「晴れてはいないが、そこはお前が気にするところではない。俺が判断するところだ」
要するに、容疑者が他の容疑者を探れと、そういうことだろうか。
腑に落ちないものを感じるが、好機と言えば好機だ。自分に掛けられた嫌疑を晴らすためには、麗孝の手駒になって動いたほうがいい。彼からの情報も入って来るだろうからだ。
「わかりました」
「よし、交渉成立だな」
麗孝がふっと笑った。
耳に吐息がかかるからやめてほしい。
くすぐったさにぎゅっと肩に力を入れると、何を思ったのか、麗孝がにやりと笑う。
「耳が弱いのか」
「ちょっ、やめてくださいませ!」
悪戯を仕掛けるように耳に触れられて、翠花は身をよじった。ふにふにと指先で耳たぶをつまむようにされると、ぞくぞくとした感覚が背筋を這う。
こちょこちょと耳の後ろをくすぐられて、我慢の限界に達した翠花はころりと寝台の端に転がって逃げた。
くつくつと麗孝が喉を鳴らして笑う。
「悪かった。話しにくいから戻ってこい」
「もう、耳には触りませんか?」
「ああ、今日のところはやめておいてやる」
「今日とは言わず、ずっと触らないでください!」
翠花自身、自分がこんなに耳に触れられるのが弱いとは知らなかった。
耳を守るように両手で押さえて、翠花はもぞもぞと元いた場所に戻る。麗孝の腕の中に。
「では、質問に答えよう」
翠花が逃げられないように腰に腕を回して、麗孝が話を再開した。




