容疑者の考察 5
「順を追って話そう。どうやらお前は、火事があったというのに呑気に熟睡していて、概要を知らないようだからな」
揶揄う口調に、翠花はむっと眉を寄せた。
確かに熟睡していたのは認めよう。だけど、きちんと状況判断をして、安全だと思ったから寝直したのだ。呑気に、ではない。
(主上はちょっと意地が悪いわ!)
そして、本当に女嫌いだろうか。
さっきから、麗孝の悪戯な指先が翠花の髪の毛をもてあそんでいる。女嫌いならば、このような戯れをするだろうか。
女嫌いでないのならば、何故後宮に足を運ばないのだろう。
なんだか麗孝にも秘密がありそうな気がしてきたが、今はそれを考えている時ではない。何はさておき、自分にかけられている容疑を晴らすことを考えるべきだ。
「まず、昨夜……正確な時間ははっきりしないが、子時から丑時のあたりだろう。欧梓瑜の宮から火の手があがった。風がなかったのが幸いしたのか、火は他の宮には燃え移らなかったが、宮はほとんど燃え尽きた。欧梓瑜とその侍女たちは、避難していたので無事だったが、焼け跡から、桑儷杏の遺体が見つかった。とはいえ、かなり焼けていたので、外見からはそれが本当に桑儷杏であるのかは判別つかなかった」
「外見でわからないのに、どうしてその遺体が桑才人のものだとわかったんですか?」
「それは、欧梓瑜がそのように証言したからだ」
「どういうことですか?」
「その日、欧梓瑜の元に桑儷杏から連絡があったそうだ。夜に行く、とな」
「つまり、欧美人は昨日の夜に、桑才人と会っていたということですか?」
「違う」
翠花は首をひねった。
欧美人の元に、桑才人から、会いに行くと連絡があった。なのに、欧美人は桑才人に会っていないと言うことだろうか。焼け落ちた宮の中から、桑才人の遺体が出たということは、桑才人は確かに欧美人の宮にいたはずなのに? 宮の主が迎え入れずに、どうやって桑才人は宮の中に入ったというのだろう。
「欧梓瑜と桑儷杏が従姉妹の関係であることは知っているか?」
「はい」
「では、この二人が、ほぼ同時期に後宮入りしたことは?」
「いいえ、それは知りませんでした」
四人の美人が後宮に入ったのはほぼ同時期だ。
だがその前に、七人の才人はすでに後宮に入っていたと思ったのだが、違ったのだろうか。
「先代が崩御した際、後宮内の女官や妃たちは外に出され、先王の手がついていた妃と女官は出家し、そうでないものは実家に帰るなり下賜されるなどした。または奉陵官として各地の陵墓に移動させれたか、だな。そうして、一部を残し空になった後宮に、新たな女官や下働きが入れられた。その際に、才人以下の女官は、官吏たちの推薦により、ほぼ埋まった。だが、才人に関しては、全員が埋まったわけではない」
皇帝の妃嬪は、皇后、妃、美人までが数えられるが、それ以下の女官も皇帝の手がつけば妃嬪の仲間入りとなる。下級妃と呼ばれることが多いが、子を宿せば扱いが格段に上がり、過去に下級日から妃にまで上り詰めた女性もいるほどだ。特に皇后と三妃の座が空白のままの今ならば、一気に序列が上がる可能性は充分にある。
そして、才人はその中でも一番その可能性が高い高位女官に数えられた。待遇も、美人に準拠しており、それぞれ宮が与えられている。
だからこそ、出世をもくろむ官吏たちの中で、美人より上に娘を推薦できない者たちは、自身の娘を才人に押し込もうと画策した。
てっきり、七人全員がすぐに埋まっていたと思ったのだが、違ったのだろうか。
「才人だが、六人は比較的すぐに埋まったと聞いている。だが残り一人は、後宮入りが遅れた。というのも、欧梓瑜と桑儷杏のどちらを入れるかが決まらなかったそうだ。これはこちらの問題ではなく、欧家と桑家の問題で、俺も詳しく知るわけではない。そうして、欧梓瑜と桑儷杏は、十日ほどの違いはあったそうだが、ほぼ二人同時に後宮入りしたというわけだ」
欧梓瑜と桑儷杏のどちらを才人の地位で後宮入りさせるかが決まらなかったのならば、その時期にはすでに欧梓瑜と桑儷杏のどちらかが美人の地位で後宮入りする可能性が浮上していたということだろう。
親類とはいえ、自身の娘をより高い地位で後宮入りさせたい気持ちはわかる。だから、もめていたということか。
「それと、今回の火事の一件に何か関係があるんですか?」
「ああ、ある」
麗孝が翠花の髪で遊ぶのをやめ、寝台の上に頬杖をついた。
「欧梓瑜によると、彼女は桑儷杏に命を狙われていたらしい」
「え⁉」
「桑儷杏は自分こそが美人の地位にいるべきだと考え、欧梓瑜が本来自分がいるべき場所をかすめ取ったと考えていたようだ。後宮入りしてから、たびたび嫌がらせを受けたとも言っていた。だから昨夜、桑儷杏が訪ねてくると聞き、彼女は侍女を伴い避難していたという」
「避難、ですか?」
「ああ。官吏が勝手に女たちを放り込んではいるが、後宮内は先代から考えればそれほど人が住んでいるわけではない。無人の宮もいくつかあるからな。近くの使われていない宮に身を潜めたと言っていた」
「それはまた、ずいぶんと面倒な手を使いましたね。わたしなら追い返しますけど」
というか、夜中に訊ねてくること自体どうかと思う。
皇帝麗孝はまったく後宮に足を運ばないことで有名だったが、可能性は皆無ではない。何故なら後宮は皇帝の庭だからだ。たまたま麗孝が訪ねて来ていたらどうしたのだろうか。
「俺もそう思ったが、そうできない理由でもあったんじゃないのか。ともかく、欧梓瑜は身の安全のために空き家に避難していた。すると、しばらくして、宮から火の手が上がった。驚いた欧梓瑜は侍女たちを連れて急いで宦官を呼びに行き、消火活動がはじまった、というわけだ」
「それで、どうして欧美人が容疑者から外れるんですか? 欧美人の証言が嘘の可能性もあるし、なんなら、自分の命を狙っている桑才人に恐怖を覚えて、亡き者にしようと考えた可能性だってあるじゃないですか。桑才人が宮に入ったのを見計らって火をつけるとか」
「もちろんその可能性は俺も考えた。だが、欧梓瑜が侍女を連れて空き家に避難したとき、宦官が二人同行していた。そして別の宦官が、欧梓瑜の宮に桑儷杏が入るのを見ている。さらに言えば、桑儷杏は火災で死んだのではなく、火が回る前に死んでいた。おそらく毒によるものだ」
「どうしてそのようなことがわかるんですか?」
「……西の国の医療に精通したものがいる。そのものが、死体を調べた結果、そう判断した」
「西の国の医療ってあれですよね? 体を切り刻む……」
「切り刻むのではないが、まあそうだな。体を切り開き、悪いところを直して閉じ直す手術と呼ばれる治療法が確立されている」
「それは、死人にも適用されるんですか?」
「生き返るわけではないが、どのようにして死んだのかは、ある程度はわかる……らしい」
死体を切り刻むなんてゾッとするが、それによって判明した死因は信頼できるもののようだ。
「死因が毒である以上、何者かが毒を盛り、火をつけたとしか考えられない」
「桑才人が自分で毒を煽り、火をつけた可能性は?」
「何のために?」
「例えば欧美人を巻き込んでの、自殺、とか」
宮に火をつけることで、欧美人を焼き殺そうとしたと考えたらどうだろう。
「その場合、桑儷杏が自殺する理由は?」
「……放火と殺人の罪でのちのち処刑されるくらいなら一緒に、とか?」
「そうして結果は自分だけ死んだのか。お粗末なことだ。いくらなんでも、訪れた先に相手がいるのかいないのかは確かめるだろう。確実に殺したいのならな」
その通りである。
「それからその仮説は成り立たない。桑儷杏が欧梓瑜の宮を訪れた後で、着飾った女が一人、その宮に入ったそうだ。目撃者がいる」
「目撃者?」
「欧梓瑜の宮までついて行っていた桑儷杏の侍女だ。その侍女は宮の前で桑儷杏に帰るように言われたが、桑儷杏が心配でしばらくその場で様子を見ていたという。そのときに見たと言っていた」
「その侍女はそのあとで桑儷杏の宮に帰ったんですか?」
「ああ、そう証言している」
「その侍女が見たのが着飾った女性だったから、犯人は美人と才人の中にいる、と?」
「そうだ」
まあ、その消去法は間違っているわけではない。
後宮で働く女官には、お仕着せが配布される。これはひと目で階級を判断するためだ。
着飾ることが許されているのは妃嬪たちだが、皇帝の手がつく可能性が高い才人までは、その枠に入れられる。
今の後宮には、皇后と三妃は不在なので、着飾っている時点で美人と才人に限定されるのだ。
「あとから欧美人の宮に入ったその女性が犯人であるとは限らないのでは?」
「欧梓瑜の宮には、主である欧梓瑜とその侍女が不在だった。桑儷杏が訪れた時点で、そこには誰もいなかったわけだ。ならば犯人は、おのずとあとから訪れたその女に限定される。今のところ、最重要の容疑者というわけだ。この者が犯人でないのだとしても、まずはこの者を特定するところからはじめる必要がある」
「おっしゃることはまあ、わかりますけど……」
それで十把一絡げ容疑者にされた翠花としては、その言い分は納得できるけれども、納得したくない。
「要するに主上は、桑才人のあとに欧美人の宮を訪れた女性をわたしに探してほしい、ということでいいですか?」
「話が早くて助かるな」
麗孝はニッと口端を持ち上げる。
「しばらく、お前の宮に通う。情報共有はこうして夜に行おう」
(ということは、しばらく一緒に寝るってこと? 嘘でしょう……)
用がすんだら帰ってほしいが、説明を終えた麗孝はふわりと大きく欠伸をして、座りのいい位置に枕を調整した。このまま寝る気満々だ。
「では、自分の容疑を晴らすために、せいぜい俺の役に立ってくれ」
イラッとした翠花は、麗孝の首を絞めてやりたくなったが、皇帝相手にそんなことをすれば首が飛んでもおかしくない。
ぐっと苛立ちを我慢して、麗孝から拳三つ分の間を空けると、むかむかしたまま目を閉じた。
✿・*:.。 。.:*・✿
くうくうと、健やかな寝息が聞こえはじめたところで、麗孝はぱちりと目を開けた。
視線を動かし、気配を探る。
少し前まで、黄翠花の筆頭侍女が部屋の外で聞き耳を立てていたようだが、その気配は消えている。
周囲に他に気配がないのを確かめてから、麗孝は上体を起こした。
帳の隙間から身を滑らせるように寝台の外に出ると、幾何模様の窓の方へと足を向ける。
窓を開くと、春の夜のひんやりとした風が部屋の中に舞い込んできた。
朔の日も近い空は、月よりも星の輝きの方が勝っている。
窓の近くに置かれていた圏椅に腰かけ、ぼんやりと空を見上げる。
「何の因果か……」
ぽつりとつぶやきを落とし、麗孝は笑った。
(人生とは……縁とは、異なものだ。なあ、お前もそう思うだろう、《《麗孝》》?)
答えの返ってこない問いを、麗孝はそっと胸中でささやく。
少しだけ感慨にふけりたくなった時、寝台からむにゃむにゃと小さな寝言が聞こえてきて、麗孝は笑って振り返った。
「お前は……今も昔も、能天気だな」




