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仙人皇帝のお気に入り  作者: 狭山ひびき


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容疑者の考察 3

 それは、夜のことだった。

 夕餉を終え、寝支度を整えた翠花(ついふぁ)は窓際に腰かけて空を見上げていた。

 朔の日も近いためか、夜がいつもより暗く感じられる。


 後宮は、外からの侵入者に対する警備は厳しいが、中の警備は意外と緩い。

 賊などそうそう侵入することはないが、それでも、桑(さい)才人が供も連れずに夜中に出歩くとは考えにくい。

 もしそうならば、まるで亡くなった桑才人自身が、何らかの企てを実行するために闇に紛れて行動したとしか――そこまで考えて、翠花は首を横に振る。考えすぎだろう。何故なら、殺されたのはほかならぬ桑才人本人なのだから。


 だが、仮に桑才人が何らかの罪を犯そうとしていたとする。欧美人の宮に向かったということは、桑才人が犯そうとしていた罪は、欧美人を害することではあるまいか。そうして、返り討ちにあったとしたら筋が通る。


(ああでも、欧美人は犯人ではないと判断されているのよね。だとしたら、この仮説は成り立たないわ)


 欧美人の宮を訪れた桑才人。そしてさらにそこに第三者の存在があり、その第三者が桑才人を殺害した。宮に火をつけたのもその第三者かもしれない。

 その第三者は、欧美人を除いた三人の美人と、亡くなった桑才人を除いた六人の才人の中にいると、皇帝麗孝は考えている。

 身の潔白を証明できなければ、桑才人殺害の犯人にされかねない。

 とはいえ、その証明が難しい。せめて、桑才人が亡くなった時間がわからないだろうか。その時間に、侍女たち以外の誰かと会っていれば、犯行は不可能だと証明できるのだが。


 翠花が考え込んでいると、何やら部屋の外が慌ただしくなった気配がした。

 虫でも出たのだろうか。

 春だし、虫が活動をはじめる時期だ。

 翠花はさほど苦手ではないが、林(りんしん)杏をはじめとする侍女たちは虫が嫌いなので、きっと慌てて退治しているのだろう。

 そんなことを思っていると、突然、部屋の戸が開け放たれて、息を切らせた林杏が駆け込んできた。


「大変でございます、翠花様!」

「なぁに? 䗪虫(ごきぶり)でも出た?」


 䗪虫は薬にもなるが、あのかさこそと動き回る黒光りした虫を嫌うものは多い。かくいう翠花も、あの虫だけは苦手だった。薬と言われても、あの虫のお茶は飲みたくない。


「ち、違います! しゅ、しゅしゅしゅ……!」

「しゅしゅしゅ?」


 そんな虫いただろうか。虫に詳しいわけではないが、それほど面白い名前の虫がいるのなら記憶に残っているはずだが。

 頭の中でこれまで見たことのある虫の姿を思い浮かべては決してを繰り返していると、林杏が叫んだ。


「主上がいらっしゃいます!」

「主上って虫は、どんな虫だったかしら?」

「なに馬鹿なことをおっしゃっているんですか‼ 主上です! 主上がいらっしゃるのです!」

「だから、主上って虫……は⁉ 主上が来る⁉」

「そうです‼ あと四半刻もすればおつきになると連絡が……!」

「なんでよ⁉ 主上は女嫌いでしょ⁉ いきなり来られても困るわよ‼ というか、夜伽とか無理! かくなる上は……逃げるわよ、林杏っ!」

「駄目に決まっているでしょう! 何をおっしゃるんですか! お前たちっ!」


 林杏が声を張り上げると、部屋に他の侍女たちが雪崩れ込んできた。

 侍女たちはぎょっと目を剥く翠花を取り囲み、手をわきわきさせながらじりじりと近づいてくる。

 林杏が、無情な命令を下した。


「今すぐ翠花様をひん剥いて、主上をお迎えするのにふさわしい格好をさせるのです! 大至急‼」

「い、いやああああああっ! 後生だから、逃げさせて――っ!」




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