容疑者の考察 2
「あー、疲れたわ」
解放された翠花は林杏と共に自分の宮に戻ると、榻の上にでろーんと横になった。
いつも口うるさい林杏だが、さすがに今日は「だらしがないですよ」なんて小言は言わなかった。翠花が殺人の容疑をかけられるなんてもちろん人生初のことで、林杏もかなりの衝撃をうけているようだ。まだ顔色が悪い。
「これからどうなるのでございましょう……」
林杏が他の侍女を呼び、お茶を用意させる。
侍女が下がると、林杏は震える指先を握ったり開いたりを繰り返しながら、かつてないほどに頼りなげに翠花に訊ねた。
翠花は寝そべっていた体を起こすと、白磁の茶碗に手を伸ばす。花茶のいい香りがした。
「どうもこうも、主上は完全に桑才人が殺害されたと思っているみたいよ。そして、容疑者は美人と才人の中にいるってね。つまり、犯人が特定されない限り容疑は晴れないし、下手をしたら冤罪をかけられる危険性もあるわね」
「そんな……!」
「人を殺めたとなると死罪でしょうけど……処刑の仕方は主上の好みでしょうから、殺され方はわからないわね。四肢割きとかじゃなければいいけど」
「恐ろしいことを言わないでくださいませ! そもそも、翠花様は犯人ではありませんでしょう⁉」
「まあね。でも、誰が犯人で誰が犯人でないか、なんて、それこそ主上のお心次第よ。無罪であろうと、主上が犯人だと言えば罪に問われるもの」
司法を司る刑部も、後宮内に入り込んで細かく調査するなんて不可能だ。
男子禁制の後宮に、皇帝と宦官以外が立ち入ることはできないからである。後宮で生まれた公子ですら、一定の年齢になれば後宮から出される。子をなす能力を有した男は、皇帝以外、決して後宮に立ち入ることは許されない。
そうなって来ると、後宮内で起きた罪を裁くのは、宦官と皇帝のみだ。そして本件に皇帝が首を突っ込んでいる以上、最終的な判断を下すのは皇帝である。彼が黒だと言えば白であろうとも黒になる。そういうものだ。皇帝の下した判断に否を唱えられるものがいないのだから。
「だったら、どうなさるおつもりです!」
林杏が悲鳴のような声を上げた。どうやら、翠花が思っている以上に林杏は取り乱しているらしい。
翠花はくぴっと茶を一口飲んだ。
「わたしだって、無実の罪で処刑なんて嫌よ。殺されるなら一思いに苦しまない方法がいいとは思うけど、だからと言って死にたいわけじゃないわ。というか、本当に桑才人が殺されたのなら、犯人の身代わりで処刑されるなんてまっぴらごめんよ」
だけど、翠花は現状で何の情報も持っていないに等しい。欧美人の宮で火災が起き、桑才人の遺体が発見され、殺害された可能性がある。知っているのはこれだけだ。
「情報がほしいわね。恐らくだけど、これから罪の擦り付け合いがはじまるわよ。他の美人や才人が、自分の嫌疑を晴らすためにありもしないことを言い出すわ。そうなって来ると情報が錯綜して、何が真実なのかわからなくなる。罪の擦り付け合いに負けたものが犯人にされかねないわね」
「でしたら、翠花様も対抗なさいませんと!」
「犯人が誰かもわからないし、事件があった時間はわたしは寝ていたんだから、誰かに罪をなすりつけようがないじゃないの。というか、犯人でもない人を犯人呼ばわりするのは気分が悪いわ」
「気分の問題ではありません! 犯人にされたらどうするおつもりですか!」
「もちろん全力で抵抗するわよ。……とはいえ、今のところは『待ち』かしら」
麗孝は聴取を終えたあとで、翠花の質問に答えるか否かを決めると言っていた。その答えを待ってからこれからどうするかを決めても遅くない。
だが、この答えは、林杏のお気に召さなかったようだ。
「何を呑気なことを! 翠花様は昔から能天気なのですから! こうしてはいられません。わたくし、他の侍女たちと共に昨夜の情報を集めてまいります‼」
「……あ、うん。わかった」
まあ、情報はあっても困らない。それが正しい情報なら、だが。
林杏が「冤罪なんてとんでもない!」と叫びながら部屋から出ていくのを見送った翠花は、やれやれと嘆息する。衝撃を受けていた割には元気なことだ。
(それにしても、これが殺人であれそうでないにしても、変な事件よね)
何故、桑才人は欧美人の宮にいたのか。それも、夜に。
そして、焼け跡から見つかったのは、欧美人の遺体ではなく桑才人の遺体。
夜とはいえ、客人が来ているのならば、欧美人の侍女たちも起きていただろう。
それなのに誰も犯人を見ていないのか。
桑才人も、一人で欧美人の宮を訪れていたのだろうか。供も連れずに?
考えれば考えるほど、謎が増えていく。
翠花は花茶を飲み干すと立ち上がる。
残念ながら、窓からは燃えた欧美人の宮は見えなかった。




