容疑者の考察 1
わかるはずがない。
気づかれるはずがない。
だってわたくしは、最初からわたくしなのだから。
わたくしはただ元に戻しただけ。
わたくしのものを、取り戻しただけ――
✿・*:.。 。.:*・゜✿
皇帝麗孝が何を考えているのか。
その答えの一部は、すぐに判明した。
取り調べには侍女も伴えないので、翠花は宦官に連れられて一人で別室へ向かった。
どうやら取り調べの担当者は一人しかいないようだ。翠花の前に呼ばれた美人の取り調べが終わったので、次に翠花が呼ばれたようである。
欧美人は早々に退出が許されていたため、やはり彼女は事前に聴取が終えられていたらしい。
宦官に連れられて別室に入った翠花は思わず目を疑った。
部屋の窓際に案と圏椅が置かれ、先ほど退出したはずの皇帝麗孝が座っていたからだ。
案の上には紙と硯と筆が置かれている。木簡ではなく紙が置かれているあたり、さすがは皇帝というところだろうが、それにしても、皇帝自らが書き取りをするというのが解せない。
首をひねりつつ、翠花は宦官に促されて、座っている麗孝と向き合うように案の前に立った。
礼を取ると「顔を上げ、名を名乗れ」と命じられる。
「黄翠花でございます」
「年は」
「十七になりました」
「昨晩から明朝にかけて何をしていた」
筆を握り、麗孝は淡々と質問を重ねる。
翠花はてっきり麗孝は欧美人の事件にさほど興味がないのだと思っていたが、違ったのだろう。こうして自ら聞き取りをし、筆を走らせるあたり、彼はそれなりに妃の一人が亡くなった事実を重く受け止めているのだ。
(妃に興味があるのかないのか、どっちなのかしら)
興味がないのならば、すべて宦官に押し付けて、自分は高みの見物と決め込めばいい。
だが、麗孝は自ら後宮に足を運び、聴取をしている。無関心ならばこのようなことはしない。
「昨晩から明朝にかけては、就寝しておりました。ただ、火事の騒ぎがあった時に一度だけ目を覚ましています。火元の方角と風向き、それからすでに消火活動がはじまっていることなどから、わたしの宮までは燃え広がらないだろうと判断し、その後、寝直しました」
翠花が素直に答えると、麗孝は筆を走らせる手をぴたりと止めて怪訝そうに顔を上げた。
「後宮内で火事が起きたというのに、能天気に寝直したというのか?」
林杏にも同じことを言われたなと思いつつ、翠花は頷く。
「はい、そうです」
麗孝はますます怪訝そうな顔になった。
「何故?」
「何故、と申されましても……夜は寝るものですので。普通でしょう?」
「普通ではないな」
(え? 普通よね?)
翠花は麗孝の隣に控えている宦官に視線を向ける。宦官は翠花と視線が合うとつい、と横を向いた。宦官にもあきれられている気がする。解せない。
「まあいい。火事が起きる前はどうだ」
「寝ておりました」
「それを証明できるものは?」
「就寝前に侍女が挨拶に来ましたが、それ以外はとくには」
「つまり、お前の証言が正しいか否かを証明できるものはいないと言うことだな」
「そうなりますね」
頷けば、翠花の証言を書き留め終えた麗孝が筆を硯において案の上に頬杖をついた。
「ずいぶん落ち着いているな。先ほど呼んだ女は自分は何もしていないと騒ぎ立て、ついでに私に媚びを売って来たが、お前はそれをしなくていいのか?」
「それをすることで疑いが晴れるのならそうしますけど、そうではないでしょう?」
「なるほど」
「ところで、わたしからも二、三、質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「……お前が?」
麗孝は目を瞬く。
それほどおかしなことを言っただろうか。
翠花は自分を含めて美人や才人たちに容疑がかかっていることを知っている。無実の罪を着せられたらたまったものではないので、自分への容疑を晴らすために行動するのは当然だろう。
翠花の前に呼ばれた美人だって、麗孝に媚びを売ることで疑いが晴れるかもしれないと思ったからそうしたのだ。まあ、単純に皇帝に通ってほしいという願望もあるのかもしれないが。
翠花は皇帝相手に媚びを売っても疑いは晴れないと思ったから、別の手段を取るだけである。
「まあいいだろう。何が知りたい?」
「何故、美人と才人の中に桑才人を殺害した犯人がいると思うのですか? もし桑才人が何者かに殺害されたのならば、真っ先に疑われるのは欧美人でしょうが、それ以前に、桑才人が自分の宮ではなく欧美人の宮で亡くなっていたのかという点に疑問が残ります。もっと言えば、宮が燃えて、焼死体が発見されたという状況で、どうして他殺だと思うのでしょう」
「もっともな疑問だな」
麗孝は頬杖をついた体勢のまま視線を下に落とした。
「それについてはいくつか理由はある。だが、容疑者の一人であるお前に、それを伝えるのは躊躇われるな」
「冤罪をかけられるのを防ぐために、容疑をかけられた人間が真実を知ろうとするのはいけないことですか?」
「悪いわけではない」
麗孝は頬杖の体勢を解くと、長く繊細な指で、とんとんと案の上を叩いた。
「わかった。少し考える時間をくれ。他のものの聴取を終えた後で、お前の質問に答えるか否かを再考しよう。下がっていいぞ」
「わかりました。失礼いたします」
「ああ、待て。一つ聞き忘れた」
麗孝は一礼して去ろうとした翠花に問うた。
「亡くなった桑儷杏と面識は?」
翠花は首を横に振る。
「いいえ。後宮に入ってからはもとより、それ以前も、一度もお会いしたことはないと存じます。わたしの勘違いでなければ、ですが」




