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仙人皇帝のお気に入り  作者: 狭山ひびき


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仙人皇帝の妃候補 4

 ざわり、と室内にさざ波のようにどよめきが走る。

 麗孝(りきょう)に見とれていた女性たちが一様に戸惑いの表情を浮かべていた。

 もちろん、翠花(ついふぁ)も同様だ。もっとも、翠花は麗孝の容貌に感心はしたが見とれてはいない。


 扶手椅(椅子)の背もたれに、どこか気だるげに背中を預けて、麗孝は隣に立つ宦官へ視線を向けた。

 くいっと顎をしゃくると、宦官が麗孝の代わりに説明をはじめる。


「昨夜遅くのことです。欧(おう)美人のお使いになっていた宮が火事になりました」


 それならば翠花も知っている。火事の騒ぎの時に一度目が覚めたからだ。

 こちらに火が回らないと判断し、すぐに寝直したが、林杏(りんしん)によれば、消火が完全に終わったのは明け方近くになってからのようだった。それほど時間がかかったということは全焼したのだろうと思われるが、見に行っていないのでわからない。


(もしかして、放火が疑われているの?)


 麗孝は「容疑者」という言葉を使った。それならば、火事から連想される罪で考えられるのは放火くらいである。

 だが、どうして容疑者が美人や才人の中にいると思ったのか。

 後宮にはほかにも女官や宦官など、多くの人間が暮らしている。

 宦官は続けた。


「消火はは無事に完了しておりますが、焼けた宮の跡から、一人の女性の遺体が発見されました。詳細は省きますが、外見では遺体が何者であるのかは判別できる状況ではありませんでした。ですが、焼け残ったものから照合した結果、桑(さん)才人であると判明いたしました」


 室内がまたざわりと喧騒に包まれる。

 翠花はそばに控えている林杏にこっそりと訊ねた。


「ねえ、桑才人って? 欧美人と関係があるの? 燃えたのは欧美人の宮よね?」

「桑儷杏(さんりーしー)才人ですよ。桑家は欧家の親類で、欧美人と桑才人は従姉妹の関係です」

「ほうほう」

「ほうほうじゃありませんよ。後宮に入る前にお父君から説明があったでしょう」


 そう言えば父が何か言っていた気がするが、翠花は後宮入りが決まって不貞腐れていたので真面目に耳を傾けていなかった。それがばれると林杏からお小言を言われそうだったので、「そうだったわね」ととぼけてみせる。

 林杏はあきれ顔をしたが、さすがにこの場で説教はできないので、小さくため息をついただけだった。


(でも、それは妙な話じゃない? 欧美人の宮からどうして桑才人の遺体が出るの? いくら従姉妹でも、さすがに泊まりに行ったりしないでしょう?)


 もっと言えば、欧美人の宮から桑才人の遺体が出てきたのならば、真っ先に疑われるのはその宮で暮らしていた欧美人ではなかろうか。


「ねえ林杏。欧美人は今どこに座っているかわかる?」


 残念ながら翠花は欧美人の顔がわからない。というか、後宮で暮らしている美人や才人で顔を知っている人はいない。女官ですら、自分の宮の女官と、関わりのある女官以外の顔を知らないのだ。興味がないともいう。


「翠花様から向かって右前の円卓に座られている方です。白い牡丹の簪を挿していらっしゃいます」

「ありがとう」


 翠花は欧美人――欧梓瑜(おうずうゆう)に視線を向けた。


 自分の宮が燃え、その焼け跡から従姉妹の遺体が出てきたからだろう、ひどく悲しそうな顔でうつむいている。絹糸のような黒髪がひと房、顔にかかっていた。瓜実顔の、なかなかの美人である。

 自分の宮が燃えたのに、主人である梓瑜は無事で、別の宮で暮らしているはずの従姉妹が死んだ。これに引っかかりを覚えるのは翠花だけだろうか。


「お静かに願います」


 いつまでたっても喧騒が収まらないため、宦官が声を張り上げる。

 波が引くようにおしゃべりが小さくなると、宦官が麗孝を見た。麗孝が頷くと、また宦官が口を開く。


「詳しくは申せませんが、桑才人は何者かに殺害された可能性がございます。そこで、皆様にはこれから別室にてお一人ずつ、昨晩から明朝にかけて何をなさっていたのか聞き取りをさせていただきたく存じます」


 室内がまたざわめいた。

 宦官のこの言葉で、自分たちが桑才人殺害の容疑をかけられていることが確定したからだ。


(しかも昨夜から明朝って、ほとんどの人が寝てるわよ)


 第一、欧美人の宮で桑才人が亡くなり、他殺の可能性があるのならば、最も疑われるのは欧美人もしくは彼女に仕えている侍女や女官だろう。

 それとも、彼女たちに聞き取りを行い、彼女たちは犯人ではないという確証が取れているのだろうか。


 どちらにせよ、厄介な展開になって来た。

 昨晩から明朝にかけてなんて、翠花はもちろん夢の中だ。

 誰かと共寝をしているわけではないので、それを証明してくれる人なんてどこにもいない。

 侍女が深夜の見回りで寝ている姿を見たと言っても、それは身内の証言となるので、翠花を庇っているとみなされればそれでおしまいだ。証拠にはなるまい。


 皇帝麗孝が、すっと立ち上がる。

 ざわめきに満ちていた室内がぴたりと静まった。

 宦官が扉を開けると、麗孝は何も言わずに部屋から出ていく。


(いったい、何しに来たのかしら?)


 翠花はちょっぴり疑問を持った。

 別に、美人や才人の顔を見に来たわけではなかろう。女に興味がないという噂なのだから。

 ならば、容疑者扱いされた翠花たちの反応を眺めに来たのだろうか。そうだとしたら悪趣味だが、宦官の説明が終わればとっとといなくなるあたり、麗孝は桑才人が亡くなった件に対して、それほど重要性を感じていないということだろうか。


(それとも、面倒だけど一応顔を出すことで、主上自身も気にかけていると示したつもりなのかしら?)


 麗孝の考えはわからないが、ひとつわかるのは、翠花たちはこれからの取り調べを終わるまでこの場に拘束されると言うことだ。


(殺人の容疑なんて、冗談じゃないわよ)


 翠花は青ざめている林杏を見上げ、はあ、と息を吐き出した。





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