仙人皇帝の妃候補 3
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当代皇帝、冷麗孝。
別名、仙人皇帝。
この「仙人」というのは、女に興味がない皇帝を揶揄する呼び名で、大っぴらに口にできる渾名ではない。
即位してこの方、後宮に一歩も足を踏み入れなかった皇帝が、ついにそのつま先をこちらに向けたらしい。
とはいえ、夜ではなく昼にやって来るとは、いささか不思議ではあるのだけど。
「えーっとつまり、主上が四人の美人と七人の才人を呼んでいるってことでいいのね?」
皇帝の妃に数えられる美人の定員は四人。その下に才人と呼ばれる七人の女官が存在するが、才人は必ずしも皇帝の妃に数えられるわけではない。皇帝の手がつけば、妃の扱いを受けるようになるだけだ。
とはいえ、当代皇帝麗孝は後宮にいる女性の誰にも手を付けていないので、正直、美人と才人の違いなんて、後宮におけるその身分の違いでしかないだろう。
(もしかして顔合わせのつもりかしら? それぞれの部屋に行くのが面倒くさいから一か所に集めようって魂胆? ……なんて横着な!)
翠花はあきれたが、妃の身分で皇帝の命令に異を唱えられるわけもない。
「急いで支度しますよ!」
慌てる林杏に髪を結い直されて、せっかく着飾っていた衣服をはぎ取られて着替えさせられ――もともと着飾っていたのに何で着替えるのか翠花には意味不明――支度を整えた翠花は、林杏を伴って指定された棟へと向かった。
皇帝の妃が同じ部屋に一堂に会するなんて、そうあることではない。
三妃であれば、宮廷行事などへの参加で同じ場所に集まることもあるが、それ以下の妃が一度に集められる機会なんて、一年に一度もないだろう。
中には、妃同士仲良くなって茶会を開くこともあるが、少なくとも翠花たち美人はつい最近になって後宮に押し込められた。互いの顔すらよく知らないような状況だ。
朱塗りの壁の広い部屋にはいくつかの円卓と椅子が並べられている。
前方には蓮の花が描かれた屏風が置かれ、その前に装飾の見事な扶手椅が置かれていた。明らかに皇帝麗孝のために整えられた椅子だとわかる。
部屋の中にはすでに五人ほどの身なりを整えた女性が、同じ数の侍女を連れて、それぞればらばらに座っていた。
翠花も林杏を連れてあいている椅子に座る。
しばらくすると、さらに人が増えて、部屋の中には翠花を含めて二十人の女性が集まった。美人が四人に才人が七人、その侍女が同数と考えると、二人足りない計算になる。
遅れているのかと思ったが、皇帝の呼び出しに遅れて来るなんて、それこそどんな罰が言い渡されてもおかしくない。
怪訝に思っていると、部屋の前方の戸が開かれて、「主上のおなりでございます」と宦官が恭しく頭を下げた。
翠花にしてみたら、皇帝とのはじめての対面だ。
女に興味を見せない仙人皇帝とはどんな人間なのだろうかと、翠花は部屋に入って来る背の高い男に視線を向ける。
黒地に赤い龍の刺繍が入った袍を纏った青年が、こちらを一瞥もせずにまっすぐ扶手椅に向かって歩いて行く。
扶手椅にどこか気だるげに腰を掛けて、肘置きに軽く触れた男は、ようやくその顔をこちらに向けた。
切れ長の涼やかな目元に、形のいい眉。
無駄な肉を削ぎ落したようなすっきりとした輪郭。
髭はなく、冠もかぶっていない。艶やかな長い黒髪が、無造作に肩に流れ落ちていた。
ほぅ、という息を吐く小さな声があちこちから漏れる。
確かに、ため息をつきたくなるほど端整な顔立ちの男性だった。
(これが、仙人皇帝……)
公に姿を現すときは冕冠をかぶっているために、その顔ははっきりとは見てとれない。というか、そもそも顔立ちがわかるほどに近づくことなどできない雲の上の存在だ。
翠花も、こうして後宮に押し込められたからその機会が巡って来ただけで、そうでなければ一生その尊顔を拝む日は来なかっただろう。
いい意味で男臭くない皇帝麗孝は、熱のこもらない目で室内の女たちを見た。
そして、淡々とした口調で言う。
「なるほど。ここにいる全員が容疑者か。また面倒な……」
翠花は、耳を疑った。
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