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仙人皇帝のお気に入り  作者: 狭山ひびき


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殺害動機 3

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 静(じん)が連れて来た宦官に、欧美人と桑才人の顔立ちのことを確認した翠花(ついふぁ)は、静に頼んで、捕縛されている可欣(くーしん)の牢に連れて行ってもらった。


 静は難色を示したが、どうしても聞きたいことがあると言えば、仕方がなさそうに許可をくれた。


 罪人を閉じ込めておく牢は、逃亡防止のために小さな窓しか取り付けられておらず、薄暗くて少し不気味だ。

 それこそ、夜な夜な幽鬼が徘徊しそうである。


 火災の翌日、美人と才人が一堂に集められた時に可欣の顔を見たことはあったが、牢の中の彼女はそのときよりもずっとやつれていた。


「可欣、少しいいだろうか」


 静が声をかけると、うつむいていた可欣がゆるゆると顔を上げ、静の隣の翠花を見て怪訝そうになる。

 静に許可をもらい、翠花は牢の木枠越しに可欣に話しかけた。


「可欣、火災の日のことについて聞きたいことがあるの。もう嘘をつかずに、本当のことを教えてちょうだい。すべてわかったから」


 すると、可欣はびくりと肩を揺らした。

 静は口を挟むつもりはないようで、黙って翠花と可欣の会話を聞いている。

 翠花は怯えた顔をする可欣に、できるだけ優しく言った。


「あの日、亡くなったのは桑才人ではなく欧美人でしょう? そうして、すべては桑才人の計画だった。違うかしら?」


 可欣は何かを言いかけるように口を開いたが、けれどもすぐにぎゅっと口を閉ざすと、はらはらと涙を流しながらうなだれた。




     ✿・*:.。 。.:*・✿




 静に連れて来てもらった宦官に、翠花は桑才人と欧美人の顔立ちが似ていないかと確認を入れた。

 母親が双子である二人の顔立ちが似通っていても何ら不思議ではないと思ったが、宦官によれば、化粧の仕方に違いはあれど、顔立ちはとても似ていると回答が得られた。


 だからこそ、翠花は可欣からの裏取りが欲しかった。


 自分の推測が正しいのか否か。すべてをそばで見ており、そして計画に加担した可欣から裏が取れてはじめて、この事件に決着がつくのだから。




     ✿・*:.。 。.:*・✿




 うなだれた可欣に、翠花はゆっくりと自分の推測を聞かせた。


「すべては、欧美人と桑才人が後宮入りする時からはじまったのよね。先に後宮入りしたのは、桑才人だった。でも、桑才人は、欧美人の名を騙り、美人の宮に自身を案内させた。そしてあなたたちも、その計画に加担した。桑才人と欧美人は、母親が双子だったこともあって、顔立ちがとても似ていたから、ばれないとおもった。違うかしら?」


 可欣が小さくこくりと頷く。

 翠花はほっとした。最初のこの前提が間違っていたら、すべてが違って来る。だが、翠花の推測は間違っていなかったのだ。


 欧美人と桑才人――欧梓瑜と桑儷杏の二人だが、先に後宮へ向かったのは桑儷杏(さんりーしー)だった。その後、十日ほど開けて欧梓瑜(おうずうゆう)が出発した。


 しかし、十日前に才人として後宮入りする予定だった桑儷杏は、自らを欧梓瑜と名乗り、まんまと欧梓瑜に成り代わって美人の宮に居座った。

 あとからやって来た本物の欧梓瑜は驚いただろう。従姉妹が自分の名を騙り、本来自分がいるべき場所を乗っ取っているのだから。


 きっと本物の欧梓瑜は自分こそが欧梓瑜だと名乗ったはずだ。しかし、聞き入れてもらえなかった。当然である。他人になりすまして後宮入りするなんて前代未聞。過去に例はない。あるはずがないと思われて当然だ。


 だからこそ、欧梓瑜は桑儷杏の名を名乗るしかなかった。どれだけ腹が立とうと、どうすることもできなかった。もちろん、実家に連絡を入れることはできただろう。その後証明させることもできたはずだ。しかし、それをしたらどうなるだろう。実家にとっては醜聞で、欧梓瑜の名にも傷がつく。とても不名誉なことだ。


 後宮で女の頂点になろうと考えていた欧梓瑜には、到底、そのような屈辱は受け入れられなかっただろう。従姉妹にまんまと名前を奪われた美人なんて不名誉な噂が立つなんて許せなかったはずだ。


 だから、欧梓瑜は考えた。

 奪われたのならば奪い返せばいいのだ、と。


 そうして計画を立てはじめる。


 本物の欧梓瑜の侍女は、もちろん計画に賛成しただろう。主人の出世は自分の出世。美人の侍女として後宮で幅を聞かせられると思っていたら、主人が才人の宮に押し込まれたのだ。そして、見下せると思っていた桑儷杏の侍女たちが幅を利かせている。許せるはずがない。

 欧梓瑜は自分になりすませしている桑儷杏の宮に腹心の侍女である美雨(めいゆい)を何度も使わし、侍女たちを自身の陣営に取り込もうとした。


 弱みの一つや二つも握っていただろう。そうでなければ、可欣がすべての罪を背負うとは考えにくい。おそらく可欣は、欧梓瑜に何らかの弱みを握られているか、脅されるかしているはずだ。


 そうして、欧梓瑜の計画は順調に進んだ。


「火災が起こった日、実は、欧美人は避難していなかったのよね? 桑才人――本物の欧梓瑜が宮に訪ねてくる前に、あなたたち侍女が本物の桑儷杏を殺害していた。そして、可欣、あなたが欧美人の衣をまとい、頭から薄布をかぶって、欧美人のふりをして空き家に避難した。その後、本物の欧梓瑜に到着し、侍女のお仕着せに着替えた後で空き家に合流。火災が起きたのを知って宦官たちが出て行ったところで、あなたと欧梓瑜は着衣を交換したの。これで、入れ替わりは成功。名前を奪われた欧梓瑜は、本来の名前を取り戻し、桑儷杏は火災に巻き込まれて死んだように見せかければ終わるはずだった」


 けれど、ここで誤算が生まれる。


 皇帝麗孝(りきょう)――静が、桑儷杏の死因に疑問を持ったからだ。

 そして、西の医術の知識を生かして死因を特定し、それが毒によるものだと判明してしまった。


 こうなれば、火災に巻き込まれた事故死に見せかけることは不可能になる。

 だから最初、美雨は残った美人と才人の中に犯人がいるように思わせるために、着飾った女を見たと証言した。

 でも、その証言で他の誰かに罪をなすりつける計画はうまくいかなかった。

 そのため、次の手を打った。そう、可欣を犯人にしたのだ。


「もしかして、脅されていたんじゃない? 実家に連絡して、あなたの家族をどうにかするとか言われて。桑儷杏の他の侍女たちもそうだったかもしれないわね。後宮で桑儷杏が欧梓瑜に成り代わった事実が欧家に知られたら、あなたたちの家族はどうなるかわからない。桑儷杏の成り代わり計画に加担したときにその可能性に気づかなくても、あとから脅されれば恐ろしくなるわよね。自分のせいで、家族が処罰されるかもしれないと思ったら」


 桑儷杏の計画に安易に加担したけれど、時間が経てば経つほどに自分の罪が恐ろしくなっていくこともあっただろう。もしばれたらどうしよう。欧梓瑜が欧家に連絡を入れたらどうしよう。

 桑儷杏は、自尊心の高い欧梓瑜が、自分の恥になるとわかっていて実家に連絡を入れるとは思えないと言ったけれど、それが違ったら? 


 家族が、自分の安易な決断のせいで、処刑されるかもしれない。

 そんな恐怖を覚えた頃、欧梓瑜から、自分の味方をするのならば許してやると言われたら?


 可欣も他の侍女たちも飛びつくだろう。

 自分の罪を、なかったことにしてもらえるのだから。

 それどころか、今後は本物の欧梓瑜の侍女として置いてもらえるのだから。


 そうして桑儷杏の殺害に加担し、可欣は最終的にすべての罪を被るように指示されたのだ。

 可欣に罪がないとは言わないが、憐れである。


(庭園を訪れた夜に見た女だけど、誰かに似ていると思ったのよ。あれは、欧梓瑜だったのね)


 従姉妹を手にかけてまで後宮の頂点に君臨したかった女は、さぞかし翠花が邪魔だっただろう。静が唯一通う妃である翠花を消せば、自分の元に皇帝が通って来るかもしれないと考えたのかもしれない。


 一度罪を犯した者は、二度目、三度目に抵抗感を抱かなくなる。

 邪魔者はすべて消してしまおう。そう考えても、おかしくはない。


 どうして翠花が夜に庭園を訪れると知っていたのかについても、林杏(りんしん)と可晴(くーちん)に確認してもらえばなんてことはなかった。


 お茶会をした師純(しちゅん)才人と肖春麗(しゃおちゅんりー)才人。あの二人が侍女に面白おかしくお茶会の話をして、その話を聞いた侍女がまた外で話を下だけのこと。それを、欧梓瑜の侍女が耳にし、主人に報告しただけ。


 意識を混濁させる香はすでに手元にあるし、毒物は庭園の中に生えている。

 そうそう、雨の日の翌日に欧梓瑜が庭園をうろうろしていたのは、毒茸を探していたのだろうともわかっている。

可晴が医官に香のことを聞いたときについでに調べてきたのだ。


 桑才人は、他に気になることは言っていなかったか、と。すると医官は、毒茸について詳しく聞かれたと言ったという。なんでも、侍女が庭園に茸が生えているのを見かけたが、食べられる茸とそうでない茸の見分け方や毒について確認したそうだ。


 つまり、本物の桑儷杏に盛る毒を探していたのだ。食事の中に毒物を混入すれば、疑問を持たずに口にするだろう。毒見役がつくが、その毒見役の侍女も欧梓瑜の息がかかっている。毒物をうまくよけて口にするくらいできるはずだ。


 牢の中の可欣の反応を確かめながらゆっくりと語って行けば、彼女は最終的に顔を覆って泣き出した。

 その通りだと頷きながら、欧梓瑜に両親と幼い弟を処刑されたくなければすべての罪を被って死ねと言われた、と可欣は泣いた。


 静がそっと息を吐き、同行していた宦官を肩越しに振り返る。


「すぐに欧梓瑜と彼女の侍女たちを全員捕縛しろ。その後、一人ずつ個別で尋問をかけるんだ。いいな?」

「御意」


 宦官は頭を下げて急いで踵を返す。


 牢には、可欣のすすり泣く声だけがいつまでも響いた。





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