殺害動機 2
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そう、意気込んだまではよかったが、翠花はすぐに壁にぶち当たった。
医局に確認に出向いてくれた可晴が持ち帰った情報のせいである。
「今日はやけに機嫌が悪そうだな」
夜になってやってきた静が、林杏が先ほど入れた茶を飲みつつ首を傾げた。
夕餉を終えて人払いをしたため、部屋には翠花と静の二人しかいない。
「実は、侍女に昨夜の香のことで医局へ確認に行ってもらったんです。嗅ぐと意識を混濁させる香を置いているのか、置いているのならば誰かに渡さなかったかって。そうしたら……」
翠花はそっと息を吐く。
ぬるくなった茶を口に含み、疲れたように続けた。
「該当する香はありました。そして、それを取りに来た人もいましたけど……それが、桑才人だったんですよね」
「ほう?」
「医官によると、桑才人が亡くなる少し前に、夜に寝付けないからと香が欲しいと言われたそうです。香りの特徴も聞きましたけど、昨夜の香で間違いないと思います。でも、桑才人は亡くなっているので……」
「まさか、桑儷杏の幽鬼の仕業だとか言わないだろうな」
「だったらしっくりくるなぁと思いましたけど、それはそれで納得はできないですね」
だからもやもやするのだ。
翠花がまたため息をつくと、静が苦笑して立ち上がった。
「その件はいったん忘れろ。俺の方も報告がある」
そう言って、くいっと顎をしゃくる。寝台へ、ということらしい。帳を下ろした寝台の中は、すっかり内緒話の定番になってしまった。
茶碗を置いて、翠花は静のあとを追った。
寝台に潜り込むと、部屋の外で気配を伺っていた林杏が静かに入って来て明かりを落として去っていく。
ぱたり、と戸が閉まる音が聞こえた後で、静が口を開いた。
「お前が知りたいと言っていた欧梓瑜と桑儷杏が後宮入りしたときのことについて確認が取れた。だが少々よくわからない部分もある。聞くか?」
「聞きます!」
桑才人の事件は欧美人の筆頭侍女の可欣が犯人ということで解決しているが、翠花に言わせれば疑問は残る。その不可解な部分を整理するためにも、欧美人と桑才人の情報がほしかった。
静が翠花の腰にするりと腕を絡ませて引き寄せる。
いつも思うが、内緒話の際に密着する必要はあるのだろうか。
静がそっと翠花の耳元に口を寄せて、低く澄んだ声で囁いた。
「欧梓瑜と桑儷杏だが、最初に白安の都に向けて出立したのは桑儷杏だったそうだ。その後、十日ほど遅れて欧梓瑜が出発した。しかし、後宮に入ったのは欧梓瑜が先だった。道中で問題が発生したのか同化はわからない。だが、先に欧梓瑜が後宮入りしていたと知った桑儷杏は、ひどく激高したそうだ。本来は自分が欧梓瑜の宮に入るはずだったと喚いたと、担当した宦官が証言した」
「欧美人ではなく桑才人の方が美人として後宮入りする予定だったのでしょうか?」
「そうかもしれないと思い、俺も欧家に確認を入れた。だが、欧家の当主は不思議そうな顔で、欧梓瑜が美人で間違いないと言った。朝廷にもそのように提出しているとな。調べさせたが、確かにその通りだった」
「よくわかりませんね」
「ああ。あと、不可解なのはもう一点ある。欧梓瑜と桑儷杏が後宮入りした際のことだが、明らかに桑儷杏が運び込んだ荷物の方が多く、豪華だった。侍女として連れて来た女も桑儷杏の方が二人ほど多かったそうだ。普通ならば位が高い方の支度を豪華にするはずなのに不思議なものだと宦官は思ったらしい」
「桑儷杏の方が、豪華……」
静の腕の中で、翠花は考える。
考え込んでいる間、静が悪戯に翠花の髪をいじって遊びだしたが、思考に没頭している翠花は気にならなかった。
桑才人の方が先に出発したのに、到着したのは欧美人が先。
欧美人よりも桑才人の支度の方が豪華で侍女の数も二人多い。
桑才人は欧美人に対して攻撃的で、よく、「盗人」「自分がその宮に入る予定だった」「呪われろ」という言葉を使って罵っていた。
桑才人が殺害されたとき、欧美人は空き家に避難していたが、侍女の可欣は最後まで宮に残って桑才人を出迎えた。
その後、欧美人が避難した宮に合流し、すぐに欧美人の宮が燃えはじめたことに気づいた宦官たちは急いで消火活動へ向かった。
桑才人の筆頭侍女の美雨は、桑才人が宮に入った後で着飾った女が入って行ったと嘘をついた。
美雨と、欧美人の侍女たちは最初は険悪だったが、事件が起こる少し前には関係が改善していた。
火災の夜、桑才人の方が、欧美人の宮へ向かうと連絡を入れた。
医官の話では、桑才人は、寝付けないからと焚けば意識を混濁させるほど強い効力を発揮する香を欲しがって、それを入手していた。
桑才人は雨の日の翌日によく東の庭園を訪れていた。
これまで入手した情報を少しずつ頭の中で整理していく。
もう少しで、何かがわかりそうだ。
そう思い、顔を上げた翠花は、静の顔を見てハッとした。
「……双子」
「は?」
「欧美人と桑才人の母親は姉妹で、双子だったと聞きました」
「ああ、そうだな」
翠花はハッとして勢いよく上体を起こした。
「欧美人と桑才人の両方を知る人物はいませんか? 宦官でも女官でも医官でも誰でもいいです! 二人に会ったことがある人を探してください!」
「なんだ急に」
「もしかしたらもしかするんです! すごく恐ろしいことですが、そう考えるとしっくりくるというか。殺害動機は、欧美人ではなく桑才人の方にあったんですよ!」
ぞくり、と背筋に鳥肌が立つ。
そんな恐ろしいことがあるだろうかと思ったが、彼女がすべてを元通りに、そしてすべてを手に入れるには、そうするのが一番手っ取り早いのだ。
静は怪訝そうな顔をしながらも、欧美人と桑才人の二人の顔を知るものを探して来ようと言う。
ホッと胸をなでおろした翠花は、再び静の腕の中に抱き込まれた。
「昨日の夜に毒を吸い込んでいるんだ。そう興奮するな。ほら、今日はもういいから寝ろ」
とんとんと背中をあやすように叩かれる。
自分がたどり着いた考えが恐ろしくて、今夜は到底寝付けないと思ったが、静に背中をぽんぽんと叩かれているうちに自然と瞼が降りて来た。
「おやすみ、翠花」
静の優しい声が耳朶に触れて、翠花はすーっと眠りに落ちた。
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