狙われた翠花と麗孝の秘密 6
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
「まずはじめに自己紹介しておこう。正しくは、俺は麗孝ではない。静……冷静翔だ。とはいえ、ずっと静で通して来たから静と呼べ」
(冷……)
その姓をいただくと言うことは、静も皇帝の血筋だろう。
だが、どうして皇帝麗孝と静は同じ顔をしているのだろうか。
その疑問に答えたのは、寝台の上の麗孝だった。
「静はね、私の双子の兄なんだよ」
「え⁉」
「公式には発表されていないけどね」
「どうして……」
「死んだことになっていたからな」
静は肩をすくめる。
「これは、皇太后と崩御した先代皇帝、そして一部の人間しか知らないことだ。だから今から言うことは口外してはいけない。いいな?」
「は、はい……」
ごくりと唾を飲み込んで頷くと、静は「これは俺も聞いた話だがな」と前置きしてから続けた。
「俺と麗孝が生まれた時のことらしい。当時、父の側にいた呪術師が、俺と麗孝のどちらかを殺すべきだと言ったらしい。というのも、俺と麗孝は父のはじめての子。つまりはどちらかが皇太子になる可能性が高かった。その際、双子というのは禍をもたらす。ゆえに殺すべきだと、呪術師は父に告げた。父はその呪術師の言葉を信じ、俺と麗孝のどちらかを殺そうとしたが、なまじ顔立ちが同じなためにどちらを殺してどちらを生かすべきか大いに悩んだらしい。そこで優柔不断な父は、その決定を、母に任せた」
麗孝が生まれた時、皇太后は三妃の一人、麗妃と呼ばれていたはずだ。三妃の立場では、皇帝の決定に否は唱えられなかっただろう。皇后の地位を与えられていても難しかったかもしれない。
「母は絶望したらしい。自ら産んだ子のどちらかをこの世から消し去らなければならず、その決定を自分が下さなければならないのだからな。大いに悩んだ母は、父を欺くことにした。つまり、俺を殺したことにして外に逃がすことにしたんだ」
「そんなことが、可能なんですか……?」
「かなり無茶をしたのは間違いない。母は西の出で、龍城のある白安の都からずっと遠いところにある。そこまで俺を逃がすことができたら、誰にも気づかれることはないと踏んだらしい。そして母は、同郷から後宮入りしていた侍女の一人に俺を託した。その侍女は父が一度は手を付けたが、興が乗らなかったのだろう。近く、母の故郷の男に下げ渡されることが決まっていた。もともとその侍女の想い人がその男だったらしい。母はそれを知っており、侍女に俺を託した」
(待って、それって……)
先代皇帝の時に、三妃の一人である麗妃の侍女が皇帝に見初められて修羅場が起きたという噂があったが、その真相がこれだったのではなかろうか。
皇帝に手を付けられた侍女は、麗妃の怒りを買って後宮から追い出されたと聞いたが違ったのだ。
騒ぎがあったのち、麗妃はしばらくの間、心を病んで床に伏せっていたと聞いたが、それは侍女が皇帝に見初められたからではなく、愛する息子の一人を手放さなければならなかったからだったのである。
噂というのは必ずしも真実ではないというが、まさかそんな裏があったとは。
「俺はその侍女と、彼女の夫となった男の元で育った。お前が住んでいた黄家の土地とも近いところだ。俺はしばらくそこで育ち、養母だった母の元侍女とその夫が貿易で西の国に行くときにもついて行った。西の国で五年ほど過ごしたかな。そのときにあちらの医術も学んだんだが、それが幸いしてか、こうしてここに戻ってくることになった」
「私の専属医としてね」
麗孝が補足する。
「父が崩御した後で、母が教えてくれたんだよ。私には双子の兄がいるとね。もちろんすぐに探した。私はあまり体が丈夫ではなくてね、正直、自分の子も望めそうにないし、それならば私の代わりに都を追い出された兄を探してこの地位を譲ろうと思ったんだ」
「俺は別に皇帝になんぞなりたくないと言っただろう?」
「またそんなことを。母上だって乗り気なんだよ? 体調によっては政にも顔を出せないような皇帝より、静のほうがよほどいい。むしろ私のほうが西にでも行って穏やかに余生を送りたい気分だよ」
「何が余生だ。お前はただ病弱なだけで、寿命まで脅かされているわけではないと何度も言っただろう。無理をしなければそれなりに生きられる。むしろ西に移動するほうが体に負担がかかるんだ。そこで大人しくしていろ。俺が調合した薬湯を飲んでいれば、日常生活に支障が出ない程度には回復するはずだ」
「はいはい、わかりましたよ、兄上先生」
「まったく……」
静が小さく嘆息する。
「とまあ、こういうわけで、麗孝の体調が回復するまで皇帝の代わりをしているんだ。わかったか?」「わかりました。いろいろ、びっくりはしましたけど……」
というか、翠花が暮らしていた黄家の土地のすぐ近くで静が育っていたなんて。一歩間違えれば、どこかで会っていたかもしれない――うん?
(あれ? 何か引っかかるわね?)
話しを聞いたからだろうか。静に似た誰かが、ふと、翠花の記憶の中に浮かんで来た。
記憶を探るように、無意識のうちに頭に触れた翠花の指先に固いものが当たる。簪だ。翡翠の、簪。翡翠……。
(あ!)
翠花ははっとした。
「主上……ではなく、ええっと……」
「外ではこれまで通り主上と呼べ。今はややこしいから静と呼んでくれると助かる」
「では、静様。もしかして、わたしたち、子供の頃に会ったことあります?」
「なんだ、覚えていたのか」
ふっと静が笑う。
「山の中で迷ったときに会っている。腹が減って目についたものを適当に食べようと思ったときに、お前が血相を変えて止めに来たな。そのときに桃をもらった。あの桃は美味かったぞ」
(やっぱり!)
桃の例だと言って見事な翡翠をくれたのは、静だったのだ。
それから何度か山の中で会って、いつの間にかいなくなった男の子。もしかしたら、その頃に西の国に向かったのかもしれない。
「お前が後宮にいるのを見た時は驚いた。最初は他人の空似かと思ったんだが、間違いではなかったな。性格も昔のままだ」
それは幼い頃から成長していないと言われているみたいでちょっと嫌だ。
だというのに、静は柔らかく目を細めて懐かしそうに笑う。
「お前が何も変わっていなくてよかったよ」
「あの、いくらわたしでも少しくらいは成長していると思うんですが」
口をとがらせて静を見れば、思いのほか甘い視線にどきりとする。
なんとなく目が離せないでいると、こほん、と小さな咳ばらいの声が聞こえた。
「昔を懐かしむのはあとにして、話を続けようよ」
麗孝に促されて、静が「そうだな」と頷く。
「俺が庭園に駆けつけたとき、お前と侍女二人が倒れていて、側に香壺が置かれていた。中には意識を混濁させる香と一緒に、夾竹桃の葉が大量に入っていた」
「夾竹桃……」
それは、花にも葉にも枝にも根にも、すべてに毒が含まれている有名な木だ。
美しい桃色の花を咲かせる木で庭木として人気ではあるのだが、燃やせば毒煙が発生し、触れれば肌がかぶれる。もちろん口にしてもいけない、危険な木なのである。
「俺が駆けつける前に、いったい何があった?」
「ええっと……」
翠花はぽつぽつとその時のことを語った。
女の幽鬼を見たこと。
その女が香壺を持っていたこと。
意識が混濁して気を失ったこと。
「なるほど。では意識を混濁させる香でお前たちを気絶させた後で、香壺の中に夾竹桃の葉を足して立ち去ったのだろう。明らかに殺害を目的とした行為だ」
「でもわたし、幽鬼に恨みを買った覚えはないんですけど……」
すると、静はやれやれと息を吐いた。
「幽鬼なわけあるか。どうして幽鬼が香壺を片手に現れるんだ。どう考えても生きた人間だろうが。その女の顔は見たのか?」
「見たと言えば見たような……。はっきりしないんですけど、どこかで見たことのある顔だったような気がするんですよね」
意識が混濁していたし、庭園の中で暗かった。顔を覆っていた薄布が風に飛ばされたときにうっすらと顔は見えたが、女はすぐに袖口で顔を隠してしまったのだ。つまり、顔を見られたくなかったのだろう。
「後宮にいる女たちの誰かから恨まれる覚えは?」
「ありませんよ。ほとんど関わり合いもないですし」
「静が翠花の宮に通っているから、それに嫉妬した誰かの仕業じゃないかな?」
麗孝が言う。
静が顎に手を当てて考え込んだ。
「その線が濃厚か。まあ、この能天気な女が、他の理由で誰かに恨みを買うとは思えないからな」
(能天気は余計だと思いますけどっ!)
以前から思っていたが、静は何気に失礼である。
「しばらくはお前の宮に見張りと護衛を兼ねて宦官を数名置いておこう。俺も毎夜通うようにする」
(ええっと、それって逆効果じゃ……?)
皇帝が翠花の宮に通うせいで他の妃たちの嫉妬されたのなら、引き続き彼が通って来ると余計に相手の感情を逆なですることにならないだろうか。
翠花は不安に思ったが、麗孝も名案だと言わんばかりに笑った。
「それがいいんじゃないかな。こうして事情も話せたし、翠花にはぜひ、静と仲良くしてほしいからね。末永くよろしくね、翠花」
末永くはよろしくしたくないなと、翠花はこっそりと心の中でため息をつきつつ、諦めた首を縦に振った。
「わかりました……」
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ




