狙われた翠花と麗孝の秘密 2
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林杏にものすごく心配そうに見送られて、翠花は小鈴と明明と東の庭園を目指した。
頭には、麗孝からもらったお守りの簪も挿している。
だが、よく考えてみたら、翡翠は古来より魔除けの石とされてきた。こんなものを身に着けていて、幽鬼が怯えて逃げたらどうしよう。
小鈴が提灯を、明明が虫よけの香を持ち、二人に挟まれるようにしてぽてぽてと歩く。
林杏は翠花がふらふらと宮の外に出歩くのを嫌うので、こうして外を歩き回るのは久しぶりだ。
「久しぶりの外だし、こう、走りたくなるわね」
「まあ、おやめくださいませ。翠花様のことですから、裾を踏んで転びそうですもの。走るなら走りやすい格好をなさいませんと」
明明の言う通りだ。裾が長くてひらひらしている服では、うっかり裾を踏んづけて転びかねない。もっと動きやすい服に着替えればよかった。あれば、だけど。
「最近さ、男装の女官が流行ってるじゃない?」
「流行ってはいませんが、男性の服装の女官は一部にいらっしゃいますね。動き回るのに適しているとか」
「あの服、手に入れられないかしら?」
「あらまあ、そんなことをすれば、林杏様が卒倒しそうですわね。でも、確かに動きやすそうではあります。宦官にでも頼めば、手に入るかもしれませんね」
明明が楽しそうに笑う。
「でもあれ、首元が詰まっているから、けっこう暑いらしいですよ? これからの時期は向かないかもしれません」
小鈴も笑いながら教えてくれる。
「そうなの? 暑いのはやだなあ。じゃあ冬かしら。というかわたし、いつまで後宮にいることになると思う?」
すると、明明と小鈴は顔を見合わせて首を傾げた。
「いつまでとおっしゃられても……主上が崩御なさるまでではありませんか? 現在、翠花様は唯一主上のお渡りのあるお妃様ですから」
「お渡りって、何もないのは知っているでしょ?」
「わたくしたちは存じ上げておりますが、他の方から見れば、主上がはじめて興味を示された寵姫ですわよ、翠花様は」
「なんてこと!」
つまりは、周囲の人たちからは、翠花は麗孝のお手付きになったと見られるらしい。皇帝の手がつけば、そう簡単には後宮の外には出られない。子が産まれないなどを理由に、外に出された妃がいないわけではないが、その際は臣下に下げ渡されることが多い。
(ってことは、よ? 数年適当に時間を潰して任期満了で外に出してもらおうと思っていたわたしの計画は、パァってこと?)
衝撃を受けている翠花の横で、小鈴が能天気な顔で言った。
「ですから、いっそのこと頂点を目指しましょう。翠花様がこの国の皇后様になられる日を、わたくしは楽しみにしているのですから!」
そんな恐ろしい未来はいらない。
(というか、よく考えてみたら、可欣が自白してわたしの容疑は晴れたんでしょ? なんで主上は未だにわたしの宮に通って来るの? 幽鬼を調べるのはわたしの勝手で、主上はもう用はないじゃないの)
解せない、と眉を寄せながら翠花は歩く。
夜の後宮は少し不気味だ。
建物の入り口の前には火を灯した提灯が吊るされているから、まったくの暗闇というわけではないのだけれど、夜の帳が降りた後宮内に漂う静寂に、足音が響くさまはぞくっと来るものがある。これは、肝試し好きにはたまらないだろう。怪談が好きだという師純才人と肖春麗才人が出かけたくなるのもわかる。
「それにしても、翠花様は幽鬼が本当に出るとお思いですか?」
小鈴がきょろきょろと周囲に視線を彷徨わせる。
「あら、龍城にはたくさんの幽鬼の出るって言われているじゃない。もちろん龍城内にある後宮も例外じゃないわよ」
「そ、そんなにたくさんの幽鬼が出るんですか⁉」
「そうねえ。わたしが知っているものはいくつかあるけれど、例えば痴鬼の話とか、厲鬼の話とか、あとは科場鬼の話とか、知らない?」
痴鬼とは、人並外れて何かに夢中になった者が鬼になった存在だ。たとえば囲碁だったり、絵だったりするが、それに没頭するあまり自分が死んで鬼になったことにも気づかず、輪廻転生の輪に乗り遅れてしまった者だと言われている。
厲鬼は復讐の鬼だ。何かに対して強い執念を抱く鬼で、人に悪夢を見せて病気にしたり、姿を変化させて復讐相手の元に現れ復讐を遂げる。
科場鬼は科挙に落第した者の鬼。それほど悪い鬼でもなく、悪さをしても書房の紙や硯、筆を散らかす程度である。あとは、官吏の服を盗んで着用し、官吏気分を味わうとかだろうか。地味な嫌がらせだが、命を脅かすような悪質な鬼ではない。
「夜な夜な、龍城の一室で痴鬼が碁を打っているとか、どこかの尚書が厲鬼に殺されたとか、新米官吏が科場鬼に服を盗まれたとか、そんな話を聞いたことがあるわよ」
「ひっ、恐ろしい!」
小鈴はぶるぶると震えたが、明明はころころと笑う。
「それでは、後宮には縊鬼あたりが出そうですね。先代の頃に、首をつって亡くなった下級妃がいたはずです」
縊鬼は首をつって死んだ者の鬼である。縊鬼は死にたがっている人の周りをうろつき、その人を自死に追いやると言われている。
「あら、それじゃあ案外、禍斗とかもいそうね。この前の火災は禍斗の仕業だったのかも」
禍斗は火災を起こすと言われる妖だ。
「もうやめましょうよ~。ただでさえ夜の後宮は不気味なのに、そんな話をしたら本当に幽鬼が出てきそうですよ」
「小鈴、怪談苦手だったっけ?」
「林杏様ほどではないですけど、普通は苦手ですよ。翠花様や明明が変なんです!」
「面白いのに。ねえ、明明?」
「ええ。わたくしもまだ一度も幽鬼には会えていませんから、一生に一度くらい見てみたいものですね」
「うぅ、可晴に代わってもらえばよかった……」
「あら駄目よ。小鈴は護衛役だもの。林杏が外すはずないわ」
小鈴は小柄で可愛らしい見た目とは裏腹に、なかなかの武術の使い手だ。侍女でありながら護衛もできるので、今日のような危険がありそうな外出の際には外せない。
「そうは言いますけど、幽鬼相手に武術が通用するんですか?」
「それはわかんないわね」
「わたくし、剣で切りつけたり、拳で殴ったりできない存在は苦手なんですぅ」
そんなくだらない話をしているうちに、東の庭園に到着した。
木々に囲まれた庭園は、より暗く不気味に感じる。
「さてさて、幽鬼は出るかしら~?」
雰囲気だけ見れば、いかにも、という感じである。
翠花はわくわくと胸を高鳴らせながら薄暗い庭園の中に視線を巡らせた。
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