狙われた翠花と麗孝の秘密 1
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「薬湯を持って来た」
彼が独特の香りのする薬湯を持って向かうと、寝台の上に上体を起こして座っていた男は、ぼんやりと窓の外に目を向けていた。
月のない夜、星々が競うように煌めいている。
「ああ、ありがとう。でもね、今日はだいぶ具合がいいんだよ」
「よくても飲まなくてはだめだ」
「……それ、苦いんだよね」
男は眉をひそめて、仕方がなさそうに薬湯の入った茶碗に手を伸ばした。
顔をしかめて飲み干すと、口直しの糖蜜入りの水を口に含む。
「ねえ、それより、彼女の話をしてよ。彼女だったんだろう? 思い出の女の子。君が好きになるくらいだから、よほど面白い子なんだろうね」
「面白がるな。まあ……変わってはいるんだが」
彼は寝台の縁に腰かけると、自分とそっくりな顔立ちをしている男に向かって苦笑を向ける。
「その娘はな、どうやら今晩、幽鬼を探しに行くらしいぞ」
「幽鬼! ははは、なにそれ。すごく肝が据わっているね」
「こら、あまり笑うな。咳が出る」
彼が言ったそばから、男がこほこほと軽く咳き込んだ。
男の背中をさすってやりながら、彼は窓の外に視線を向ける。
咳が落ち着いてくると、男が笑った。
「私のことはいいから、行っておいでよ。そして、また私に、外の世界のことを教えてほしい」
彼は困ったように肩をすくめ、そっと男の頭を撫でる。
「ならばお前は寝ていろ。間違っても夜更かしはするな。いいな――麗孝」
男――麗孝は、無邪気な子供のような顔で「はぁい」と小さく返事をした。
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翠花は袖が邪魔にならないように紐で結ぶと、意気揚々と言った。
「さあ行くわよ! 朔の日なんて、いかにもって感じだわ! 幽鬼が本当にいるのなら、姿を見せるはずよ!」
おーっと天井に向かってこぶしを突き上げた翠花の横で、林杏は今にも倒れそうなほど青ざめた顔をしていた。本日同行することになっている明明と小鈴は、林杏に同情めいた視線を向けている。
先ほど人定(※午後十時)の鐘が鳴った。翠花の予定では、夜半(※午前零時)の鐘が鳴るまで、東の庭園周辺で幽鬼を探す予定である。
「虫よけの香も持ったし、ばっちりね!」
「なにがばっちりですか。主上のお妃様のひとりが夜に幽鬼狩りなんて、前代未聞でございます……」
気合十分な翠花に、林杏が吐息交じりに言う。
「林杏、勘違いしないで。幽鬼狩りに行くんじゃないわ。幽鬼に話を聞きに行くのよ」
「何が違うんですか」
「まったく違うじゃない! 幽鬼を退治しちゃったら、火災当日の証言が得られないわ」
「幽鬼から証言を得ようなんて考えつくのは、翠花様くらいでしょうねえ」
明明がころころと笑う。
小鈴は少しだけびくびくしながら、護身用の短剣を握り締めた。
「幽鬼に、刃物は通じるのでしょうか……」
「小鈴まで、どうして幽鬼を退治しようとするの?」
「念のためです。幽鬼が翠花様に危害を加えない保証はないじゃないですか」
「どうしてよ。別にわたし、幽鬼に恨みなんて買ってないと思うけど。攻撃されるいわれがないわ。それどころか会ったこともないもの。小鈴だって、いきなり見ず知らずの人を切りつけたりしないでしょう?」
「翠花様はどうして変なところで現実的なんでしょう?」
いつもはいろいろぶっ飛んでいるのに、と小鈴がなかなか失礼なことを言った。
「翠花様、やはり宦官を呼びましょう。女人だけで向かうなんて危険すぎます」
林杏が言うが、宦官に声をかけたら絶対に止められるに決まっている。「自分たちが探しますから」と説得されて蚊帳の外に置かれる未来が見えているのに、どうして声をかけなければならないのだろう。皇帝麗孝は反対しなかったのだ。すなわち麗孝は許可を出したも同然である。皇帝が是としているのだから、何ら問題ないはずだ。
自分に都合のいい解釈をした翠花は、腰に手を当てて大きく胸を張った。
「こんな面白そうなこと、自分でしなくてどうするの? 幽鬼なんて、一生に一度会えるかどうかの、ものすごい希少生物よ!」
「幽鬼は生物なんですか?」
小鈴がもっともらしいことを突っ込んできたが、それは翠花もわからない。
「じゃあね、林杏。留守の間は任せたわ。いってきまーす!」
止めても無駄だと判断した林杏は、頭が痛そうにこめかみを押さえて、小鈴と明明に言った。
「二人とも、くれぐれも翠花様から目を離しませんように。いいですね?」
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