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仙人皇帝のお気に入り  作者: 狭山ひびき


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残された謎 4

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「え? 犯人が捕まった⁉」


 夕餉の時間になってやってきた麗孝(りきょう)は、どこか疲れた顔で桑才人殺害の犯人が捕縛されたと告げた。


「誰なんですか?」

「欧梓瑜(おうずうゆう)の筆頭侍女の可欣(くーしん)だ」

「え……?」


 意外というほどでもなかったが、昨晩、宦官の話を聞いて浮上した重要参考人がその次の日に犯人として捕縛されたと聞いて、翠花(ついふぁ)は目を点にする。


「自白、したんですか?」

「ああ。呼び出して尋問したところ、自分が桑儷杏(さんりーしー)を殺害したと自供した」

「えっと……どうやって?」

「毒入りの茶を飲ませて毒殺した後で、証拠を隠滅するために宮に火をつけたそうだ。火災に巻き込まれて死んだように偽装しようとしたと言っていた」

「理由は?」

「桑儷杏が欧梓瑜に殺意を抱いていたため、主を守るために殺すことにしたと言っていた」

「それは……、筋は通っているように聞こえますけど……」


 だが、違和感がぬぐえない。


 まず第一に、可欣が犯人だったのならば、美雨(めいゆい)が見たという第三者の女は誰だったのだろうか。


 次に、今日の可晴(くーちん)の話だ。桑才人の筆頭侍女美雨は、後宮入りしてから欧美人の侍女と険悪な空気だったというが、火災があった一週間ほど前から関係は改善していたという。

 普通に考えれば、主同士の関係が改善したから、侍女の関係も変わったと見るべきだが、違ったのだろうか。桑才人は変わらず、欧美人を憎んでいた?


「ずいぶんと、あっけなく自供しましたね」

「そうだな。言い逃れできないと判断したのだろう」

「可欣が犯人なら、美雨が見たという第三者の女は誰なんでしょう」


 というか、美雨が着飾った女が桑才人のあとで欧美人の宮に入ったなんて証言したから、翠花をはじめ、美人や才人たちが容疑者にされたのだ。

 その第三者の女がはっきりしないことには、どうも納得できない。

 それなのに、麗孝はあっさりと言った。


「ああ、それだがな。可欣が自供した後で宦官に確認させたところ、美雨は、それはきっと勘違いだったのかもしれないと言ったらしい」

「勘違い⁉」

「なんでも、あのあたりは女の幽鬼が出る噂があるそうだ。もしかしたらそれを見たのかもしれないと、とても怯えていたらしい」

「幽鬼⁉」


 そんな馬鹿な、という叫びが喉元まで上がって来る。


「ちょっと待ってください。その幽鬼のせいで、わたしたちは容疑者にされたってことですか?」

「まあそうなるな」

「というか、幽鬼なんて本当に出るんですか?」

「知るか。俺が見たわけではないんだ」


 翠花はむぅ、と眉を寄せた。


(やっぱり釈然としないわ。幽鬼ですって? まあ、後宮は魑魅魍魎の巣窟って聞いたことはあるけど、本当に出るわけ?)


 もしそうなら、その幽鬼とやらに一言もの申してやりたい。お前が出てきたから容疑者にされて、こんな面倒ごとに首を突っ込む羽目になったのだと。ついでに、できることなら関わり合いたくなかった皇帝麗孝が、毎晩毎晩やってくるようになったのだと!


「わかりました。じゃあ、その幽鬼とやらをとっ捕まえましょう。欧美人の宮に入ったのなら、その幽鬼は桑才人の殺害現場を見ていたかもしれませんからね!」

「は?」


 麗孝がぽかんとした顔になった。

 傍に控えていた林杏(りんしん)が青ざめて口元を両手で覆い、その隣にいた明明(めいめい)がおかしそうにころころと笑う。


「まあまあ、今度は幽霊退治ですの?」

「違うわ明明。退治するんじゃなくて、捕まえて事情聴取するのよ」

「幽鬼相手に事情聴取なんて、翠花様は本当に面白いことを考えますわね」


 明明の言葉に、麗孝がまったくだと言わんばかりに頷いた。


「そんなことを考える女は……いや、人は、お前くらいなものだろうな」

「幽鬼だって目撃者じゃないですか。可欣が犯人というのも、妙に引っかかるというか、気になるので、実際に現場を目撃した幽鬼に聞いてみた方が早いです」

「では聞くが、どうやって勇気を捕まえるつもりだ?」

「……夜に、張り込みとか?」

「妃が夜に張り込み! く、は、ははははは!」


 何がつぼにはまったのか、麗孝が突然腹を抱えて笑い出した。

 むっとして眉を寄せていると、ひとしきり笑った麗孝が、自身の髪に挿していた簪をするりと抜く。黒く艶やかな髪がさらりと揺れた。


「勇ましい妃が幽鬼に憑りつかれないよう、これをやろう。お守りだ」


 くつくつとまだ肩を揺らしながら、麗孝が翠花に簪を差し出す。

 反射的に受け取った翠花は、簪の先に揺れている見事な翡翠飾りに目を奪われた。

 龍の形に彫られた、翡翠で、龍の頭が鮮やかな緑色をしており、尾に向かうにつれて白が混ざった色に変化している。

 鉱石を愛する翠花は、一瞬にしてこの翡翠の龍の虜になった。


(原石もいいけど、こういうのもすごくいいわ)


 うっとりと簪を見つめていると、麗孝がやわらかく目を細めた。


「翡翠が好きか?」

「はい、とても。……子供の頃、はじめてもらった宝石が翡翠だったんです。すごく綺麗な白い翡翠で。今も大切に取ってあるんですけど」

「それは……、どんな石だ?」

「林杏。お持ちしてくれる?」


 翠花がずっと大切に持っている白い翡翠は、林杏も知っている。林杏が頷き、漆の箱を持って来てくれた。

 箱をあけると、布に包まれた拳大の大きな白い翡翠が現れる。

 翠花が翡翠を差し出すと、麗孝はじっとそれを見つめて、ぽそりとつぶやいた。


「……やはり、な」

「え?」

「なんでもない。見事な翡翠だ。大切にしろよ」

「ええ、もちろんです。わたしの宝物ですから」


 翠花は麗孝から返してもらった翡翠を布で丁寧に包み、漆の箱に収める。ついでに麗孝からもらった翡翠の簪も収めようとしたら、彼にとがめられた。


「それはお守りだと言っただろう。肌身離さずつけていろ。いいな?」

「わかりました」


 落として割れたら嫌だなと思ったのだが、仕方ない。


「それで、幽鬼探しはいつからはじめるつもりだ?」

「うーん。どのあたりに出るのか情報を集めてからの方がいいと思うので……三日後の夜からはじめます」


 翠花が宣言すると、林杏が絶望に染まった顔で、大きなため息を吐き出した。





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