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仙人皇帝のお気に入り  作者: 狭山ひびき


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残された謎 1

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「《《犯人》》はまだ見つからないのね」


 欧梓瑜(おうずうゆう)はゆったりと榻(長椅子)(長椅子)に腰かけ、《《筆頭侍女である》》美雨(めいゆい)に視線を向けた。

 自身の宮が焼失し、桑儷杏(さんりーしー)の宮に移った梓瑜は、桑儷杏の侍女も己の侍女に取り込んだ。現在、侍女の数は十二人。大所帯になったが、ゆくゆくは三妃の地位、そして皇后の座を狙う梓瑜にとって、多すぎる人数でもない。


「さようでございますね。早く犯人が捕縛されればよいのですが」


 美雨が梓瑜のために茶を淹れながら答える。

 梓瑜は満足そうな顔で笑った。


「ねえ美雨。わたくし、あなたが大好きよ。あなただけは、わたくしを裏切ったりしないから」


 犯人、早く捕まればいいわねと、梓瑜は歌うようにささやく。


「どうせなら、犯人が他の美人の中の誰かならいいのにね。特に、黄翠花(こうついふぁ)あたりが消えてくれると、嬉しいわぁ」


 美雨は黙って梓瑜の前に茶碗を置く。

 梓瑜が綺麗に綺麗に整えられた白魚の手が、そっと、牡丹の絵柄が描かれた茶碗に触れた。



     ✿・*:.。 。.:*・✿



 夕餉の少し前の時間になって、麗孝(りきょう)は約束通り、二人の宦官を連れて来た。

 名を志賢(じーしえん)と子豪(ずはお)。ともに三十代半ばらしい。


 宦官というのは生殖機能を奪われた男性である。

 自ら希望して宦官になりたがるものはおらず、たいていは家の困窮や理不尽な命令で無理矢理宦官にされたものが多い。

 志賢と子豪はともに南の出身で、兄弟姉妹が多く、経済的な困窮を理由に宦官となって後宮で働くことを志願したらしい。


 宦官になれば、一時金が実家に支払われ、さらに俸禄も与えられる。本人が希望すれば、俸禄の一部を実家に仕送りすることも可能だった。二人は俸禄の半分を実家に渡しているという。

 宦官も役人なので位があるが、欧美人の宮を含め、妃の宮の管理を任されているそうなので、身分は上の方だろう。宦官と奴隷を勘違いするものもいるが、高位の宦官ともなれば発言権は大臣にも匹敵する。もちろん宦官の中には元奴隷もいるが、元奴隷であっても能力次第では出世できる。彼らは意外にも熾烈な出世争いをしているのだ。


 そして、彼等の出世に一役買うのが妃たちである。

 妃たちの信頼を勝ち取れば、出世街道に乗ったと考えていい。さらにその妃が皇帝のお気に入りとなり、ゆくゆくは皇后になれば、皇后お気に入りの宦官というわけだ。過去には皇后の相談役として実権を握り、幼い皇太子の教育係になったものもいる。


 皇帝の教育係ともなれば、ゆくゆくは三師――太師、太傅、太保のいずれかに抜擢されてもおかしくない。三師ともなれば、宰相とて無碍にはできない存在だ。

 だからこそ、宦官たちは妃に丁重に接する。


 麗孝が連れて来た二人も、翠花を前に跪拝を取った。


「少しだけ、欧美人の宮が燃えた日のことを聞きたいのですけど、いいかしら?」


 挨拶をすませた後で翠花が訊ねると、志賢と子豪は一度、麗孝に視線を向けてから頷いた。


「かしこまりました」

「なんなりとお訊ねください」


 翠花は林杏(りんしん)に目配せする。彼らの証言を書き留めてくれるように頼んでいたのだ。

 林杏が頷いたのを確認して、翠花は二人に質問した。


「欧美人から、桑才人に危害を加えられるかもしれないから空き家に避難したいと相談を受けたのはいつ?」

「火災当日の夕方……晡時(ほじ)(※十六時)の鐘が鳴って少しした頃であったと記憶しております」


 志賢が答え、子豪も相違ないと首を縦に振る。


「それは、誰から相談を受けたの? 欧美人本人?」

「いいえ。欧美人の筆頭侍女である可欣(くーしん)です」

「彼女は何て言ったの?」

「欧美人が桑才人と少々揉めており、欧美人が怯えている。今夜桑才人が訪ねてくることになっているが、お会いしたくないというので、空いている宮に避難させてほしい、と」

「それを聞いて、どう思った?」

「少し、訝しくはありました。欧美人の方が身分が上ですし、それほど恐れているのならば、訪問をお断りすればよろしいのに、と。ですが、お二人は親類と聞き及んでおりますので、私どもには想像できない何かがあるのだろうと考え、空いている宮を手配しました」

「下手にお断りしてご気分を害されるのも困りますし、本当に何かあれば大変なことですので」


 志賢のあとで子豪が補足を入れる。

 子豪の言う通り、簡単の立場では妃の不快にさせるわけにはいかないだろう。そして、欧美人の希望を断って、桑才人に欧美人が傷つけられでもしたら、二人の責任にもされかねない。


「欧美人たちはいつ頃に空き家に移動したかわかる?」

「確か……夜半(※午前零時)の鐘が鳴る前でした」


(それは、ずいぶん遅いわね)


 桑才人から逃げるために移動するのなら、桑才人はそのあとの欧美人の宮を訪れたことになる。それほど遅くに会いに行くと言われたら、欧美人が警戒するのも頷ける。誰もが寝静まった時間に、いったい何をしに来るのだろうかと不安を覚えただろう。


「欧美人が空き家に移動したときのことを、覚えている限りでいいからできるだけ詳しく教えてくれる?」


 志賢と子豪は顔を見合わせ、二人で答え合わせをするようにぽつりぽつりと語りはじめた。




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