最重要参考人の女 4
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「わたくしの情報は、あまり役に立たないかもしれませんね」
おっとりと頬に手を当て、明明がそう前置きして話しはじめた。
「わたくしは、欧美人と桑才人の侍女の様子を主に探ってまいりました。もしも、火災のあった日に、誰かが虚偽の申告をしていたり、もしくは何かを知っていて黙っていたりする場合もあると思ったのです」
なるほど、主人の近くにいる侍女や女官などが、主人を守るために虚偽報告をすると考えるのはいい線だと思う。
小鈴が調べて来た他の妃嬪たちの動きからもわかるように、彼女たちは侍女や女官を使って自分の都合のいい噂を流している。欧美人や桑才人の侍女たちが虚偽報告をしている可能性も充分にあった。
「何かわかった?」
「はい。情報は得られたのですが、証言の食い違いはありませんでした」
明明の話は、こうだ。
まず、明明は桑才人の侍女から、火災当日の夜の情報を得ようとしたらしい。とはいえ、直接訪ねに行ったところで情報をもらえるとは思えなかったし、明明が下手な動きをすると主人である翠花にあらぬ嫌疑がかけられる気がしたため、彼女は知り合いの宦官に頼んだという。
明明はおっとりとした気質で、他人に対して決して高圧的に接することがないためか、宦官たちから受けがいい。
宮の力仕事などを手伝ってくれる宦官にお菓子やお茶をふるまったりしながら、数名の宦官たちと距離を縮めているようだ。
だが翠花に言わせればこれは明明の処世術の一つである。彼女は他人に対して自分は敵ではないと認知させ仲良くなって情報を得ることを得意にしているのだ。
明明はこの処世術と情報収集の腕前を黄家当主、すなわち翠花の父に評価されて、翠花が後宮入りする際に侍女に抜擢された。
明明は数名の宦官に、桑才人の侍女たちの当日の動きを探らせた。
桑才人は火災の夜、欧美人の宮へ向かった。その際に、侍女を一人連れて行っている。
残りの侍女は桑才人の宮に残しており、そのうち一人を残して他は就寝していた。一人だけは、桑才人たちが戻って来るのを待つために起きていたという。
当日、桑才人が欧美人の元に何しに行ったのかと聞けば、侍女は皆口を揃えて「お茶会」だと答えた。
夜に茶会をするなど奇妙ではあるが、従姉妹同士、気心の知れた間柄からなので、侍女たちは疑問に思わなかったという。
(話によると、欧美人と桑才人はあまり仲が良くなかったみたいだから、気心が知れた間柄と侍女たちが認識しているのは妙な話ではあると思うけど……、桑才人は、侍女たちにそう見せていたのかしら?)
証言が一致しているのならば、その可能性は充分にある。
明明は続けた。
「桑才人は、子の刻限を報せる鐘が鳴る前に外出されたようです。その際ともなった侍女は筆頭侍女の美雨で、欧美人の宮の前で桑才人と別れています。桑才人からは先に帰るようにと言われたそうですが、美雨はしばらくの間その場にとどまっていたようです」
「それが謎なのよね。桑才人の侍女たちが、ただ単に主人がお茶会に行っただけだと本当に思っていたのなら、どうして美雨はすぐに帰らずにその場にとどまったのかしら」
「わたくしもそこは不思議に思いましたが……」
明明がちらりと林杏に視線を向けた。
林杏が肩をすくめる。
「もしわたくしが美雨の立場でも、同じようにしばらくとどまったかもしれません。翠花様は何をしでかすかわかりませんので、心配ですもの」
「と、林杏様がおっしゃいますので、そういうこともあるかと」
「あんまり言いたくないけど、それは主人がわたしならってことでしょ? 桑才人も侍女に信用がなかったのかしら」
「まあ翠花様、わたくしは何も、翠花様を信用していないなんて申しておりませんわ」
「言葉にしないだけで、思いっ切り信用していないじゃないの」
文句を言うと、林杏がくすりと笑う。
「翠花様は目を離すと後宮から逃げ出す恐れがありますからね」
「……さ、さすがに、そんなことは……しないわよ?」
逃げられるなら逃げたいが、無理なのは理解している。まあ、親兄弟に迷惑をかけずに、確実に逃げられる方法があればわからないが。
「ともかく、桑才人の侍女がどうしてその場にしばらくとどまったのか、これは疑問よ。調べた方がいいわね」
「ええ。こちらはわたくしの方が追って調べておきますわ」
「そうね。今この場で議論してもはじまらないものね」
明明はおっとりと頷き、続いて欧美人の侍女たちについて話をはじめた。
欧美人の側については、麗孝から聞いていた話とほぼ同じである。
火災があった日。欧美人の元に桑才人から夜に訪ねるという連絡が入った。
欧美人は桑才人から危害を加えられることを恐れて、使われていない無人の宮に避難した。その際、五人いる侍女を全員ともなっている。
空き家とはいえ無断で宮を使うわけにもいかないため、事前に宦官に連絡し、避難する際は二人の宦官も一緒だった。
その後、空き家でしばらく時間を潰していると、欧美人の宮で火の手が上がった。二人の宦官たちは慌てて空き家を飛び出し、他の宦官たちを呼びに行って消火作業にあたり、欧美人と侍女五人は恐ろしくなって震えながら空き家で夜を明かした。
「そういえば、欧美人は今、どこにいるの?」
「それですが、現在は桑才人の使われていた宮にいらっしゃるようです」
「え? なんで?」
「欧美人と桑才人は親類ですので、宮が再建されるまではそちらに移り住むと欧美人本人がおっしゃったとか。そのため、桑才人の侍女たちも全員引き取ったそうですよ」
「桑才人の侍女たちが、欧美人の侍女に加わったってこと? それはまた……」
通常、妃嬪が亡くなったり後宮から退く際は、侍女たちも一緒に退くものだ。
桑才人の亡くなり方が亡くなり方だったので、事情聴取などでしばらくの間は後宮に拘束されえるとしても、それが終わったら出ていくのが普通である。
それなのに、欧美人はわざわざ桑才人の侍女を自身の陣営に加えたらしい。
(なーんか引っかかるわね)
桑才人と欧美人の侍女の温度差もそうだ。
桑才人が欧美人の宮に夜のお茶会に向かうと言った際、桑才人の侍女たちは、二人は「気心の知れた間柄」だからと疑問に持たなかったという。
つまり、桑才人の侍女たちは、欧美人と桑才人の関係性は良好なものと思っていたと考えてもいいだろう。
一方、欧美人の侍女たちはというと、主が桑才人に危害を加えられる可能性を知っていたことになる。何故なら欧美人とともに空き家に避難しているからだ。
この状態で、桑才人の侍女を自身の陣営に加えて、果たして侍女たちはぎくしゃくしないのだろうか。
(というか、どうしてここで食い違いが生じているの?)
可晴の情報では、後宮入りしてから、桑才人は欧美人に対して攻撃的な態度を取っていたらしい。
それならば、桑才人の侍女たちも、自分たちの主が欧美人にいい感情を抱いていないことは知っているはず。
それなのに、夜にお茶会に出向くことに違和感を覚えなかったのだろうか。たとえばだが、桑才人が欧美人に対して何らかの危害を加えると、予想しなかったのか。
火災の夜、桑才人の筆頭侍女、美雨が、しばらく欧美人の宮の前でとどまっていたというのもやはり引っかかる。
美雨のその行動が、「主が欧美人に危害を加えないだろうか」という心配から来るものであるのならば納得できるが……。
「なんかさ、互いの陣営の証言の整合性は取れてるけど、全体から俯瞰して見たらおかしな話よね?」
「そうですわね。ただ、たとえばですが、後宮に入る前から桑才人が欧美人に対して攻撃的な態度を取られていた場合、それを知っている侍女たちからすれば『いつものこと』『従姉妹のただの喧嘩』と認識された可能性も否めません。現時点では、判断がつきませんね」
「もっと詳しく調べる必要がありそうね。そう言えば、欧美人は桑才人の宮に移って、どうしているの?」
「心穏やかにお過ごしのようです。……褒められた言い方ではございませんが、桑才人がお亡くなりになって、安心しているように見受けられました。危害を加えようとする方がいなくなったからでしょうか?」
「つまり、あんまり悲しんでいる感じじゃないのね」
「わたくしには、そのように感じられました」
「ということは、やっぱり仲はよくなかったんでしょうね」
親しい間柄ならば、相手が亡くなれば悲しむはずである。それがなかったということは、そういうことなのだ。
「他の妃嬪たちは妙な嫌疑が掛けられて迷惑しているというのに、当の本人が心穏やかになどと、腹が立ってきますわね!」
林杏が眉を怒らせて吐き捨てる。
そうね、と翠花は頷いた。
「林杏は何か情報がある? 林杏も情報収集に出かけていたんでしょ?」
すると林杏は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、口端を持ち上げて笑みを浮かべた。




