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仙人皇帝のお気に入り  作者: 狭山ひびき


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最重要参考人の女 3

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 着替えをすませ、林杏(りんしん)の入れてくれた茶を飲みつつ、茶菓子の月餅を食べていると、林杏に連れられて三名の侍女が部屋に入って来た。林杏とこの三名の侍女が、昨日、情報収取にあたっていたという。


 この三名の侍女も黄家の親類のもので、向かって右から、小鈴(しゃおりん)、可晴(くーちん)、明明(めいめい)だ。


 小鈴は一番年が若く、十五歳。焦げ茶色の髪に同色の瞳をしている小柄な侍女である。

 次に可晴は十七歳。背が高く、きりりとした吊り目の、男装が似合いそうな外見である。

 明明はふっくらとした丸顔の十九歳。気質もおっとりとしている癒し系だ。小腹がすいたときに、こっそりとおやつを差し入れてくれるので、密かに翠花は彼女をおやつ友達の枠に入れている。


 翠花(ついふぁ)にはほかにも侍女がいるが、さすがに宮の中を翠花を残してからっぽにはできないので、昨日はこの四人で聞き込みにあたっていたらしい。


「では、わたくしから! わたくしは、他の妃嬪たちの様子を探ってまいりました。翠花様の読み通り、自身に掛けられた容疑を晴らすべく、他人を蹴落としにかかっているようです!」


 小鈴が一歩前に出て、顔をやや紅潮させながら言った。不貞腐れたように頬を膨らませている。腹の立つことでもあったようだ。


「わたくしは下働きの女官たちに何名か知り合いがいるのですが、その者たちによれば、すでに、ありもしない噂が立てられているようです。まず、梅(めい)美人の動きですが、侍女たちに、昨日『芍薬の簪を挿している女が欧美人の局に向かった』と噂を流しているようです」

「芍薬……つまり、朱(ちゅー)美人に罪をなすりつけようと動いているということね」

「そのように見受けられます」


 美人の定員は四人。翠花と欧梓瑜の他の残りの二名は梅雪(めいしゅえ)と朱嶺依(ちゅーりょうい)である。

 黄家もそうだが、貴族の家にはそれぞれ、家紋となる花が存在する。


 黄家は蓮。

 欧家は牡丹。

 梅家は梅。

 朱家は芍薬。


 後宮の決まりごとではないが、自身の家を表すために、後宮の妃嬪たちは自身の家の花の簪を身に着けていることが多い。

 かくいう翠花も、着飾るときは蓮の簪を身に着ける。

 つまり、梅美人の言った「芍薬の簪をつけている女」とは、芍薬を家の花に持つ朱美人を指しているのだ。


 翠花はくぴっと茶を一口飲んで、小さく息をついた。


「あー、梅家と朱家の仲が悪いって噂は、本当みたいねえ」


 政治の世界にいれば、もちろん政敵もいる。派閥もある。梅家と朱家は思想を異にしており、あまり仲が良くないと聞いたことがあった。梅雪が朱嶺依に罪をなすりつけようとしたのならば、噂は本当かもしれない。


「じゃあ、朱美人は……」

「はい。火災のあった晩、梅美人に似た女性が欧美人の宮の方へ向かうのを見たという噂を流しておいでです」

「本当、やめてほしいわよね。嘘の噂で情報をかく乱するのは、さ」


 その後、小鈴が才人たちが流している噂についても教えてくれる。誰も彼も、自分以外の誰かを陥れるべく、梅美人や朱美人が流しているのと同じような噂を流しているようだ。その中には翠花を連想させる女を見たという証言もあって、小鈴が怒っていたのはそのためだろう。

 これでは、欧美人の宮が燃えた日に「誰かれを見た」という証言は、すべて疑ってかかるしかない。誰が美人や才人の息がかかっているのかわからないため、これらの証言には信用が置けない。下級女官にだって、金子を握らせて買収し、自分に都合のいい噂を流すのに協力させている可能性があるのだ。


「では、次はわたくしが」


 小鈴の話が終わると、可晴が小さく手を上げて口を開いた。


「わたくしは、亡くなられた桑(さい)才人について情報を集めてまいりました」

「それはわたしも気になるわ。欧美人と桑才人が従姉妹同士なのは知っているけど、それ以外についてはわからないのよね」


 昨夜、麗孝から得た情報では、欧美人が桑才人に命を狙われていたらしいことはわかっている。もちろん、これは欧美人の証言であるので、それが正しいのかどうかはわからない。

 けれど、少なくとも欧美人は、桑才人が宮を訪れる日に、空き家に逃げるくらいには桑才人を恐れていたということだろう。その根拠はどこにあるのか。


「わたくしが調べたところによると、欧美人と桑才人は、母親が姉妹だそうです。それも双子で、そのせいか、幼い頃から互いの家を行き来して遊ぶ仲だった、と」

「仲がよかったってこと?」

「そこまではわかりません。本人同士の仲が悪くとも、母親同士の仲がいいために連れていかれていた可能性も残ります。年も同じで、先代の皇帝陛下が崩御された際に、一族として、どちらかを妃嬪に、そしてどちらかをその侍女として後宮に入れる話も出ていたとか。ただ、結果として、侍女ではなく美人と才人として後宮入りを果たしました」

「欧家も桑家もそれなりの大家だからね、両方ねじ込んだんでしょうね」


 麗孝の話では、どちらを美人にするのかでぎりぎりまで揉めていたようだけど。


「ええ。後宮入りした時期ですが、欧美人が後宮入りした十日後に桑才人が後宮入りしております」「待って、欧美人の方が先に後宮入りしたの?」

「はい」


 麗孝も、十日ほどの違いはあれど、ほぼ同時期に二人が後宮入りしたと言っていた。

 しかし、翠花は逆だと思っていたのだ。桑才人の方が先に後宮入りし、そのあとで欧美人が後宮入りした、と勘違いしていた。その方が自然だと思ったのだ。何故なら美人が入る前に、七人の定員の才人のうち六人はすでに後宮に入っていたから。

 別に、欧美人の方が先に後宮入りしたって、おかしいわけではない。

 だけどどうしてだろう、少しだけ引っかかる。


「桑才人は後宮入りしてから、欧美人に対して攻撃的な態度を取っていたようです。なんでも、本来自分がその宮に入る予定だった、とか。盗人、とか。呪われろ、とか。そのような言葉を使い罵っていたとか」

「どういうことかしら? 直前まで、桑儷杏が美人の、欧梓瑜が才人の立場で後宮入りする予定だったってこと?」

「それについてはわかりません。ですが、一族内で決められたことでしょうから、その可能性もあったのでしょうね」

「だけど最終的に欧梓瑜の方が美人として後宮入りすることになった。桑儷杏はそれに腹を立てて、欧美人に食って掛かっていたってことかしら」


 だとすると、欧美人が桑才人を恐れていたのもわかる気がした。命まで狙われていたのかはわからないが、桑才人に何かされるかもしれないという恐怖はあっただろう。


(でも、すごいわね。そんなにこの立場ってほしいものかしら? 言ってくれたらわたしの宮をあげたのに。……って、わたしの意志でどうこうなるものではないわね)


 決めるのは皇帝と重鎮と翠花の父である。

 美人の地位を譲るなんて言えば、林杏が眉をきりきりと吊り上げて怒るのは目に見えているので、冗談でも口に出してはいけない。


「そう考えるのが自然でしょう。女官たちも、欧美人の宮が燃えたと聞き、ついに桑才人が火を放ったのだろうと考えたそうです。ですので、焼け跡から桑才人の遺体が出たと聞いたときは驚いたと言っていました。てっきり欧美人が亡くなったと思ったようです」

「なるほどねえ」


 これだけ聞くと、桑才人の殺意を逆に利用して、欧美人が桑才人を亡き者にしたのではないかと疑ってしまう。だけど、欧美人には空き家に避難していたという証拠があった。侍女だけでなく宦官もそれを見ていたというのだから、その証拠は疑いようのないものだ。


「桑才人に敵はいなかったの?」

「そちらはまだ情報不足です。調べましょうか?」

「うん、お願い」


 わかりました、と可晴が頷く。

 可晴の情報は以上のようで、次に口を開いたのは明明だった。



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