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仙人皇帝のお気に入り  作者: 狭山ひびき


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最重要参考人の女 2

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「まったく、何を考えていらっしゃるのです! 主上のお見送りもしないなんて‼」


 麗孝(りきょう)がいなくなったので再び惰眠をむさぼっていると、間もなくして林杏(りんしん)がすっ飛んで来た。

 朝の見回りをしていたら麗孝が部屋から出てきて「妃は起こすな」と言って去って行ったので、林杏は心臓が止まりそうなほどに驚いたという。


「常々思っておりましたが、翠花(ついふぁ)様の心の臓には毛が生えていらっしゃるのですか⁉ それとも木の根でも絡みついておいでです⁉」

「毛も生えていないし根も絡みついてなんていないわよ。それよりも林杏、眠いから寝かせて……」

「寝かせて、ではございません! せっかく主上がお渡りになったのに、翠花様の怠惰さにあきれられて、きっともう二度とお通いには……」

「今夜また来るって言ってたわよ」

「……はい?」

「だからわたしは寝るわ。朝餉の時間になったら起こしてね。おやすみー」


 朝餉のあとは、桑才人を殺した犯人――現段階では、最重要参考人となる、第三者の女の手掛かりを探さなくてはならない。そして夜には麗孝に報告だ。忙しい一日になるのは目に見えているので、せめて今だけでものんびり――


「おやすみ、ではございません! 起きてくださいませ!」


 したかったのに、林杏に容赦なく布団をはぎ取られた。

 翠花から布団を奪い取った林杏は、寝台の上を見て怪訝そうに眉を寄せる。


「翠花様、つかぬことをお伺いいたしますが」

「なに?」

「昨夜、主上とは……何もなかったのですか?」

「何もって?」

「夜伽は、なさらなかったのですかと聞いているのです」

「よ……っ」

「よ、じゃありません。痕跡がどこにもないではないですか!」

「痕跡⁉」


 ひっと喉の奥で悲鳴を上げて固まる翠花に、林杏は容赦なく詰め寄る。


「まさか翠花様、主上を拒まれたとかおっしゃらないですよね?」

「こっ、こ、こ、拒んで……はない、わよ?」


 嫌だなーとは思ったけど、口に出して嫌とは言っていない。

 というか、本当にその時になったら、妃嬪の立場では拒めないことくらいわかっている。翠花が拒み、麗孝がそれを不快に思えば、最悪一族郎党罪に問われる。


「では主上は昨夜、何をしにいらっしゃったんですか」

「何って……」


 桑才人の事件の話をしに来たとは言えない。

 翠花はちょっと考え、無難に答えた。


「添い寝?」

「添い寝⁉」

「まあそういうことよ。今日も添い寝しに来るって。以上! おやすみ~」

「ですから、おやすみ、ではございません! 添い寝で終わったということは、つまるところ翠花様の魅力が足りないと言うことです! 外見はいいのに、中身がてんでダメだからきっと主上はあきれられたに決まっています!」

「てんでダメって、それはちょっとひどくない?」

「いいえ! わたくしは翠花様の筆頭侍女として、翠花様にゆくゆくは主上のお子を産んでいただきたいと願っております。できることなら皇后に……! せっかく主上がお通いになられるのですから、この機会に、ぜひとも主上のお心を射止めなくては‼」

「ええ~……」


 林杏の背後に、めらめらと燃える炎の幻覚が見える。


 翠花は皇帝の子もほしくなければ皇后にもなりたくない。変な使命を抱かないでほしい。

 このままだと、今日一日林杏に捕まって、作法だ愛嬌だ色気だと言われ続けるだろう。そうなれば外出できない。翠花は自分に掛けられた嫌疑を晴らすべく、桑才人殺害事件の重要参考人を探さなくてはならないのだ。逆立ちしたって身につかないだろう色気の講義を受けている暇はない。


 そこで翠花は、林杏に昨日の燃え滾る感情を思い出させることにした。


「ねえ林杏、このままだとわたし、桑才人殺害の犯人に去音かれないじゃない? 昨日、情報を集めて来るって言っていたけど、何か耳よりの話はあった?」


 拳を握り締めて小さく震えていた林杏は、はた、と動きを止めた。


「翠花様の容疑はまだ晴れていないのですか? 主上がいらしたのに?」

「主上が来たからって疑いが晴れるわけじゃないでしょう? むしろ、怪しいと思ったから監視しようと思って来たのかも……なーんて」

「なんですって⁉」


 林杏はくわっと目を見開いた。

 ここだ、と付け入る隙を見つけて、翠花は続ける。


「きっとそうよ。主上はわたしを疑っているのよ。だから、罪に問われる前に、何が何でも犯人を捜さなくてはいけないわ。だから、今日からわたしも、情報を集めようと思うの。死罪になんてなりたくないものね? ね?」

「その通りでございます」


 よし、と翠花は心の中で拳を握り締めた。これで本日の特別色気講義はなくなった。


「だから、昼に向けて英気を養うわ。じゃあ、おやす――」

「何を能天気な‼ 疑われている状況で休んでいる暇はございませんよ! 昨日、わたくしたちが集めた情報も何か役に立つかもしれません! 翠花様は、能天気で図太くて色気がなくて女性としてはいろいろ致命的ですが、頭だけはいいのですから! その唯一の取り柄である頭脳で、無事に容疑を晴らしてくださいませ!」


 あんまりな言いようである。

 そして、めらめらと新しい使命に燃えはじめた林杏が、朝餉までの短い惰眠を許してくれないのはわかった。翠花はがっくりと肩を落とす。


「はあ、わかったわよ。じゃあ、昨日集めた情報を、教えてくれる?」


 こうなればとっとと容疑を晴らして、毎朝惰眠をむさぼれる平穏な日常を一日でも早く取り戻してやると、翠花は心に決めた。




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