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第8話 貴族派の罠とガラスの靴

第8話 貴族派の罠とガラスの靴


朝からどんよりとした灰色の雲が王都の空を覆い、湿った冷気が窓の隙間から執務室へと忍び込んでいた。エラは襟元に小さな真珠のボタンが並んだ鶯色のウール天鵞絨のドレスを着ていたが、胸元がきつく締めつけられるように苦しく、何度も指先で鎖骨のあたりを触る癖が出ていた。執務机の上には、朝食にと運ばれてきたものの手つかずのまま冷え固まった羊肉のパイが置かれ、白い脂がパイ皮の縁に固まり、冷えた紅茶の表面には油膜が薄く浮いている。昨日の嵐のせいで部屋の隅に干された洗濯用の麻布からは生乾きの酸っぱい匂いが漂い、机の上に広げられた三種類の社交新聞の紙面には、大きな見出しが躍っていた。

「見ていられない。王家の権限ですべての発行所を即座に差し押さえ、印刷機を破壊して関係者を全員投獄させるべきだ!」


ヘンリーが濃紺の上着の袖を乱暴にまくり上げ、机を激しく叩いた。机上の冷えた紅茶が波打ち、羽ペン立てから古いインクの匂いが微かに立ち上った。紙面には、エラが舞踏会の夜に履いたガラスの靴は古の妖術で作られたものであり、王子はその魔力で正気を奪われて求婚させられたという荒唐無稽な噂が書き立てられていた。さらには、エラが正体不明の魔法使いと共謀して王位簒奪を企てていたとする偽造書簡の写しまで掲載されており、王都の広場では早くも不穏な動揺が広がっていた。

「お待ちください、ヘンリー。力ずくで新聞を差し止めれば、やましい事実があると自ら認めるようなものです。民衆の疑念を力で押し潰せば、かえって火に油を注ぎ、オルブライト侯爵たちの思う壺になってしまいます」


エラは立ち上がり、机の端に積まれた古い帳簿の山へ手を伸ばした。表紙にはかつて厨房でついた煤と指脂の跡が黒く残っており、めくるたびに古紙特有の埃っぽい匂いが鼻をくすぐった。妖術の噂を打ち消すには、感情的な否定ではなく、あの夜の出来事をすべて記録と数字で証明するしかない。

「あの舞踏会の夜に使われた貸し馬車の借用証書、仕立て屋が残した安物のドレスの納品伝票、そして王宮の門衛が記録した入退門の日誌をすべて突き合わせます。奇跡や魔法などではなく、実在する物と金が動いたただの一夜だったと証明してみせます」


そこへ、廊下から重い足音が響き、近衛兵に両腕を掴まれたアナスタシアが執務室へと引きずり込まれてきた。彼女が着ていたはずの豪奢な薔薇色の絹ドレスは裾が泥と埃で汚れ、袖口のレースは無残に引き裂かれていた。結い上げた髪からは櫛が外れ、首筋にはうっすらと赤い擦り傷がついていたが、その手には一枚の紙片が固く握りしめられていた。

「離しなさい、無礼者! このドレスがいくらしたと思っているの! エラ、あんたの顔を見に来たんじゃないわよ。これを受け取りなさい!」


アナスタシアは兵の手を振りほどき、握りしめていた紙片をエラの机の上へと叩きつけた。紙には上等な百合の透かしが入っており、微かに高価な白檀の香油の匂いが染みついていた。

「新聞に載った偽造書簡の原本よ。あんな不細工な偽の手紙に使われた羊皮紙とインク、どこで調達されたと思う? オルブライト侯爵家が贔屓にしている貴族街の高級文具店よ。店主の帳簿と紙の裁断面を照合する証拠を掴んだところで、侯爵の手下に泥棒扱いされて捕まったのよ。私一人なら逃げ出せたけれど、この紙を破られたらあんたの首が飛ぶと思って、わざとここまで引っ張られてやったのよ!」


エラは目を見張り、散らかった机の上の紙を手に取った。義姉の爪には黒い汚れがこびりつき、いつも入念に手入れされていた指先は小刻みに震えていた。かつて屋根裏部屋で自分を顎で使っていた頃の傲慢さは消えていたが、他人に頭を下げることを拒む強情な誇りだけがそこにあった。

「……アナスタシア、どうしてそこまで。あなた自身の身が危なかったのに」

「言ったはずよ、私はあんたが憎たらしくてたまらないけれど、あんたが妖女として処刑されたら私まで一族ごと首を刎ねられるのよ! それに、あの舞踏会の夜にあんたが着ていたのは、うちの物置にあった母のお下がりの古着を自分で縫い直した粗末なドレスじゃない! 魔法使いが用意した絢爛豪華なドレスだなんて大嘘を書かれて、一番腹が立っているのは私なのよ!」


その言葉に、部屋の隅で静かに見守っていたルシアン宰相が眼鏡の縁を直しながら前に進み出た。彼の黒い手袋の指先には、午前中に押収されたばかりの倉庫番の供述調書が挟まれていた。

「役者は揃いましたね。オルブライト侯爵は明日の枢密院の投票を待たず、今この瞬間に大広間で緊急の公開審問を開き、妃殿下を魔女裁判にかける構えです。逃げることは許されません」

「逃げたりいたしません。すべての証拠を持って、その審問へ参ります」


エラは力強く告げ、侍女に命じて保管庫からあの品を持ってこさせた。


王宮の大広間は、詰めかけた数百名の貴族たちと枢密院の議員たちで異様な熱気に包まれていた。演壇の中央には、黒と金の豪華な外套を羽織ったオルブライト侯爵が立ち、胸を張って居並ぶ一同を見下ろしていた。重厚なシャンデリアの蝋燭の煙が天井に淀み、貴族たちが使う様々な香水の匂いが混ざり合って息苦しいほどの空気を作り出している。

「皆様! 王家は今、素性の知れぬ平民の妖術によって乗っ取られようとしております! 一夜にして現れ、王子殿下の心を惑わしたあの『ガラスの靴』こそ、邪悪な魔女が作り出した呪いの道具に他なりません!」


侯爵が声を張り上げたその時、大広間の大扉が重々しい音を立てて開いた。入ってきたエラの手には、紫色のベルベットのクッションに載せられた、光を浴びて冷たく輝く一足のガラスの靴があった。ざわめきが一気に広がる中、エラは頭上に法典を載せて歩いたときと同じ、乱れのない足取りで証言台へと進み出た。

「オルブライト侯爵、あなたが恐れているのは靴の魔法などではなく、平民である私がこの王宮で成し遂げてきた仕事の数々ではありませんか」


エラは透き通るような声で広間全体を制した。侯爵の眉がピクリと跳ね上がった。

「何を戯言を! その靴そのものが人間業ではない証拠だ! ガラスで靴を作り、それを履いて踊ることなど、悪魔の加護なしにできるはずがない!」

「いいえ、この靴は魔法などではありません。ただの、極めて不完全で脆いガラスの細工です」

エラはクッションからガラスの靴を素手で持ち上げ、高々と掲げた。靴の内側、踵が当たる部分には、かつての舞踏会の夜についた微かな血の跡が、茶色く乾いて残っていた。

「この靴は重く、冷たく、少し歩くだけで足の皮を裂く凶器のような履物でした。私はあの日、みすぼらしい自分を隠し、背伸びをしてこの冷たい靴を履いて城へ参りました。王子殿下は、そんな私の外見と、階段に残された珍しい靴だけを手がかりに私を探し出しました。ええ、認めます。あの夜の私たちは、互いの本質も知らず、ただの夢と未熟な恋に浮かれていただけでした」


広間が静まり返り、貴族たちは息を呑んでエラの言葉に耳を傾けた。エラは靴を机の上にカツリと音を立てて置いた。

「ですが、結婚してからの私はどうだったでしょうか。私はこの宮殿で、一度たりともこの靴を履いて公務を行ったことはありません。帳簿を洗い、泥にまみれて慈善院の不正を暴き、市場の職人たちと手を携えて嵐の晩餐会を成功させました。私をこの国の王子妃として評価してくださるのなら、どうかこの靴ではなく、私が今日まで歩んできた足跡と、手帳に記された数字を見てください!」


「黙れ、口先だけの妖婦めが!」

侯爵が顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「貴様がどれほど弁明しようと、この偽造書簡にある通り、貴様が王位簒奪を謀っていた事実は消えん!」

「その手紙こそが完全な捏造です!」

証言台の横から、ヘンリーが凛とした足取りで進み出て、手にした分厚い書類の束を枢密院の長卓の上へと叩きつけた。

「その手紙に使われた特注の紙は、オルブライト侯爵、貴殿が先月文具店から買い占めた紙と透かしも裁断面も完全に一致した。さらに、王室倉庫の毒混入を自白した責任者の証言と、慈善院から横領された公金が貴殿の秘密口座を経由して外交妨害の工作費に流れていた送金記録もすべてここに揃っている!」


貴族たちからどよめきが沸き起こり、何人かの議員が立ち上がって書類を覗き込んだ。侯爵の顔から血の気がサーッと引いていき、唇が小刻みに震え始めた。ヘンリーはエラの隣に並び立ち、かつてないほど力強い眼差しで一同を見据えた。

「私はかつて、このガラスの靴を手がかりに彼女を選んだ。それは確かに、愚かで未熟な若者の恋だったかもしれない。だが今、あらゆる罠を乗り越え、民の暮らしを守るために泥を被って戦う彼女を、この王国になくてはならない妃だと判断するのは、他でもない王子としての私自身の意志だ!」


ヘンリーの宣言が大広間に響き渡った瞬間、ルシアン宰相の手招きによって近衛兵たちが一斉に踏み込み、逃げ道を失ったオルブライト侯爵を取り囲んだ。

「お、おのれ……! 放せ、私は侯爵だぞ! こんな平民の小娘の言動に騙されるな!」

取り乱して暴れる侯爵の腕に冷たい鉄の手錠がかけられ、衛兵たちによって引きずられていく靴音が遠ざかっていった。


審問が終わり、貴族たちが動揺を抱えたまま三々五々引き上げていく中、静まり返った大広間にエラとヘンリー、そしてマグダレーナの三人が残された。床には取り調べの際に散らばった羊皮紙の破片が落ちており、風でカサカサと乾いた音を立てていた。エラは机の上に置かれたガラスの靴を見つめ、張り詰めていた肩の力をゆっくりと抜いた。

「……終わったのね、ヘンリー」

「ああ。だが、本当の勝負は明日だ」

ヘンリーがエラの手をそっと握った。その手は温かく、かつてのようにただ甘く守るためではなく、共に重荷を背負う者の力強さがあった。そこへ、背筋を伸ばしたマグダレーナが静かに近づいてきた。彼女の手元には、明日行われる立太子の承認投票に向けた分厚い議事次第が抱えられていた。

「悪の芽は摘まれましたが、枢密院の頑迷な重臣たちの中には、依然として平民の妃を迎えることに不安を抱く者が残っております。エラ様、明日はあなたが真に一国の母たる器であるかを、すべての貴族に見せつける最後の戦いとなりますよ」


マグダレーナの厳格な声を聞きながら、エラは自らの足元を見つめた。靴底の革はすでに擦り減っていたが、その足はしっかりと宮殿の冷たい石畳を捉えていた。


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