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第6話 王子との衝突、そして深夜の厨房

第6話 王子との衝突、そして深夜の厨房


夜明け前、エラは右足のふくらはぎが硬く縮む痛みで目を覚ました。寝台の天蓋はまだ暗く、窓の隙間から入る風が、椅子へ掛けてあった薄桃色の部屋着の裾を揺らしている。声を出せば隣室の侍女を起こしてしまうため、エラは布団を蹴りのけ、両手で足の指をつかんだ。力を入れるほど筋が引きつり、踵から膝の裏まで一本の縄で縛られたようになった。


「どうして、こんなところまで作法を覚えようとするのよ」


誰に聞かせるでもなくつぶやき、エラは歯を食いしばって足首を伸ばした。寝台の反対側にはヘンリーの姿がなく、枕元へ「早朝の狩猟訓練へ行く。朝食には戻る」と書かれた紙が置かれている。紙の上には昨夜食べた胡桃の殻が一つ載り、インクが枕へ移らないための重しに使われていた。やがて足の硬さが少し緩むと、エラは寝台から降り、水差しの水を二杯続けて飲んだ。


午前五時の鐘が鳴り、リディアが洗面器を運んできた。エラは何事もなかった顔で椅子へ座ったが、足を床へつけるとふくらはぎがまた細かく震えた。今日用意された深紅のドレスには金糸で王家の百合が刺繍され、腰から下へ硬い布が何枚も重ねられている。午後の外交使節受け入れ会議に出るため、普段より強くコルセットを締めなければならなかった。


「息を吐いてくださいませ」


「もう吐いているわ」


「もう少しだけです」


「これ以上吐いたら、中身まで出てしまうわよ」


リディアは紐を引きながら、昨日も昼食を半分以上残していたと指摘した。夕食の魚料理も二口しか食べず、夜食のパンは机の上で石のように硬くなっている。エラは忙しくて食べる時間がなかっただけだと答えたが、リディアは寝台脇へ置かれた水差しが空になっているのを見て、夜中にまた足がつったのかと尋ねた。図星だったため、エラは鏡の前に置かれた髪飾りを数えるふりをした。


「紐を少し緩めてちょうだい。マグダレーナ夫人には内緒で」


「またでございますか」


「指一本分だけよ」


「昨日も指一本分とおっしゃいました。毎日一本ずつ緩めたら、来週にはコルセットが落ちます」


「落ちたら拾えばいいわ」


リディアは扉を確認してから、背中の結び目をわずかに戻した。胸へ空気が入り、エラはようやく肩を下げた。侍女は結び目の上へ飾り布をかぶせながら、今日は朝食を最後まで食べると約束するよう求めた。エラは返事の代わりに、鏡台へ置かれた干し葡萄を三粒つまんだ。


朝食室には温かな燕麦粥、焼いた腸詰め、林檎と胡桃の煮物が並んでいた。エラは粥へ蜂蜜を少し垂らし、匙を急いで動かしたが、四口目で扉が開き、書記官が慈善院の予算書を持ってきた。子供一人あたりの食料費について確認が必要だと言われ、エラは食事の横へ書類を広げた。蜂蜜をつけた指で頁をめくったため、予算書の隅へ丸い染みが残った。


「殿下、食卓で政務をなさってはいけません」


向かいへ座ったマグダレーナが、紅茶の蓋を閉じながら言った。彼女は朝から隙のない濃紺のドレスを着ており、白髪には銀の櫛を一本だけ挿している。エラは午前中に姿勢訓練、慈善院の臨時監査、午後に外交会議、夜には舞踏会があるため、今しか読む時間がないと答えた。マグダレーナは予算書を閉じ、粥の皿を指した。


「食べることも、王族の仕事です」


「食べている間に、誰かが数字を書き換えます」


「倒れたあとでは、数字を読むこともできません」


「倒れません。水桶を持って井戸と台所を何往復もしていたのですから」


「水桶を運ぶ者は、運び終えれば下ろせます。王冠は公務の途中で下ろせません」


エラは返事をせず、粥を口へ運んだ。冷め始めた燕麦は舌へまとわりつき、蜂蜜の甘さより粉っぽさが残った。マグダレーナが見ているため無理に飲み込んだものの、腸詰めへ手を伸ばす前に次の鐘が鳴った。エラは林檎の煮物をナプキンへ包み、予算書と一緒に鞄へ入れた。


午前の姿勢訓練では、王国法典を二冊重ねて頭へ載せた。深紅のドレスは裾が重く、階段を一段上るたびに腰を後ろへ引かれる。昨夜つった右足へ力が入らず、十四段目で本が一冊滑り落ちた。エラは足で受け止めようとしたが、マグダレーナの杖が先に本の下へ入り、床へ落ちるのを防いだ。


「花瓶のときにも申し上げました。何でも足で受け止めようとしないこと」


「本の角が床を傷つけます」


「床の傷は修理できます。殿下の骨は取り替えられません」


「私の骨より、このコルセットを取り替えてください」


「それは検討いたします」


いつもなら即座に却下する夫人が検討すると答えたため、エラは思わず顔を向けた。その拍子に残っていた法典も落ち、階段を三段滑って止まった。マグダレーナは床の本とエラの顔を交互に見たが、今日は最初からやり直せとは言わなかった。代わりに訓練を十分早く切り上げ、医師の診察を受けるよう命じた。


「必要ありません。次は慈善院の監査です」


「殿下の必要を決めるのは、今のところ私です」


「子供たちの食事は待ってくれません」


「殿下が一度横になったところで、慈善院の鍋が空になるわけではありません」


「すでに空に近かったのです」


エラは法典を拾い、自分で訓練室を出た。回廊の窓辺には雨で濡れた傘が何本も開いて干され、床へ落ちた水を年配の使用人が布で拭いている。その横を通り過ぎようとしたとき、右足がまた引きつり、エラは窓枠へ手をついた。使用人が椅子を持ってこようとしたが、エラは大丈夫だと断り、誰にも見られないうちに歩き出した。


慈善院の臨時監査では、厨房へ届いた豆と肉を一袋ずつ数えた。ルシアンが派遣した監査官たちは帳面を確認するだけだったが、エラは麻袋を開け、底に石が入っていないかまで確かめた。生成り色の作業用前掛けへ着替えていたものの、深紅のドレスの袖口には豆の粉がつき、髪にも倉庫の埃が積もった。昼食には子供たちと同じ豆の煮込みが出されたが、前回より肉が増えていることを確かめただけで、エラは匙を置いた。


「王子妃様、食べないの?」


隣に座ったマリーが、黒パンを煮込みへ浸しながら尋ねた。少女の爪にはまだ薄く染料が残っているが、今日は指先へ包帯が巻かれていた。エラは朝食をたくさん食べたからだと答えたものの、腹の奥が空洞のように冷えていた。マリーは自分の皿から小さな肉片を一つ取り、エラの皿へ移した。


「これ、柔らかいよ」


「あなたが食べて」


「今日はもう二つ入っていたから、一つあげる」


エラは肉片を返そうとしたが、マリーは先に自分の皿を抱えて逃げた。仕方なく口へ入れると、よく煮えた肉は舌の上でほどけ、薄い塩味がした。子供から食べ物を分けてもらっている自分が、誰かを救う王子妃に見えるとは思えなかった。エラは残りの煮込みも食べ、厨房へ子供一人につき肉を最低三切れ入れるよう、献立表へ書き足した。


午後の外交会議では、ベルンハルト王国から来訪する使節団の宿泊、警備、歓迎晩餐会について話し合われた。長机には地図と予定表が広げられ、端には冷めた珈琲と誰かが食べ残した胡桃菓子が置かれている。ルシアンはカーマイン運送商会を監視していることを伏せたまま、輸送経路を南門から西門へ変更する案を出した。オルブライト侯爵は余計な変更が隣国へ不信感を与えると反対し、エラの顔を一度も見ずに発言を続けた。


「輸送経路を変えなければならない理由を、明確にしていただきたい」


「南門へ続く橋の点検が必要です」


ルシアンが答えると、侯爵は橋の補修記録に問題はないと反論した。エラはアナスタシアの相関図と慈善院の帳簿を重ね、カーマイン商会へ流れた金について話したかったが、証拠が足りないため口を閉じた。黙っていれば慎ましい、話せば平民らしく勇ましいと笑われた晩餐会が頭をよぎった。膝の上で拳を握っていると、コルセットの骨が脇腹へ刺さり、息が浅くなった。


「エラ、大丈夫かい?」


隣に座るヘンリーが小声で尋ねた。彼は午前中の狩猟会から戻ったばかりで、青い礼装へ着替えていたが、襟元には松の葉が一本ついていた。エラが取ろうと手を伸ばすと、ヘンリーは自分で払い、少し疲れているだけだと思ったらしく笑った。そのあとすぐ、向かいの若い伯爵から昨夜の舞踏会の話を振られ、どの令嬢が三度続けて同じ相手と踊ったかを楽しそうに語り始めた。


会議が終わると、エラはヘンリーを自分の執務室へ連れていった。机には慈善院の予算見直し案、カーマイン商会の取引記録、アナスタシアから得た相関図の写しが積み上がっている。乾いたインクの匂いと、朝から置かれたままの林檎の煮物の甘い匂いが混ざり、窓際には洗って干した前掛けから水が垂れていた。エラは椅子へ座らず、商会とオルブライト侯爵を結ぶ線を指でたどった。


「慈善院から抜かれた金が、使節団の輸送を任された商会へ流れています。あなたにも調査へ加わってほしいの」


「ルシアンが調べているのだろう?」


「王子であるあなたが調べるから、意味があるのよ」


「私が直接動けば、オルブライト侯爵への政治的な攻撃と取られる。証拠が足りないうちに騒げば、立太子にも条約にも影響する」


「何もしなくても、すでに影響しています」


「何もしないとは言っていない。専門家であるルシアンへ任せるのが、一番確実だと言っているんだ」


ヘンリーは卓上の林檎の煮物を見つけ、朝から食べていないのかと尋ねた。エラは今は食事の話ではないと答え、使節団の倉庫責任者とカーマイン商会のつながりを示した。ヘンリーは書類へ目を通したが、噂をもとに王子が臣下を疑えば、王家そのものへの信頼を失うと繰り返した。慎重に動くという言葉が、ただ動かないための壁に聞こえた。


「慈善院の子供たちも、あなたが穏便に話し合うのを待っていたわ。その間に、食べ物を抜かれていた」


「だから臨時監査を認めただろう。君の予算案も検討させている」


「認めたのは、私が泥だらけの証拠を持ち帰ったあとです」


「君一人で何もかも背負う必要はない。私が君を守る」


ヘンリーがエラの肩へ手を置いた。けれども、その手の下には硬いコルセットと何枚もの布があり、体温は届かなかった。エラは夫の手を払い、背中の結び目へ指を入れた。息を吸うため、人前では決してしてはならない格好で紐を緩めると、ヘンリーが目を見開いた。


「何をしているんだ。侍女を呼ぼう」


「呼ばなくていい」


「顔色が悪い。今日は休んだほうがいい」


「今日だけ休めば、全部よくなると思うの?」


エラは深紅のドレスの襟元を引き、ようやく胸いっぱいに空気を入れた。朝食を残し、夜中に足をつり、泥のついた手帳を抱いて眠っていることを、ヘンリーは何一つ知らなかった。彼は狩猟会や舞踏会へ出ながら、自分も同じように宮廷生活を楽しんでいると思っている。エラが言葉を選んでいるうちに、ヘンリーは自分も王子として忙しく、遊んでいるわけではないと声を強めた。


「狩猟も舞踏会も、貴族との関係を保つための公務だ。君に分からない苦労が、私にもある」


「分からないのではないわ。あなたが話さないから知らないのよ」


「君だって、ここまで体調を崩していると言わなかっただろう」


「言ったわ。靴擦れのことも、晩餐会で囲まれたことも、慈善院のことも。あなたは毎回、気にしすぎだ、話し合えば分かる、ルシアンへ任せようと言った」


「君を争いへ巻き込みたくなかったんだ」


「私はもう巻き込まれているわ!」


エラの声が壁へ響き、窓辺に干していた前掛けが風で床へ落ちた。外にいた近衛兵が扉を開けかけたが、ヘンリーが入るなと命じた。机の端に置かれた林檎の皿がエラの袖へ当たり、床へ落ちて割れた。蜂蜜を吸った林檎が絨毯へ散り、甘い匂いが急に強くなった。


「王子という立場に守られてきたあなたには、分からないのよ。何もしないことも、誰かを守らないという政治的な選択になるの」


「私がどれほど君を守ろうとしているか、分かっていないのは君のほうだ。結婚を反対されても君を選んだ。王宮へ迎え、教師も侍女も警護も用意した」


「それが、あなたの考える『守る』なの?」


「君をあの家から救い出したのは私だ」


その言葉を聞いた瞬間、エラの指が止まった。割れた皿から流れた蜂蜜が靴先へ触れ、薄い革へ染み込んでいく。ヘンリーも口にしてから失敗に気づいたらしく、何か言い直そうとした。けれどもエラは手を上げ、続きを止めた。


「あなたが守っているのは私ではないわ。私を救った立派な王子である、あなた自身の物語よ」


「そんなつもりではない」


「つもりの話はしていないわ。私が今、どこに立っているのか見てほしいの」


エラは机の上の手帳を取り、部屋を出た。近衛兵とリディアが廊下で待っていたが、誰にもついてこないよう命じた。背中の紐が緩んだドレスは歩くたびにずれ、片方の袖が肩から落ちかけている。王子妃らしい姿ではなかったが、引き返して着替える気にはなれなかった。


深夜の宮殿は、昼間とは別の建物のように静かだった。大広間の水晶飾りから蝋燭は外され、長い廊下には夜警用の明かりが間隔を空けて灯っている。窓の外では細い雨が降り、樋から落ちる水が中庭の石を叩いていた。エラは人の気配を避けて使用人用の階段を下り、地下に近い厨房へ向かった。


厨房の扉を開けると、消えかけた竈から炭と焼いた脂の匂いが流れてきた。昼間は何十人もの料理人が動き回る広い部屋も、今は洗い終えた鍋が伏せられ、天井から玉葱と香草の束が吊るされている。調理台の端には翌朝のために水へ浸した豆の桶が置かれ、床では灰色の猫が魚の骨をかじっていた。猫はエラを見ると骨をくわえたまま棚の下へ逃げた。


「取らないわよ。私の食べ物を探しに来たの」


エラは食料庫を開け、布に包まれた黒パンを見つけた。端は乾いて硬く、指で押しても少しもへこまない。小刀で切ろうとしたが刃が滑ったため、両手で割り、冷えた山羊乳へ浸した。乳には薄い膜が浮いていたが、匙で端へ寄せ、柔らかくなったところからかじった。


屋根裏部屋で暮らしていた頃も、夜中に厨房へ忍び込んだことがあった。義母たちの夕食に出した肉料理の皿を洗い、鍋底へ残った脂を黒パンで拭って食べた。見つかれば叱られると分かっていても、空腹では眠れなかった。王宮の厨房には食べ物があふれているのに、今も人目を避けて硬いパンを食べていることがおかしく、エラは口元についた乳を手の甲で拭った。


「王子妃が食料庫へ忍び込むときは、せめて蝋燭をお持ちなさい。鼠と鉢合わせますよ」


背後から声が聞こえ、エラはパンを落としかけた。扉のところに、黒い外套を羽織ったマグダレーナが立っている。いつもの硬いドレスではなく、濃い灰色の部屋着に平らな革靴を履き、白髪も首の後ろで簡単に束ねていた。片手には蝋燭、もう片方には湯気の立つ小鍋を持っている。


「どうして、ここへ?」


「厨房係から、王子妃殿下が夕食を召し上がっていないと報告を受けました」


「食べています」


「山羊乳へ浸した昨日のパンを、食事とは呼びません」


マグダレーナは竈へ薪を一本入れ、小鍋を火へかけた。中には鶏肉と根菜の煮込みが入っており、温まるにつれて月桂樹と胡椒の匂いが立った。戸棚から欠けた陶器の皿を二枚出し、エラの前へ一枚置いた。公爵夫人が自分で鍋を混ぜる姿を見るのは初めてだった。


「眠れないとき、私もここへ参ります。料理人が余った煮込みを残してくれるのです」


「公爵夫人も、夜食を食べるのですか」


「人間ですから」


「朝は食べることも王族の仕事だとおっしゃったのに」


「公爵夫人は王族ではありません。それに、昼食を抜いた日は夜に補います」


マグダレーナは煮込みを皿へよそい、硬いパンを鍋の蓋で押しつぶして中へ入れた。エラは匙を受け取ったが、すぐには食べなかった。煮込みの表面に浮いた脂が蝋燭の光を揺らし、皿の縁には前に使った者がつけた細い傷が残っている。公爵夫人は向かいへ座り、自分の皿から人参を一切れ食べた。


「ヘンリーと話したの?」


「壁を隔てても聞こえました。王宮の扉は、見た目ほど音を防ぎません」


「私が悪いとお思いでしょう」


「声の大きさについては、殿下も王子も同じ点数です」


「そうではなくて……」


「食べながら話しなさい。煮込みが冷めます」


エラは鶏肉を口へ入れた。柔らかな身から温かい汁が出て、冷えていた腹へゆっくり落ちていく。昼にマリーからもらった肉片を思い出し、今度は皿へ残さないよう匙を動かした。半分ほど食べたところで、マグダレーナが自分の若い頃について話し始めた。


彼女は北部の小さな男爵家に生まれ、十八歳で王都の公爵家へ嫁いだ。北部訛りが強く、最初の晩餐会では魚料理の名を聞き間違え、腐った魚を所望したことになった。古いドレスの袖口を自分で直して着ていたため、貴婦人たちから「刺繍のできる公爵夫人」と笑われた。夫からは気にしなくてよいと言われたが、翌日にはその言葉まで茶会の冗談に使われた。


「公爵夫人にも、そのような頃があったのですか」


「生まれたときから白髪で杖を持っていたと思いましたか」


「少しだけ」


「明日の訓練を一時間増やしますよ」


エラは久しぶりに口元を緩めた。マグダレーナは表情を変えず、煮込みの中から月桂樹の葉を取り出して皿の端へ置いた。彼女は宮廷の言葉、服装、血統、食器の使い方を一つずつ覚え、二十年かけて王室筆頭儀典長になった。その間に仕えた先代王妃は、誰からも嫌われないことを何より大切にする人だったという。


「先代王妃は、貴族から税の免除を頼まれれば認め、軍から予算を求められれば渡し、民から食料を求められれば倉庫を開けました。一つずつ見れば、すべて親切な判断です」


「それなら、よい王妃だったのでは?」


「倉庫は空になり、税を免れた貴族は王家を軽んじ、軍は予算を使い切りました。最後には、彼女が何を命じても、どうせ誰かに反対されれば撤回すると誰も従わなくなったのです」


マグダレーナは匙を皿へ置いた。先代王妃の寝室には、各地から届いた陳情書が山のように積まれ、食卓には誰かへ譲るため手をつけなかった料理がいつも冷えていた。皆から愛されようとした結果、国を守るために必要な決断を下せなくなり、実権も信頼も失った。最後の冬、王妃は誰も訪れない離宮で、同じ灰色の部屋着を何日も着ていたという。


「私は、あの方をお守りできませんでした。正しい礼儀を教えるだけで、断る方法を教えなかったからです」


「だから、私に厳しくするのですか」


「あなたを慰めるために話しているのではありません。王宮では、よい人であることと、よい統治者であることは同じではないと伝えているのです」


「ヘンリーは、誰も傷つけたくないのだと思います」


「それによって誰が傷つくかを見ないなら、親切とは呼べません」


厨房の隅で、灰色の猫が魚の骨を落とした。乾いた音が床へ響き、二人は同時にそちらを見た。猫は骨を拾わず、水桶の陰へ移って前足を舐め始めた。マグダレーナは残った煮込みをエラの皿へ少し足し、自分の外套の留め金を直した。


「私は、どうすればいいのでしょう」


「それを私に尋ねるうちは、まだ王妃ではありません」


「では、何のために来たのですか」


「明日も午前五時から訓練だと伝えるためです」


「今日くらい、休ませてくださらないの?」


「王宮で生き残りたいなら、おいでなさい。逃げたいなら、今夜のうちに馬車を用意します」


エラは匙を持ったまま、マグダレーナを見た。夫人の声には同情も励ましもなく、選択だけが置かれている。窓のない厨房には雨音も届かず、竈で割れる薪の音と、小鍋の蓋が湯気で鳴る音だけが続いた。エラは皿に残った煮込みをすべて食べ、硬いパンで汁まで拭った。


「明日、行きます」


「では、今夜は眠りなさい。コルセットを締めたまま寝てはいけません」


「緩めたことを知っていたのですか」


「背中の飾り布が曲がっています。リディアの仕業でしょう」


「彼女を叱らないでください」


「殿下に食事をさせなかったことと相殺します」


マグダレーナは立ち上がり、二人分の皿を流しへ運んだ。エラが洗おうとすると、今日は料理人の仕事を奪わないよう止められた。それでもエラは小鍋へ水を張り、焦げつかないよう竈から下ろした。厨房を出る前に、灰色の猫へ魚の骨を返してやると、猫は一度だけ尻尾を振った。


寝室へ戻ると、ヘンリーはいなかった。床に落ちた林檎と割れた皿は片づけられ、絨毯には蜂蜜を拭いた濡れた跡だけが残っている。卓上には温め直した湯と、ヘンリーが外した金の飾りボタンが一つ置かれていた。エラは深紅のドレスを脱ぎ、紐の緩い白い寝巻きへ着替えると、足元へ枕を入れて横になった。


翌朝、鐘が五回鳴ると、エラは法典を二冊抱えて訓練室へ向かった。ふくらはぎにはまだ鈍い張りが残っていたが、リディアが作った蜂蜜水を飲み、朝食の黒パンと卵を最後まで食べてきた。今日は歩行訓練用の濃緑色のドレスを着て、コルセットも昨日より指一本分緩めてある。訓練室の扉を開けると、いつもはない男性用の革靴が入口へ置かれていた。


部屋の中央には、白いシャツと黒いズボン姿のヘンリーが立っていた。礼装の上着も勲章もつけず、寝癖の残る金髪を手で押さえている。彼の頭上には王国法典が一冊載っていたが、角度が悪く、右へ大きく傾いていた。マグダレーナは杖を持ち、容赦なく彼の肩を叩いて位置を直している。


「顎が上がりすぎです、殿下。王になる者が天井ばかり見ていては困ります」


「この本は、こんなに重かったのか」


「昨日、エラ殿下は二冊載せておられました」


「二冊?」


ヘンリーがエラへ顔を向けた瞬間、法典が床へ落ちた。拾おうと腰を曲げると、マグダレーナから王子が法典へ尻を向けてはならないと注意され、立ち上がれば今度は本を放置するなと叱られた。エラは扉の前で立ち止まり、何をしに来たのか尋ねた。


「今日の狩猟会は?」


「断った」


「舞踏会の打ち合わせは?」


「午後へ移した」


「どうして?」


ヘンリーは床の法典を両手で拾い、埃を袖で拭った。昨夜はルシアンの執務室へ行き、慈善院の帳簿とカーマイン商会の資料を夜明けまで読んだという。王子として動けば政治問題になるという自分の言葉は間違いではないが、動かないことも同じように政治的な判断だったと認めた。エラが見ているものを知らないまま守ると言ったことについても、謝った。


「君を救ったという言葉は、取り消せない。口にした事実も、君を傷つけた事実も残る。でも、あの夜に君を見つけたことだけで、夫としての仕事を終えたつもりになっていた」


エラはすぐに返事をしなかった。窓辺には昨日の刺繍枠がまだ置かれ、青い小鳥の翼だけが完成している。暖炉脇の小卓には、料理人が届けた蜂蜜入りの焼き菓子と温かな乳が二人分並んでいた。ヘンリーの目の下には薄い隈があり、白いシャツのボタンは一つ掛け違えている。


「だから、私も王になる教育を最初から受け直す。君が何をさせられてきたか、自分でやってみる。慈善院と商会の調査にも、今日から加わる」


「一日で嫌になって、狩猟へ戻るかもしれないわ」


「そのときは、法典を三冊に増やしてくれ」


「その必要はありません」


マグダレーナが二冊目の法典をヘンリーの頭へ載せた。重さに耐えきれず、王子の膝がわずかに曲がった。エラは笑いそうになったが、夫人から自分も早く位置につくよう命じられ、隣へ並んだ。二人の頭上へ同じ本が載せられ、目の前には三十二段の大階段が続いている。


「お二人とも、笑顔をお忘れなく。王族は立っているだけでも、臣民へ安心を与えなければなりません」


「この状態で笑う人は、何が楽しいのでしょう」


エラが第2話と同じ言葉を口にすると、ヘンリーが横で吹き出した。その拍子に二冊の法典が一度に落ち、階段を滑っていった。マグダレーナの杖が床を強く鳴らし、訓練室の空気が引き締まった。


「ヘンリー殿下は最初からやり直しです。エラ殿下は笑わせた責任として、一冊追加いたします」


「私までですか」


「国を二人で背負うとお決めになったのでしょう。責任もお二人でお持ちなさい」


エラとヘンリーは顔を見合わせた。昨夜の言葉も、割れた皿も、絨毯へ染み込んだ蜂蜜も消えてはいない。それでもヘンリーは逃げずに法典を拾い、もう一度エラの隣へ立った。午前五時半の鐘が鳴ると、二人は同時に最初の一段へ足をかけた。


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