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第2話 頭上の辞書と硬直のドレス

第2話 頭上の辞書と硬直のドレス


翌朝、午前五時の鐘が鳴る前に、エラは踵の痛みで目を覚ました。寝台の下から昨日の絹靴を引き出すと、内側についた血が茶色く乾き、靴底には舞踏訓練で踏んだ白い粉が残っていた。窓の外では細い雨が降り、屋根から落ちる雫が一定の間隔で石の縁を叩いている。寝台の反対側には今日もヘンリーの姿がなく、枕元には彼が急いで飲んだらしい水の杯と、半分に割れた胡桃が一つ置かれていた。


「殿下、お目覚めでございますか」


扉の向こうから侍女長の声が聞こえ、エラは絹靴を寝台の奥へ押し込んだ。昨日、床の血痕を絨毯で隠してくれた若い侍女も、湯の入った洗面器を抱えて入ってきた。エラが名前を尋ねると、娘は驚いて洗面器を傾け、湯を床へ少しこぼした。侍女長が布を取りに行こうとしたため、エラは寝台脇にあった古いタオルをつかんだ。


「私が拭きます。あなたのお名前は?」


「リディアと申します、殿下。ですが、床は私が拭きます」


「二人で拭けば半分の時間で済むでしょう」


「マグダレーナ様に見つかれば、二人とも倍の時間を叱られます」


リディアが小声で答えたため、エラはタオルを渡して椅子へ座った。今朝用意されたのは、深い葡萄色のドレスだった。厚い生地には黒い蔓草模様が縫い込まれ、腰から下へ布が幾重にも重なっている。侍女たちが鯨骨入りのコルセットを巻き、背中の紐を左右から引くと、肋骨の内側まで押し縮められたようになった。


「もう少し緩めてください。これでは朝食が入りません」


「本日は姿勢矯正がございますので、昨日より指一本分だけ締めるよう指示されております」


「その指を入れる場所も残っていないと思うわ」


「息を吐いてくださいませ。そうすれば、もう少し締まります」


「息を吐いたら、次は吸わなくてはいけないでしょう」


侍女たちは顔を見合わせたが、誰も紐を緩めなかった。エラは両手を椅子の座面につき、胸の上だけを使って浅く息を吸った。屋根裏部屋で暮らしていた頃、冬用の毛布を紐で縛って小さくまとめたことがあるが、今朝は自分がその毛布になったようだった。結び目が作られると、リディアは申し訳なさそうに背中を撫で、見えない場所へ柔らかな布を一枚挟んでくれた。


朝食室には、焼いた黒パン、山羊の乳で煮た燕麦粥、塩漬け肉と玉葱の炒め物が並んでいた。エラは昨日の失敗を繰り返さないよう、合図が出るとすぐに粥を口へ運んだ。温かな乳の匂いに混じって、焦げた玉葱の甘い香りが漂っている。しかし三口食べたところでコルセットが腹へ食い込み、粥が喉の下で止まっているように感じられた。


「リディア、この黒パンを布に包んでおいてくれる?」


「お持ち帰りになりますか」


「休憩のときに食べます。昨日、時間内に必要な量を食べる方法を覚えなさいと言われたもの」


「飲み込みの早い生徒で結構です」


いつの間にか入室していたマグダレーナ公爵夫人が、杖の先で床を一度鳴らした。今日の彼女は暗緑色のドレスを着ており、胸元には小さな鍵の形をした銀の飾りを留めている。エラは反射的に立ち上がろうとしたが、椅子の脚へドレスの裾を絡ませた。マグダレーナは挨拶を返す前に、その動きを最初からやり直すよう命じた。


「おはようございます、公爵夫人。今日の最初の授業は何でしょう」


「姿勢矯正です。王族は立っているだけでも、臣民へ安心を与えなければなりません」


「座っている私には、黒パンが安心を与えてくれています」


「その黒パンは没収いたしません。ですから、五分以内に召し上がりなさい」


エラは包みかけていたパンを急いでちぎり、燕麦粥へ浸して食べた。マグダレーナは急かしながらも、昨日のように匙を何度も止めることはしなかった。エラが最後の一切れを飲み込むと、夫人は銀時計を確認し、予定より四十秒早いと告げた。それが褒め言葉なのかどうか尋ねる前に、エラは姿勢訓練室へ連れていかれた。


訓練室の中央には、背もたれのない椅子と、分厚い本が十冊積まれていた。最も大きな本には『王国法典・改訂第七版』と金文字で記され、角の革は擦れて白くなっている。窓辺には前の生徒が置き忘れたらしい刺繍枠があり、完成しかけた青い小鳥の横から、針に通した糸が長く垂れていた。暖炉では薪が湿った音を立て、煙に混じって古い紙と革の匂いが部屋へ広がっている。


「これをお読みになるのですか」


「いいえ。まずは頭へ載せます」


「法律は頭に入れるものだと聞いていましたが、載せるものでもあるのですね」


「口を閉じれば、落とさずに済むでしょう」


マグダレーナは王国法典を持ち上げ、エラの頭へ載せた。本の重みで首が沈みそうになったが、顎を引くと背表紙が前へ滑り、顎を上げると後ろへ傾く。ようやく釣り合う位置を見つけたところで、部屋の端まで歩くよう命じられた。エラが一歩踏み出すと、長い裾が足首へまとわりつき、法典は絨毯の上へ鈍い音を立てて落ちた。


「落としました」


「見れば分かります」


「では、拾ってください」


エラは腰を曲げようとしたが、コルセットが腹へ食い込み、床まで手が届かなかった。片膝をつこうとすると、マグダレーナから王子妃が本へ跪いてはならないと止められる。結局、リディアが拾い、埃を布で拭いてから再び頭上へ載せた。二度目は三歩、三度目は五歩進んだものの、扉の外で食器を落とす音がすると、驚いて顔を向けた拍子に本がまた落ちた。


「殿下は、音がするたびに振り返るおつもりですか」


「皿が割れたと思ったのです」


「王宮では毎日、何かしら割れます」


「それでは、食器代が大変ですね」


「まずはご自分の姿勢をご心配ください」


一時間後、エラは法典を載せたまま部屋を一周できるようになった。ところがマグダレーナは、今度は大階段を上り下りすると告げた。エラは冗談だと思ったが、夫人は本を頭へ載せたまま扉を開けて待っている。回廊には朝の掃除を終えた使用人たちが並び、誰も見ていないふりをしながら、エラの頭上を確かめていた。


大階段は三十二段あり、中央には赤い絨毯が敷かれていた。エラは裾を踏まないよう膝を少し高く上げ、足裏で段の端を探しながら上った。水桶を二つ持って裏庭の石段を上った経験なら何千回もあるが、あのときは背中を丸め、桶の重さに合わせて体を前へ傾けることができた。今は両手を腰の前で重ね、肩を動かさず、口元に微笑みまで作らなければならない。


「七段目です。顔が引きつっています」


「笑いながら階段を上る人は、何が楽しいのでしょう」


「楽しいから笑うのではありません。相手を不安にさせないためです」


「私は今、自分自身をとても不安にさせています」


十三段目で息が続かなくなり、エラは立ち止まった。コルセットの内側に汗がたまり、背中を細い虫が這うように流れていく。大きく息を吸おうとしても胸が途中までしか広がらず、廊下の壁が近づいて見えた。法典が傾き、エラの体も後ろへ揺れたが、マグダレーナが腕をつかんで支えた。


「窓を開けなさい」


「公爵夫人、少し休ませてください」


「新鮮な空気は入ります。続けなさい」


リディアが階段脇の窓を開けると、雨上がりの冷たい風が吹き込み、濡れた土と馬小屋の干し草の匂いが流れてきた。エラは鼻から短く息を吸い、震える膝へ力を入れた。マグダレーナは法典を載せ直し、手を離した。エラは残りの十九段を、一段ずつ数えながら上った。


最上段へ着いたとき、通りかかった侍従が壁際の花台へぶつかった。白い陶器の花瓶が傾き、飾られていた百合から水がこぼれた。エラは考えるより先に右足を伸ばし、花瓶の底を靴の甲で受け止めた。頭上の法典は落ちたが、花瓶は割れず、百合も一本が絨毯へ転がっただけだった。


「間に合いました」


「法典は落ちました」


「花瓶は落ちませんでした」


「殿下が足を傷めたら、花瓶を何百個買えると思っているのです」


マグダレーナは花台を壁から少し離し、人が通る幅を測るよう侍従へ命じた。エラは花瓶を救ったことくらい褒めてもらえると思い、濡れた靴の甲をハンカチで拭いた。しかし夫人は、宮廷で求められるのは落ちた花瓶を受け止める器用さではなく、最初から花瓶が落ちない配置を考える力だと告げた。侍従の顔が青ざめたため、エラは自分も通路の狭さに気づかなかったのだから一人だけを叱らないでほしいと頼んだ。


「でしたら、午後までにこの回廊の家具配置を見直しなさい。殿下ご自身で」


「私が考えてもよいのですか」


「口を出す以上、責任もお持ちなさい」


昼食には、白身魚の香草焼き、豆のスープ、焼いた蕪が出された。エラはコルセットを指一本分だけ緩めてもらい、朝より多く食べることができた。白身魚には檸檬が添えられていたが、厨房で働いていた頃は、貴族が果汁だけを使ったあとの皮を砂糖で煮て菓子にしていた。皿の端へ残った檸檬を見ていると、侍女が下げようとしたため、エラは皮を厨房へ回すよう頼んだ。


「王子妃殿下のお皿の残りを、料理に使うのでございますか」


「果肉には触れていないわ。皮を細く刻んで蜂蜜で煮れば、冬まで持つでしょう」


「料理長が許すかどうか……」


「では、私から頼みます。捨てるよりおいしいほうがいいもの」


向かいに座るマグダレーナは何も言わなかったが、給仕係へ檸檬を別の小皿へ移すよう命じた。昼食後、エラは貴族名鑑を抱え、王室図書室へ入った。午前中に頭へ載せていた法典よりは薄かったが、それでも両手で持たなければならないほど重い。机の上には前日にヘンリーが読んだらしい狩猟雑誌が開いたまま置かれ、頁の間に乾いた肉を挟んだパンの欠片が落ちていた。


貴族名鑑には、一族ごとに名前、爵位、領地、婚姻関係が細かな文字で並んでいた。同じ名前を何代にもわたって使う家が多く、父と息子と甥が全員アルベルトという一族まである。エラは三十分で額を机につけたくなったが、マグダレーナが背後にいるため、指で眉間を押すだけにした。名前だけを唱えても、次の頁をめくる頃には前の一族が頭から抜けていった。


「オルブライト侯爵の長女の嫁ぎ先は?」


「グレンヴィル伯爵家です」


「それは次女です」


「では、長女がウェストン子爵家です」


「それは侯爵の姉です」


「同じ家で、よくこれほど似た名前をつけられますね」


「由緒ある名を受け継ぐことは、貴族の誇りです」


「呼ばれたとき、全員が振り向きそうです」


マグダレーナが休憩のため席を外すと、エラは名鑑を閉じた。窓辺には、昨日の雨で湿った書類が紐に吊るされており、司書が小さな扇で風を送って乾かしている。エラはその紐を見て、家々の関係を名前だけでなく、別のものと結びつければよいのだと思いついた。侍女に大きな紙と、赤、青、緑、黄色のインクを頼み、各貴族の情報を書き始めた。


海沿いの領地は青、穀物を多く産する領地は黄色、鉱山を持つ家は灰色で囲んだ。婚姻関係は赤い線、借金は黒い点線、王室から役職を与えられた者には緑の印をつけた。貴族名鑑だけでは分からない税収や特産品は、地理書と過去の収支報告書から拾った。紙の端には、昼食の豆スープから飛んだ薄い染みがついたが、エラは拭かずに、その上へ小さく「北部、豆類」と書き足した。


「何をしているのです」


戻ってきたマグダレーナは、机いっぱいに広がった紙を見て眉を寄せた。エラは叱られる前に、オルブライト侯爵家を指した。侯爵の長女は港を持つグレンヴィル伯爵家へ嫁ぎ、姉は鉄鉱山を持つウェストン子爵家へ嫁いでいる。名前で覚えようとすると混乱するが、海と鉄をつなぐ一族だと思えば忘れないと説明した。


「貴族を商品で覚えるおつもりですか」


「人の顔と名前だけでは、何を守り、何を欲しがっているのか分かりません。でも、この表なら、誰と誰が手を組むか考えられます」


「婚姻には愛情や伝統も関わります」


「もちろんです。けれど、借金がある家の娘が、裕福な家へ続けて嫁いでいるのは偶然でしょうか」


マグダレーナはすぐには答えず、黒い点線で結ばれた三つの家を見つめた。そのとき、図書室の扉が開き、黒い上着を着たルシアン宰相が書類の束を抱えて入ってきた。彼の袖には白い蝋が一滴つき、右手の人差し指にはインクが染み込んでいる。昼食を取る暇がなかったのか、書類の上には林檎が一つ載っていた。


「公爵夫人、王室費の四半期報告書をお返しします。そちらは何ですか」


「殿下が貴族名鑑を覚えるために、お作りになった表です」


「これは、覚えるためだけの表には見えませんが」


ルシアンは林檎を机へ置き、エラの許可を待たずに表をのぞき込んだ。青や黄色の囲みを目で追い、オルブライト家から伸びる線の上で指を止める。エラは勝手に宮廷の書類を使ったことを責められるかと思い、豆スープの染みを袖で隠そうとした。しかし宰相は染みではなく、その隣に積まれた支出報告書を手に取った。


「数字にも目を通されたのですか」


「特産品を調べているときに、同じ綴じ紐でまとめられていました」


「では、一つ伺いましょう。王宮で一週間に使われる蝋燭の代金は、いくらが妥当だと思われますか」


「どの蝋燭ですか。蜜蝋と獣脂では値段が違います」


ルシアンの眉がわずかに上がった。エラは机の下段から王室費の報告書を出し、蝋燭代の頁を開いた。請求書には、蜜蝋の大燭台用が二千本、私室用が三千本、使用人区画の獣脂蝋燭が四千本と記されている。昨夜、寝室で燃えていた本数と廊下の燭台を思い出しながら、エラは指で数字を追った。


「舞踏会が毎晩あったとしても多すぎます。昨日の大広間には大燭台が十二基あり、一基に二十本でした。予備を含めても一晩三百本ほどでしょう」


「王宮には大広間以外の部屋もあります」


「はい。でも、昼間は窓を開けていますし、使っていない部屋の燭台には埃が積もっていました。それに、使用人区画では獣脂蝋燭を半分に切って使っています。厨房にいた頃、一本を三晩持たせるよう言われていました」


「請求書の数字が誤っていると?」


「毎週、舞踏会一晩分ほどが余計です。倉庫に残っていなければ、誰かが外へ持ち出していると思います」


ルシアンは請求書を光へかざし、納入業者の印章を確かめた。エラは自分の指先についた黄色いインクを布で拭きながら、舞踏会の踊り方はまだ知らないと前置きした。けれども、屋根裏部屋では蝋燭を一刻長く使っただけで叱られたため、その値段と燃える時間だけは忘れたことがなかった。


「舞踏会の踊り方は知りません。でも、蝋燭が一晩で千本も消えないことは分かります」


図書室が静かになり、紙を乾かしていた司書の扇の音だけが聞こえた。ルシアンは褒めも笑いもせず、請求書と納入記録を抜き取って自分の書類へ挟んだ。それからエラが作った表をもう一度眺め、豆スープの染みの横へ小さく記された北部の収穫量まで確認した。林檎を机へ置いたまま、彼は公爵夫人へ一礼して扉へ向かった。


「宰相閣下、林檎をお忘れです」


「差し上げます。数字を読むと腹が減るでしょう」


「いまのは、合格という意味でしょうか」


「ただの林檎です」


ルシアンが立ち去ると、エラは林檎を手に取った。表面には運ぶ途中でついたらしい小さな傷があり、磨かれてもいない。ドレスの袖でこすると赤い皮が光り、甘酸っぱい匂いがした。エラは半分をリディアへ渡そうとしたが、マグダレーナから王子妃が食べかけを侍女へ与えてはならないと止められたため、最初から厨房で二つに切ってもらうことにした。


夕方の姿勢訓練では、エラは王国法典を頭へ載せたまま階段を十六段上った。十七段目でくしゃみをして本を落としたが、午前中のように後ろへ倒れはしなかった。マグダレーナは床の本を見たあと、今日はここまでだと告げた。エラが驚いて顔を上げると、公爵夫人は明日から本を二冊に増やすため、早めに休ませるだけだと付け加えた。


「一冊で法律を守れない者が、二冊で守れるのでしょうか」


「口を動かす余裕があるなら三冊でもよろしいですよ」


「一冊で十分です」


寝室へ戻ったエラは、リディアに頼んでコルセットを緩めてもらった。紐がほどけると胸へ一気に空気が入り、同時に腹が鳴ったため、二人は顔を見合わせて笑った。夕食には牛肉と根菜の煮込みが出され、昼の檸檬の皮を蜂蜜で煮たものも、小さな皿に載っていた。料理長からの伝言には「捨てるよりはましでした」とだけ書かれていたが、口へ入れると甘さのあとにほろ苦さが残り、エラは残りを明日の黒パンと一緒に食べることにした。


その夜、ルシアンの執務室では、消えかけた蝋燭が一本だけ燃えていた。机にはエラが指摘した請求書と、王宮倉庫の在庫記録が並び、冷めた茶には薄い膜が張っている。帳簿を照合した書記官は、納入されたはずの蜜蝋蝋燭が毎週八百本から千二百本ほど不足していると報告した。ルシアンは羽根ペンの先を整え、王宮納入業者と倉庫責任者を秘密裏に調べるよう命令書へ記した。


「王子妃殿下には、まだ知らせないのですか」


「知らせれば、あの方は自分で倉庫へ行くでしょう」


「行かれそうですね」


「だから知らせないのです」


書記官が命令書を持って退出すると、ルシアンは机の隅に残っていた林檎の葉を指でつまんだ。平民育ちの娘が王宮へ入れば、礼儀を知らず、政治の飾りにしかならないと考えていた。しかし、その娘は二日目にして、何年も見過ごされてきた支出の穴を見つけた。ルシアンは新しい蝋燭へ火を移さず、残った短い芯が燃え尽きるまで、暗くなっていく請求書を見つめていた。


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