第四章 隣に立つ者
国王の執務室に入ると、書類の積まれた机の向こうに父が座り、その傍らで母が待っていた。
普段なら控えている侍従や文官たちの姿はなく、室内にいるのは三人だけだった。何か大切な話があるのだと察したモーゼスは、扉が閉まるのを待って深く頭を下げた。
「お呼びと伺いました」
「ああ。まずは座りなさい」
父に促され、机の前の椅子へ腰掛けると、母が笑みを向けた。
「ヴァレリアと一緒の授業が始まったそうですね」
「はい」
先ほどまでの授業を思い出し、モーゼスは声を弾ませた。
「川の橋が壊れたとき、どうすればいいのかをふたりで考えました」
「どんな橋だったのですか?」
母に尋ねられ、モーゼスは地図に描かれた川や両岸の町と村、薬や作物が運べなくなった状況を話し始めた。
「ぼくは、水が引いたらすぐに職人を集めて橋を直すと言いました。橋さえ直れば、また人も荷車も通れますから」
「それで、答えは決まったのですか?」
「いいえ。ヴァレリアが、完成まで十日もかかったら病人が薬を待てないって言ったんです。だから船で運ぶことにしました。でも船頭が対岸にいたので、上流の別の橋を渡って来てもらうんです」
父は黙って続きを促した。
「ぼくは壊れた橋に人が近づかないよう、両側に役人を置くことも考えました。ヴァレリアは、運べなくなった作物をどうするか考えたんです。傷みやすいものは船で運んで、麦は倉庫へ入れて、余ったものは領主の許しをもらって村へ分けるって」
「ずいぶん多くの答えが出たのですね」
「はい。ぼくが考えていなかったことをヴァレリアが言うし、ヴァレリアが考えていなかったことをぼくが見つけたんです」
モーゼスは嬉しそうに笑った。
「またヴァレリアと一緒に学べますか?」
母は父と目を合わせ、頷いた。
「これからは、ふたりで学ぶ機会が増えるでしょう」
「本当ですか?」
「ああ。だからこそ、その前にお前へ話しておかなければならないことがある」
父の声が変わり、モーゼスも背筋を伸ばした。
「ヴァレリアはいずれ王位に就く。そのために幼い頃から学んでいる」
ヴァレリアが王となり、自分はその隣に立つ。それは物心ついた頃から聞かされてきた話だった。
「そしてお前は、ヴァレリアと婚姻を結び、王配として隣に立つことになる」
「分かっています」
モーゼスにとって、それは疑ったことのない未来だった。
「だが、王配とは王の後ろに控え、言われたことだけを行う者ではない。国の現状を知り、王の考えを聞き、必要であれば自らの意見を述べる。それがお前の役目だ」
母も言葉を添えた。
「ヴァレリアが病に倒れたときや、子を宿して政務を執れないときには、あなたが代わりに差配することもあります」
「ぼくが国を治めることもあるのですか?」
「ええ。そのためにも、あなた自身が国を知らなければなりません」
モーゼスはしばらく考え、父を見た。
「今日の授業みたいに、ヴァレリアと違うことに気づいてもいいのですか?」
「もちろんだ」
父は即答した。
「お前がヴァレリアと同じことしか考えられないのなら、隣に立つ意味はないだろう」
モーゼスの目が大きくなった。
「じゃあ、ぼくがたくさん学べば、ヴァレリアが気づかなかったことも見つけられますか?」
「そうだ。そのために、お前も学ぶのだ」
父の言葉に、モーゼスの胸が弾んだ。
もっと多くのことを知れば、今日のように自分の考えがヴァレリアの役に立つ。これまで学んできた歴史も政治も、そのために必要なものだったのだ。
「ただし、モーゼス」
母が呼びかけた。
「自分の考えだけが正しいと思ってはいけませんよ。今日、ヴァレリアの言葉を聞いたから、あなたも別の方法を考えることができたのでしょう?」
「はい」
「それを忘れないでください」
モーゼスは大きく頷いた。
「ぼく、頑張ります」
母が微笑み、父も頷いた。
「その意欲を忘れず、励みなさい」
深く一礼して執務室をあとにしたモーゼスは、廊下を歩きながら父の言葉を思い返した。
もっと国のことを知れば、ヴァレリアが気づかなかったことも見つけられる。
モーゼスはそう信じて疑わなかった。




