第二章 はじめてのおべんきょう
陽射しがレースのカーテンを金色に染める頃、まだ眠たそうなヴァレリアは、侍女に促されるまま鏡の前へちょこんと腰を下ろした。
髪を梳かれる間はじっとしていなければならず、いつもは少し苦手な時間だったが、今日は違った。淡い水色のドレスに白いリボン、胸元の小さな刺繍までいつもより立派に見えて、ヴァレリアは目を輝かせた。
「きょうは かわいい おようふくです!」
「今日は特別な日ですから」
侍女がくすりと笑った。
支度を終えて部屋を出ると、公爵はすでに廊下で待っていた。
「おとうさま!」
「よく似合っている」
大きな手で頭を撫でられ、ヴァレリアはくすぐったそうに笑いながら父の手を握った。
馬車が石畳を鳴らして王都を進み始めると、ヴァレリアは窓へ顔を近づけ、流れていく街並みに夢中になった。
ふいに鼻をひくつかせ、父の袖をちょんと引いた。
「おとうさま、パンの においが します!」
窓の外には、焼きたてのパンを並べ始めたばかりの店が見えた。
「朝ご飯は食べただろう」
「でも、おいしそうです」
公爵は笑みをこぼした。
これまでも何度も通った道だった。王妃である伯母を訪ね、モーゼスと庭を駆け回っては遊び疲れて帰った。けれど今日は、初めて勉強をするために王城へ向かっていた。
王城へ着くと、公爵はヴァレリアの手を引き、教室へ向かう廊下で声をかけた。
「今日のお勉強は難しく考えなくていい。先生のお話をよく聞き、分からないことがあれば聞けばいい」
「はい」
兄が教えてくれた言葉を思い出し、ヴァレリアは小さく胸を張った。
「わからないときは、わからないって、いいます」
「ああ。それでいい」
教室へ入ると、年配の女性教師が迎えた。
「お待ちしておりました、公爵様。ヴァレリア様、本日からよろしくお願いいたします」
「ごあいさつ」
父に促され、ヴァレリアはドレスの裾をつまみ、膝を曲げた。
「ヴァレリアです。よろしく おねがいします」
先生は少し膝を折り、ヴァレリアと目線を合わせた。
「今日はお歌を歌ったり、積み木で遊んだり、数を数えたりしましょうね」
ヴァレリアの表情がぱっと明るくなった。
「父は仕事へ行ってくる。でも、お勉強が終わる頃には迎えに来るからな」
ヴァレリアは父を見上げた。
「おむかえ、きますか?」
「ああ。約束だ」
「はい! いってらっしゃい、おとうさま」
歌を歌い、積み木を並べながら数を数え、色の名前を答え、絵本を読んでもらっているうちに、ヴァレリアは先生の問いかけにも元気よく答えるようになっていた。
「ヴァレリア様は、とてもお話を聞くのがお上手ですね」
ヴァレリアは少し照れたように笑った。
積み木を並べていると、開け放たれた窓の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
聞き慣れた声に顔を上げると、中庭ではモーゼスが走り回っていた。
ヴァレリアは積み木を持つ手を止め、窓の外へ見入った。
「ヴァレリア様」
先生に名を呼ばれ、ヴァレリアは振り返った。
「モーゼス様は、お勉強が終わってから遊んでいらっしゃるのでしょうね。ヴァレリア様も、お勉強が終わったらたくさん遊べますよ」
「はい!」
ヴァレリアは積み木へ向き直り、並べ終えると勢いよく立ち上がった。
「ヴァレリア様。使った積み木は、どうしましょう?」
「あっ……」
ヴァレリアは慌てて積み木を箱へ戻し始めた。
「使った物は、元の場所へ戻すところまでがお勉強ですよ」
「はい!」
最後の一つを箱へ入れ終えると、先生が頷いた。
「よくできました」
その直後、廊下から元気な声が響いた。
「ヴァレリア!」
「モーゼス!」
栗色の髪を揺らしながら、モーゼスが駆け寄ってきた。
「おべんきょう、おわった?」
「おわりました!」
「じゃあ、あそぼう!」
モーゼスが手を差し出すと、ヴァレリアはその手を握った。
「ヴァレリアのおべんきょうがおわるの、まってたんだ! やくそくしたでしょう?」
「はい!」
二人は手をつないで中庭へ駆け出していった。
しばらく遊んでいると、公爵が約束どおり迎えにやって来た。
「ヴァレリア」
「おとうさま!」
勢いよく抱きつく娘を抱き上げ、公爵が尋ねた。
「お勉強はどうだった?」
「たのしかったです! せんせいのおはなしも、ちゃんとききました! モーゼスとも あそびました!」
公爵は笑みを浮かべ、娘の頭を撫でた。
帰りの馬車でも、ヴァレリアは今日あったことを一つひとつ父へ話し続けた。けれど次第に声は小さくなり、やがて公爵の肩にもたれたまま眠ってしまった。




