第一章 未来を告げる夜
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白亜の王城を囲む庭園に色とりどりの花が咲き始めたころ、その最奥に設けられた円卓の間では、二年に亘って重ねられてきた議論が、ようやく一つの結論へたどり着こうとしていた。
すでに幾度となく意見を交わし、考えうる全てを検討してきた彼らの間に、今更声を荒げる者はいなかった。
国王は決定書へ目を落とし、そこへ記された内容をもう一度確かめると、玉璽を手に取った。
「異論はないな」
低く響いた声に、誰も言葉を返さなかった。
玉璽が羊皮紙へ押し当てられ、王家の紋章が刻まれた。国王は顔を上げ、その場にいる者たちを見渡した後、実弟である公爵のもとで視線を留めた。
「本日の決定は、王家が正式に公表する日まで国家機密とする。神聖契約をもって定められた範囲を超えて口外することはできぬこととする」
「御意」
短く重なった声が、円卓の間を満たした。
「幼い娘へ、重い道を背負わせることになる」
国王がそう言うと、公爵は立ち上がって一礼した。
「娘の未来を陛下お一人へ負わせるつもりはございません。王弟として、公爵として、そして父として、私もこの決定を受け入れた上で、あの子が自らの道を選び取れるよう育ててまいります」
国王は僅かに目を伏せた後、御前会議の閉会を宣言した。
エーデル王国の未来は、当事者である幼い子どもたちが何も知らぬまま定められた。
*
王城から戻った馬車が公爵邸の正門を抜けた頃には、春の日はすでに西へ傾き、庭へ伸びた木々の影が風に揺れていた。
公爵が馬車から降りるより早く、その音を聞きつけたヴァレリアは、色とりどりの花が咲く庭から芝生を蹴り、銀色の髪をなびかせながら玄関へ駆けてきた。
「おとうさま!」
公爵は飛び込んできた娘を受け止めた。
「ただいま、ヴァレリア」
「おかえりなさい!」
髪に絡んだ小さな葉を指先で取り除くと、娘は何をされたのかわからなかったようで、きょとんと瞬きをした。
「今日は何をしていた?」
「ちょうちょと、かけっこをしていました。おそらへ、にげてしまいましたけど、こんどは、かちます」
小さな拳を握って言い切る娘に、公爵は口元を緩めた。
「旦那様、お食事の支度が整っております」
執事の声に、公爵はヴァレリアへ手を差し出した。
「行こう」
「はい!」
*
食堂では公爵夫人が夫と娘を迎え、七歳年上の兄ヴィンセントが父へ丁寧に一礼した。次期公爵として教育を受け始めているヴィンセントは、駆け寄ってくる妹の前では表情を和らげ、目線を合わせるために膝を折った。
「にいさま!」
「おかえり、ヴァレリア。今日は勝ったのか?」
「まけました。でも、こんどは、かちます」
「では、その時は私も応援しよう。蝶へ少しゆっくり飛ぶよう頼んでみる」
ヴァレリアは蝶と話せるのかと目を丸くしたが、兄の口元が笑っていることに気づくと、頬を膨らませた。その様子に公爵夫人がくすりと笑った。
夕食が始まってからも、ヴァレリアは庭での出来事を思いつくまま語り続け、侍女から読んでもらった絵物語や、母と選んだ新しい髪飾りのことまで話しては、ときどき食事の手が止まって母から促されていた。
食事が終わり、公爵は妻と息子、娘を順に見渡した。
「皆に、大切な話がある」
公爵夫人の笑みが消え、ヴィンセントも背筋を伸ばした。ヴァレリアは小さな両手を膝の上で重ね、父を見つめていた。
「本日の御前会議において、二年にわたり話し合われてきた王位継承の方針が正式に決定された。王位継承順位は、第一位が私、第二位がヴィンセント、そして第三位がヴァレリアとなる」
自分の名を呼ばれたヴァレリアは、返事を求められたと思ったのか、元気よく顔を上げた。
「はい」
思いがけない返事に、公爵夫人の表情が僅かに和らいだ。公爵は娘を見つめたまま続けた。
「ヴァレリア、お前は明後日から王城へ通い、将来へ向けた勉強を始めることになる」
「おべんきょうですか? むずかしい、ほんをよみますか?」
公爵夫人が優しく答えた。
「初めから難しい本を読むことはありませんよ。まずは先生へきちんとご挨拶をすることや、お話を最後まで聞くこと、使った物を元の場所へ戻すことから教えていただきます」
「それなら、できます」
ヴァレリアは小さな胸を張った。
「おとうさまも、いっしょにおべんきょうしますか?」
「王城までは一緒に行くが、勉強の間は父も別だ。仕事があるからな」
ヴァレリアの手が膝の上できゅっと握られた。
「その代わり、勉強が終わる頃には迎えに行く。約束する」
差し出された父の指へ小さな手を重ね、ヴァレリアは安心したように息を吐いた。
「モーゼスも、おしろにいますか? おべんきょうがおわったら、いっしょにあそべますか?」
「先生のお話を最後まで聞き、与えられたことをきちんと終えられたならな」
「がんばります!」
ヴィンセントが妹を見た。
「ヴァレリア。分からないことがあった時には、分からないと言っていいんだぞ。分かったふりをする方が、ずっと困ることになる」
ヴァレリアはしばらく考えてから頷いた。
「わからなかったら、せんせいにききます」
「それでいい」
頭を撫でられ、ヴァレリアはくすぐったそうに肩をすくめると、父と母へ顔を向けた。二人が頷くのを見て、もう一度口にする。
「じゃあ、わからないときは、わからないって、いいます」
窓の外では春の夜が深まり、公爵家の食堂には、明後日から何を教わるのだろうと楽しげに語るヴァレリアの声が続いていた。




